【川村妙慶の人生相談】私の死後、どのお墓に入るのが適切?

相談
 76歳女性です。お墓のことで相談をお願いします。
 子供が成人してから60歳で夫と別居し、その後、離婚しました。子供たちは離婚を理解してくれています。
 自分が死んでからのお墓のことを近頃、考えるようになりました。
 できるのでしたら、婚家のお墓に入りたく思うのですが、離婚しているのでそれはできないでしょうか。
 元夫は長男ではなく分家です。息子は「お母さん、僕が建てたお墓に来たらいいよ」といってくれますが、将来息子の家族によくないのであれば、別のところに骨を埋めるつもりです。
回答
 ようこそお便りくださいました。
 お尋ねの「どこのお墓に入るか」ということですが、元夫の親族に許可をいただけたら婚家のお墓で、手続きはできます。同時に、息子さんも将来のお墓を考えていただいているのであれば、お任せしてもいいのではないでしょうか。
 自分がどこのお墓にも入れなかったら「仲間外れ」になってしまうのではないかと不安をお持ちだと思います。ですが、ぜひ知っていただきたいのは、そのような心配はない、ということです。
 亡き人の魂はお墓に存在しません。私たちはいずれ「死のご縁」をいただきます。すると、この身そのものはなくなり、骨となる。しかし、それで終わりではないのです。阿弥陀様のお浄土(仏様と私たちをつなげる世界)へ還(かえ)り、仏にならせていただくのです。生きている人たちは、亡き人の遣骨を拝むのではなく、仏様を拝むのです。
 あなたはこの世に生まれ、多くのご縁をいただき育ってきました。社会人になり、結婚をし、お子さんにも恵まれました。しかし事情があって、連れ合いさんとは添い遂げることはできなかった。言葉にならないご苦労もあったでしょう。70歳を過ぎ、お墓のことを考えるようになったのは、ようやく仏様との「ご縁」を意識する年頃に至ったということでもあるのです。仏様は、「生まれた意義に気が付き、慶(よろこ)びのある人生を歩みなさい」と、私たちに呼びかけておられます。私が身を置く浄土真宗では、お墓の正面に「南無阿弥陀仏」「倶会一処(くえいっしょ)」など、仏様の御心を表す言葉を記します。倶会一処は、「名前や家柄、生前の一切のことから自由になり お浄土で共に出遇(であ)えますよ」という意味です。
 どんなお墓に入ろうとも、死んだらみんなが同じ処(ところ)で出遇えるのだという希望を持ち、息子さんともよくお話になられてみてください。あなたの人生がこれからさらに深まることを念じています。
回答者
川村妙慶 僧侶兼アナウンサー。昭和39年生まれ。ラジオのパーソナリティーとして活動するほか、ブログの法話を日替わりで更新している。著書に「持たない暮らしのすすめ-本当の幸せを得るための人生の法則」(海竜社)、「人生後半こう生きなはれ」(講談社+α新書)など。
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