神保町の棚貸し書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」が見出した本屋のさらなる可能性とは?「ビジネス」「街に残す」で選ぶアプローチも多様化 清水亮【IT】×由井緑郎【本屋】対談
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【写真】カフェスペースも備えた3階にはアンティーク雑貨やクラフトビールなどがズラリ
「絶対に神保町だ」
編集 神保町の棚貸し書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」さんの一階から三階へ移動しました。昨年一階をオープンしてしばらく、三階にも店舗スペースを増やしたそう。カフェの機能を備えたこちらでは、本だけでなく、アンティークの雑貨なども販売していらっしゃいます。
由井 三階は交流の場にしたいと考えています。本を核として、知的なカルチャーが集うような場所になればいいなと。一階は好きな作家や本を「推す」イメージですが、こちらでは自分が好きな食べ物を「推す」という意図もあって。特に、各地で手掛けられるようになったクラフトビールに興味を持っていて、積極的に声をかけてはお店に置かせてもらっています。
清水 周辺で仕事をしながら、ここで打ち合わせをしたりして。お酒を飲みながら「僕の棚がそこにあるんだよ」なんて言えたら、いいよなあ。でもこうした可能性も、一階をオープンしたのちに広がってきた、ということですよね?
由井 正直、ここまでの広がりは想定できていませんでした。
編集 うかがいにくいことでもありますが、三階まで店舗を広げたということは、運営状況としては?
由井 コロナ禍で本に注目が集まったという事情もありますが、ここまでは非常に良かったと言えます。条件によってはさらにすずらん通りに支店も出したくて、新しい物件も探し始めています。
清水 それはすごい。
由井 僕はぼんやりと、もし次に店を出すなら京都あたりが良いかな、文化的だし…なんて考えていたんですが、作家である父・鹿島茂から「絶対に神保町だ」と強く否定されて。ここに拠点を増やせば、この店や文化を愛する人がより多く集まるし、街もにぎわい、この三階もサロンとしてより機能するはずだと。それを聞いて、長く文化に携わって磨いてきた知見はやっぱり鋭いな、と思いました。今の集客状況を考えると、確かにこのすずらん通りに拠点を増やすことが正解なのかもしれません。
清水 なるほど。
由井 リアル店舗以外にも、サイト「ALL REVIEWS」を拠点にしたサブスクリプションサービスも展開を考えています。サイトに掲載された書評を、月額をお支払いいただいた本屋さんがボタン一つで出力し、店頭のポップとしてそのまま使える。そんな機能の実装を進めています。あとは本屋さん経由での動画販売もやりたくて。本屋さんだけで買える動画のチケットを作って、たとえば1500円のうち、500円を本屋さんの利益としてお渡ししたいなと。動画を販売するという意味では、清水さんもかかわられているゲンロンさんが展開されている動画サービス「シラス」も参考にさせていただいています。
清水 可能性は広がりますね。
築いた「棚貸しシステム」の今後
由井 このお店の運営を通じて築いた棚貸しシステム自体は、手前味噌ながら、本当に素晴らしいと感じています。たとえばスリップ。スリップは、売れた本から書店が抜き取り、どれくらい売れたかを把握するために保管しておく、というものですが、紙である以上、リアルタイム管理との相性がよくない。保管や報告の過程が煩雑で手間がかかるのも事実。そこに自分たちが作った販売管理システムを導入してもらえば、それだけでグッと省力化できるはず。
清水 いいですね。自分も技術者として協力したいくらい。
編集 ちなみに、清水さんが運営を考えている「本も売るバー」などでもシステムは導入できるんですよね?
由井 もちろんです。システムそのものは、新刊書店や独立系書店、中古書店に喫茶店や洋服店での本の販売など、あらゆる方面へ活用できるものと考えています。今度、谷中に知人がオープンする書店をシステム展開の第一号店にしたいと考えていて。そこをテストピースにしてうまくいけば拡大していきたい。これから新しく書店を開きたい、といった人の助力になる仕組みとも思いますし、とにかく自分の立場から本屋さんを応援したい。そう考えています。
清水 たしかに書店のようなお店のあり方だと、フランチャイズ的にシステムを広げるのも面白いのかも。
「棚貸しシステム」のリスク
由井 一方、もちろんリスクもあると考えていて。集客力がそこまで高くない方が棚を埋めてしまえば、やっぱり販売は厳しくなるし、お店全体の活性化という意味でもプラスに働きにくい。たとえばこの店舗でも、SNSから距離のある方の棚はなかなか動かない、という状況が生じています。逆に、活発にSNSを活用している方の棚の売れ行きは比較的良い、というのが実感です。
清水 なるほど。
由井 また、棚主が存在するということは、諸刃の剣でもあります。ある意味、ずっと顧客が店舗内にいる状態なので、彼らとのコミュニケーションやケアに多くの時間が要されることを覚悟する必要も。このお店なら、1対360という構図になりかねない。一つの棚に一日5分のケアをして1800分。棚主全員とシステマチックに対応するか、もしくはできる限りのサービスを提供するか。そうした方針もよく考える必要があります。
清水 棚主同士でのトラブル、なんてことも生じるかも。
由井 ですので「交流をどう考えるか」というのも重要な課題になります。また、棚主同士のコミュニケーションが始まれば、その交流の場としてカフェを併設したい、といった考えを持つ人も出てくると思いますが、当然ながら、その先ではカフェ経営にも取り組まなければならない。それこそコーヒー1杯で棚主は何時間滞在できるか、といったという点まで考える必要が出てくる。いずれにせよ、棚貸し書店は新しい経営形態でもあるので、先をどう見据えるのか、というのがとても重要になるはずです。
清水 よく考えているなあ。
本屋さんの未来
由井 自分で言うのも何ですが、本屋さんのこれからについて、ここまで深く考えている人は、業界の中でもそこまでいないように感じています。なので、同じような視点で未来を見据えている赤坂の「双子のライオン堂」の竹田信弥さんや、祖師ヶ谷大蔵で「BOOKSHOP TRAVELLER」を経営しながらブックイベントなどを手掛けている和氣正幸さんと話すと、時間を忘れてしまう。先駆者である彼らは、やはりすごい。
清水 この連載の第一回に登場してもらった竹田さんはある意味、向いている方向が由井さんと真逆ですよね。本屋を続ける、本屋を街に残すことが目的になっていて、そのために他の仕事で稼いで経営をまわす、といった方法を取り入れている。でも由井さんは「書店経営」というビジネスを成立させながら、本そのものにも新しい価値を与えようとしている。同じことをしているようでも、違うアプローチで取り組んでいるのが、非常に面白い。
編集 しかも、この2年でこれだけの可能性を見出せたんですから、これからまたいろいろな芽が出てきそうですね。加えて、街自体の盛り上がりにも一役買いそう。それを強く感じました。
由井 拡大していくうえで、人材も積極的に募集しています。特に映像のディレクションや編集能力を持つ方、地道な交渉ができる営業経験者、純粋にカフェ経営をやりたい、といった方はぜひお声掛けください。
清水 これからの展開に期待しています。本日はありがとうございました!
05/26 17:30
婦人公論.jp