【菊(キク)】皇室の御紋、パスポート、50円玉…。多くの日本人にとっての「心の花」は触ると育つ

日本の草花を四季に応じて紹介する『日本の花を愛おしむ 令和の四季の楽しみ方』(著:田中修 絵:朝生ゆりこ 中央公論新社刊)から、いまの季節を彩る身近な植物を取り上げ、楽しく解説します。今回のテーマは「【菊】日本人にとって心の花」です。

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【写真】菊が一年中供給されるのは「電照栽培」のおかげ

ウメ、タケ、ランとともに「四君子」と称される植物

この植物は、奈良時代に、中国から日本に入り、栽培されてきた植物です。高潔な美しさと、気品と風格に満ちた様子を君子(くんし)にたとえられる「四君子(しくんし)」には、ウメ、タケ、ランとともに、この植物が選ばれています。

「キク」という名前は、特定の種類の植物を指すものではなく、キク科キク属の植物に使われます。栽培されるイエキクや、野に生えるノギクなどがあります。

キクは、多くの日本人にとって、白色や黄色、紅色の花を見ると心が和(なご)む、「心の花」です。特に黄色の花が印象的であり、属名の「クリサンテムム」は、ギリシャ語の「クリソス(黄金色)」と「アンテモン(花)」が語源であり、「黄金色の花」という意味になります。

この植物は、天皇および皇室の御紋であり、パスポートの表紙にも描かれています。天皇の御紋は、16枚の花弁(かべん)をもつ十六弁八重(じゅうろくべんやえ)の花で、パスポートでは、同じ16枚の花弁をもつ16弁ですが八重ではありません。

パスポートの表紙に描かれている菊の花

50円硬貨の表にも、16弁の花が描かれています。国会議員のバッジには、11弁の花が描かれ、特許関係の仕事をする弁理士のバッジには、16弁の花が図案化されています。

「日本人の心の花」ともいわれるキクの花が、『万葉集』にはほとんど詠まれていません。『万葉集』では、「キクを詠んだ歌は、一つも含まれていない」といわれたり、「日本在来のノジギクが一首あるだけ」といわれたりします。なぜなのか」と不思議に思われます。

キクの花が『万葉集』に詠まれていない理由は、キクが原産地の中国から日本に来たのは、『万葉集』がすでに編纂(へんさん)されたあと、奈良時代の終わりだからです。そのため、平安時代に編纂された『古今和歌集』では、キクは多くの歌に詠まれています。

キクはお祝いごとにも不幸にも必要な花

鎌倉時代になると、後鳥羽上皇により、キクは刀や衣服に紋章として使われました。キクの品種改良が進むのは、江戸時代です。正式に、天皇および皇室の紋章として定められるのは、明治時代になってからです。

キクの花は、日本では、お祝いごとがあっても不幸なことがあっても必要です。そのため、一年中、供給されなければなりません。

キクは、秋に夜が長くなってくると、ツボミをつくり、花を咲かせる植物です。しかし、一年中、花屋さんなどで売られています。これは、秋に夜が長くなると、キクがツボミをつくり花を咲かせるという性質を利用した栽培方法が行われているからです。

長い夜を与えなければ、ツボミはいつまでもできません。そこで、夜に電灯で照明をした温室で、夜の暗黒を与えずに栽培するのです。電灯で照明するので「電照(でんしょう)栽培」といわれます。

夜に電灯で照明されていると、ツボミはつくられず、背丈が高く成長します。そこで、花の出荷日が決まれば、その日にあわせて、ツボミがつくられるように、必要な長い夜を与えるのです。温室の電灯を消したり、夕方から黒いカーテンで温室を覆ったりするのです。すると、ツボミができ、やがて花が咲きます。

たとえば、お正月の飾りに使われるキクの花を出荷するためには、品種にもよりますが、11月中旬あたりまで、夜に電灯をつけたまま、温室で栽培します。そのあと、電灯を消して長い夜を与えると、お正月に間に合うように、大きなツボミになり、花が咲きます。

結局、電照栽培により、一年中、季節を越えて、キクの花は供給されているのです。

キクは、触られるとよく感じる植物

「栽培している植物に『元気で育ってね』と、やさしい励ましの声をかけて育てると、美しく大きくりっぱな花を咲かせるのですか」と、小学生の女の子に質問されたことがあります。

