末井昭「100歳まで生きてどうするんですか?と訊かれたら、僕は〈生きてみたい〉と答える」

ねず美ちゃんと美子ちゃん(自宅ベランダ)(写真提供:末井さん)
編集者で作家、そしてサックスプレイヤー、複数の顔を持つ末井昭さんが、72歳の今、コロナ禍中で「死」について考える連載「100歳まで生きてどうするんですか?」。母、義母、父の死にざまを追った「母親は30歳、父親は71歳でろくでもない死に方をした」が話題になりました。最終回の第20回は、「100歳まで生きてどうするんですか?」です。

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【写真】ヨボヨボの我が家の老猫2と若い野良猫

第19回●「老化研究の最前線。誰も死なない世界は穏やかな地獄か」

自分にとっては大変な変化

「100歳まで生きてどうするんですか?」は、この連載のタイトルになっている問いかけですが、そう訊かれてすんなり答えられる人はいないと思います。「どうするんですか?」と言われても、「何をするんですか?」と訊かれているのか、「100歳まで生きたってどうしようもないでしょ」という意味なのかわかりませんよね。

このタイトルを考えたのは1年ほど前で、その頃は「100歳まで生きてどうするんだよ」という否定的な気持ちがあったことは確かです。

コロナ禍の先が見えなかったことも影響していますが、地球温暖化問題、食料問題、格差問題、差別問題、分断問題、どれ1つ取っても未来が明るいとは思えませんでした。日本国内のことを考えても、膨らんでいく財政赤字、増えていく医療費や年金のこともあって、老人にそんなに長生きしてもらっては困るというような風潮があったと思います。それに、病院で寝たきりで生かされる不安もあるので、なんとか平均寿命ぐらいまで健康で生きられたらそれで充分と思っていました。

それに、生きているうちにやり遂げないといけないことがある人は別として、意味もなく何がなんでも長生きしたいと思うことは、なんだか欲張りのような気がしていたのです。「100歳まで生きてどうするんですか?」は、そういう気持ちを込めた問いかけでした。

しかし今のぼくなら、誰かに「100歳まで生きてどうするんですか?」と訊かれたら、「100歳まで生きられるんだったら生きてみたい」と答えると思います。ちょっと消極的ではありますが、100歳まで生きてみたいと思うようになったのです。それだけでも、自分にとっては大変な変化です。

コンピューターの処理能力が高まれば高まるほど、雇用の空洞化は加速する。
『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット 池村千秋・訳 東洋経済新報社)

日本には100歳以上の高齢者が8万6510人

「人生100年時代」と言われるようになったのは、2016年に出版された「100年時代の人生戦略」という副題がついた『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット 池村千秋・訳 東洋経済新報社)がきっかけではないかと思います。その「日本語版への序文」に、こう書かれています。

〈日本は、世界でも指折りの幸せな国だ。世界保健機関(WHO)の統計によれば、ほかのどの国よりも平均寿命が長い。所得や人口、環境の質など、世界の国のランキングにはさまざまなものがあるが、平均寿命というきわめて重要な基準で日本はトップに立っている〉

日本が本当に幸せな国なのかはさておき、日本人の平均寿命が長くなっていることは事実です。100歳を迎えた人には総理大臣から銀杯が贈られるのですが、対象者があまりにも多くなったため、2016年以降から銀杯を純銀製から銀メッキに変更したという情けないエピソードもあります。2021年9月の時点で、日本には100歳以上の高齢者が8万6510人いるのです。そして、その88%は女性だそうです(厚生労働省が公表)。

人間の寿命は今後も延び続けるのかというと、前回紹介した『LIFESPAN 老いなき世界』にも通じることですが、科学とテクノロジーが進歩すれば、平均寿命は何百年にも達する可能性があるという楽観論者がいる一方、栄養状態の改善と乳幼児死亡率対策の大きな前進はこれ以上望めないから、肥満などの繁栄の病によって、平均寿命の上昇は足を引っ張られるという悲観論者もいるそうです。『LIFE SHIFT』の著者たちは楽観主義者に近く、平均寿命は110〜120歳くらいまで上昇を続け、その後延びが減速すると予想しています。

