エビ(海老)がめでたい食材になったのは、長寿の象徴だから。江戸幕府の「老中」「大老」、相撲の「年寄」など、古くから「老」は優れていることを表す

エビは、漢字で「海老」と書く――つまりは「海の老いたもの」であるとのこと(写真提供:photoAC)
歳を取ることについて、どちらかというとマイナスなイメージを持っている方は多いのでは。しかし「老いることは、生物が進化の歴史の中で磨いてきた戦略である」と、静岡大学大学院農学研究科教授の稲垣先生は話します。人気エッセイストとして、著書も多数執筆している先生が、注目する生きものを取り上げながら、その「老い」について考えてきます。今回取り上げるのは、縁起が良いことの象徴である「エビ」です。

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【イラスト】年老いて見えることがめでたいエビ

若々しさが尊いわけではない

お正月の料理に、エビは欠かせない。エビは、めでたい食材の代表格である。そもそも、どうしてエビはめでたいのだろうか?

エビは、曲がった腰と長いヒゲを持っている。その姿が、まるで老人のようであることから、「長寿の象徴」とされてきた。老人の姿が、めでたいとされたのである。

エビは、漢字で「海老」と書く。つまりは「海の老いたもの」なのである。虫偏に「老」と書く「蛯」という字もある。「蛇」や「蛙」、「蟹」などに「虫」が使われるように、昔はけものや鳥、魚以外は、すべて「虫」であった。そして、海老は、年老いた虫と表されたのだ。

若々しいことが尊いのではない。年老いて見えることが尊かったのだ。

「老」とはめでたい存在のことを言う

「老」という漢字は、老人が杖をついている姿に由来する象形文字である。しかし、「老」という漢字には、けっして劣っていたり、弱い存在であるという意味合いはない。

「老」というのは、知識や経験に優れた人という意味である。

たとえば、中国語では、学校の先生を「老師」と言う。老師は年老いた先生というだけではない。新任の若い先生も「老師」である。「老」は、尊敬すべき人を意味する言葉なのである。

そういえば、江戸幕府には「老中」や「大老」という役職があった。これらの役職は、けっして、年功序列の老人がなったわけではない。たとえば、幕末の動乱期に水野忠邦の後を受けて老中となった阿部正弘は、二十五歳だった。

つまり、「老」は「老人のように優れている」という意味であり、「老人のように尊敬される存在」という意味なのだ。幕府の老中は、「年寄」とも言った。年寄は「年月を重ねる」という意味がある。

そういえば、相撲でも引退した力士は、年寄となる。年寄りも「年月を重ねた優れた存在」という意味なのだ。

「老」はめでたい存在である。だからこそ、エビはめでたいのだ。

※本稿は、『生き物が老いるということ――死と長寿の進化論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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