「誰から聞いたの」との問いかけへの答えは、「おかあさんから」とのことでした。「植物も生き物だから、やさしい気持ちで育てるように」との思いを込めて、おかあさんが子どもに言われたのでしょう。

でも、この質問に対する答えは、「やさしい励ましの声をかけて育てても、植物は普通の花しか咲かせません。たとえ、ひどい言葉をかけて育てても、植物は普通の花を咲かせます」というものです。

この答えは、質問した女の子のおかあさんの思いを否定し、踏みにじって裏切るようで、私にとって少し心苦しいものです。

でも、「やさしい言葉で励ますと、植物は美しく大きくりっぱな花を咲かせる」というのは、科学的ではありません。これは、俗説なのです。残念ながら、植物に、やさしい言葉は通じません。

しかし、実際に、自分の経験を根拠にして、「やさしい励ましの声をかけて育てると、植物は美しく大きくりっぱな花を咲かせる」という人がいます。そのような人たちは、声をかけながら、植物を撫(な)でたり触(さわ)ったりしているのです。植物たちは、言葉は理解できませんが、「触られる」と感じるのです。

触られるのを感じた植物では、触られていないものに比べて、茎が太くなり、伸びるのが遅くなって、背丈が低くなります。背丈を伸ばすための栄養が太くなるのに使われるので、太く短い茎になるのです。

この性質は、実験をして、容易に確かめることができます。たとえば、キクの苗が植えられた植木鉢を、2つ準備します。そして、一方のキクを撫でまわして触って育て、もう一方は、いっさい触りません。触るか触らないか以外は、まったく同じ条件で育てます。日が経つにつれて、撫でまわされない鉢植えのキクと比べて、撫でまわされて触られたキクの茎は伸びず、太く短くたくましい植物になります。キクは、触られると、よく感じる植物なのです。

《接触する》と茎を太くする「エチレン」が発生する

この実験を花が咲くまで続けると、花の大きさに違いが出てきます。植物は、自分のからだで支えられる大きさの花を咲かせます。支えられない大きな花を咲かせると、倒れてしまうからです。

ですから、触られた植物は、茎が太く短くたくましくなっているので、大きくりっぱな花を咲かせます。それに対し、触られなかった植物は、茎が細く背丈が高くなっているので、大きくりっぱな花を支えられないので、自分で支えられる小さな花を咲かせます。

大きくりっぱな花は、美しく見えます。だから、「やさしい励ましの声をかけて育てると、植物は美しく大きくりっぱな花を咲かせる」と思われるのです。

これは、植物がやさしい言葉を聞きわけたわけではなく、撫でたり触ったりした結果なのです。

そのように説明したあとにも、「植物が触られることを感じ、きれいな美しい花を咲かせることはわかったが、ひょっとすると、やさしい言葉も理解するのではないのか」との疑念が残る人もいます。そんな人に「植物がやさしい言葉を理解していない」ことを納得してもらうには、簡単な実験で十分です。

毎日やさしい言葉をかけるのではなく、ひどい悪口を言いながら、あるいは、叱り飛ばしながら、触わりまくって育てるといいでしょう。やさしい言葉をかけながら触わりまくって育てたときと、同じきれいな美しい花が咲きます。

植物は、《接触する》という刺激を感じると、からだの中で「エチレン」という気体を発生させます。エチレンには、茎の伸びを抑えて、茎を太くする作用があるのです。

「触られると、茎が太く短くたくましくなる」という性質は、植物にとって大切なものです。

強い風にさらされても容易には倒れないような茎になることに役立ちます。茎が強い風にさらされることは、茎にとっては、触られることと同じです。また、道端にある植物が、通りすがりの動物と触れることで、倒れないようになるために茎を強くするのに役に立つのです。

触れられることでエチレンが発生し強い茎になる

また、この性質は、土に埋まったタネが発芽したあとにも活かされます。発芽した芽生えは、光の当たる地上へ出るために、上にかぶっている土を押しのけなければなりません。土を押しのけようと、芽生えが下から土を押すと、かぶさっている土が多ければ多いほど、茎は、強く《接触》を感じてますます強くなり、土を押しのけて、地上に出てくることができるのです。

キク(菊)

[科名]キク科
[別名]ヨワイグサ(齢草)
[原産地]中国
[都道府県の木・花]兵庫県(ノジギク)
[花言葉]高潔、うれしい夢、信頼

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