著者のリンダ・グラットン氏、アンドリュー・スコット氏ともに、ロンドン・ビジネススクールの教授ということもあり、『LIFE SHIFT』はビジネスを主体に書かれています。テーマは、長寿化の時代に「良い人生」を送るにはどうしたらいいかということです。「良い人生」とは、優しい家族と素晴らしい友人がいて、高度のスキルと知識を持ち、心身ともに健康に恵まれ、お金にも不自由しない生活を送ることだそうです。その定義に異議を申し立てたい気持ちもあるのですが、ビジネス書だから仕方がないのかもしれません。

札幌の「宮の森ミュージアム・ガーデン」(休館中)で根本敬さんの新作を観る。

もっとのんびり、しかも優雅に生きるすべはないのか

この本には、それぞれ年代が異なった3人の架空モデルが登場します。1945年生まれのジャック、1971年生まれのジミー、1998年生まれのジェーンです。ジャックは62歳で引退し、2015年に70歳で世を去りました。教育→仕事→引退という3ステージの人生が最もうまく機能した時代を生きたのでした。

ジミーは平均寿命で85歳まで生きられます。50歳になったジミーもジャックと同じように教育→仕事→引退という3ステージを考えていて、65歳で引退するつもりでいますが、引退するには蓄えが足りないと思い知らされています。企業年金制度を設ける企業が減り、ジミーも企業年金が受給できないからです。さて、どうしたらいいでしょうか。

ジェーンはまだ大人の世界へ一歩踏み出したばかりです。平均寿命で100歳以上生きることになりますが、おそらく60年は働き続けなければならないでしょう。それまで活力が維持できるのでしょうか。

この3人の人生をシミュレーションしたのが『LIFE SHIFT』ですが、あまりにも複雑過ぎて簡単には説明できません(興味ある方は本を読んでみてください)。著者からジェーンへの助言、つまりこれから社会に出る人に対しての助言は、「テクノロジーの進歩によって消滅しない職につきなさい」ということです。ロボットや人工知能より優れた課題処理能力を持っている「人間が絶対優位」の仕事を選べということになります。余暇の時間はレクレーションにではなく、リ・クリエーション(再創造)するために使いなさいと言います。75歳から85歳ぐらいまで働くには、その時々の状況に応じて新しい知識を身につけ、新しいスキルを習得する必要があるからです。

正直、この本を読んだら疲れがどっと出てきました。競争社会の中で生き残るために、日々新しい知識とスキルを身につけなければならないのです。ぼくにはとても無理です。ぼくだけでなく、それができない人も大勢いるはずです。ビジネスの世界ではそうしないと脱落していくのでしょうが、もっとのんびり、しかも優雅に生きるすべはないものなのでしょうか。

「できれば100歳まで生きてみたい」とぼくが思うのは、新しい知識の習得でもスキルアップでもなく、自分がやりたいことだけをして生活しながら、世の中がどう変わって行くか見たいと思うからです。それと、自分の世界を広げることでコンプレックスから抜け出し、もっと自由になりたいからです。そのために読みたい本を読んだり、映画や芝居を見たり、音楽を聴いたり、空を見つめていたりしたいのです。『LIFE SHIFT』を読んでそういう気持ちになったので、反作用的にぼくに生きる力を与えてくれた本だと言えるかもしれません。

大好きな「あずきバー」。一日5、6本食べていたが3本に制限する

井村屋のあずきバーは1日3本に

100歳まで楽しく生きるためには、まず健康でなければいけません。病院のベッドで人工呼吸器をつけられ、チューブやケーブルをつながれて生きるのは楽しくはありません(そうなった時、それも楽しめる心を持ちたいとは思いますが)。そのため、以前はバカにしていた健康維持に務めることにしました。

人間ドッグには年に1回行っています。そのクリニックは、なんとかして病気を見つけ出そうと頑張ってくれるので、病気が初期段階で発見されて手遅れにならずに済みます。

食べることが好きなのですが、繁栄の病「肥満」にならないように、食べ過ぎに気をつけるようになりました。特に甘いものが好きで、井村屋のあずきバーは箱ごと買ってきて1日5、6本は食べていましたが、それも3本までと決めました。

煙草は5年前に禁煙外来でやめました。ファイザー社のチャンピックスという薬でやめられたのですが、チャンピックスを飲んで散歩していたら突然踊りたくなって、人がいない公園で踊り狂ったことがありました。「煙草の踊りやめ」です。

ぼくの知り合いに、酒の飲み過ぎで体を壊した人や廃人になった人がいます。酒は適度に飲めたほうがいいかもしれませんが、ぼくはもともと酒が飲めない体質だったので、家では全く飲みません。酒で体を壊すことはまずないと思います。

椅子に座って長時間パソコンに向かって原稿を書いていると、血流が悪くなって背中や腰が痛くなってきます。そのため週に1回、ヨガの先生に来てもらって夫婦でヨガのレッスンを受けています。腰痛も治ったし、姿勢も良くなりました。

ストレスも病気の大きな原因です。ぼくの人生で大変だったのは、不動産投機と商品先物取引で莫大な借金を抱えたことや、取締役時代に机に座っているだけの毎日を過ごしていたことや、30年連れ添った妻と離婚したことですが、その時々で大きなストレスを抱え、それが原因かどうかはわかりませんがガンにもなりました。それ以外にも、『写真時代』が発禁になった時のストレス、ヤクザに監禁された時のストレス、右翼の街宣車に引っ張り込まれた時のストレスなどありましたが、それはほんの一瞬のストレスで、今では楽しい思い出になっています。

雑誌の編集は毎月時間がなくて大変だったのですが、編集が面白かったし、雑誌ができ上がった時の喜びもありました。編集に関わった雑誌は全て自分で創刊したものだったので、思い通りに編集できたから、ストレスにならなかったのかもしれません。

北海道贅沢ラーメンを食べる(新千歳空港)

死ぬまで毎日楽しく生きられたらそれでいい

引退して次のステージに移行したのが64歳の時です。借金も残っていたので不安はありましたが、年金と原稿料収入でなんとか暮らせるようになりました。収入的には充分とは言えませんが、お金を遣うことがあまりないので、なんとかなっています。買いたいものもないし、外食もほとんどしません。だから経済が回らないのだと批難されるかもしれませんが、引退するまではかなり経済を回していたつもりです。お金を遣って欲しければ、どうしても欲しいものや、どうしても食べたいものを作ってくれと言いたいです。

家に引きこもるのは嫌いではないので、コロナ禍になってもストレスは全く感じませんでした。ストレスフリーになると、自己肯定感が強くなりポジティブな気持ちになってきます。毎日楽しいのですが、唯一原稿が書けない時だけは、本当に死にたいような気持ちになります。でも、これまで締め切りをなんとか守ってきたので、「締め切りになれば書ける」という根拠のない自信を持つようになりました。苦労して書き終わった時の解放感は「喜び」そのものです。思わず踊ってしまいます。

このままの状態で100歳まで生きたい気持ちですが、本当は100歳でも90歳でも80歳でもいいのです。死ぬまで毎日楽しく生きられたらそれでいいのです。一日一日を大事にして、ある時は真剣になり、ある時は楽しく遊んで、その日その日を面白く感じて生きられれば、その連続が楽しい人生になるのです。

100歳までにまだ27年あります。もう一度ショート人生を送れるようで、なんだか楽しくなってきました。30歳で死んだ母親の3倍分までは生きようと思う今日この頃です。

この原稿を書いている時、地球科学者の真鍋淑郎さんが、ノーベル物理学賞を受賞されたことを知りました。嬉しいニュースです。御年90歳で、今も元気に気象変動の研究をされているそうです。ぼくらのお手本と励みになります。

(終)

※長い間、ご愛読ありがとうございました。本連載をまとめた単行本は、後日小社より刊行予定です。どうぞお楽しみに!

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