【書評】『落葉の記』勝目梓著 日々を鈍く輝かせる文学

 令和2年3月3日に、87歳で亡くなった勝目梓は、前日まで「落葉日記」を書いていたという。暗鬱なエロチシズムにみちたバイオレンス小説の巨匠が、最後まで向きあっていたのは日記体老年文学だった-。
 本書には、平成27年から文芸同人誌「スペッキヲ」に連載をはじめ、絶筆となった長編「落葉日記」と、ここ4年にわたり「オール読物」に発表してきた、人それぞれの「離婚」をめぐる7つの短編が収められている。
 完結とはいいがたいにせよ「落葉日記」は、そのスタイルをつよく意識した日記体老年文学の傑作である。書き手の「自分」は、冒頭近くでこう思わないわけにはいかない。
 「人生の意義とか、夫婦とは何ぞやなどと問うてみても、人生はつかめるものではないし、夫婦の絆も見えてはこない。日常のこまごまとした出来事の連鎖そのものが、その人間にとっての人生そのものであり、夫婦のありようなのではないだろうか」
 頭の中にある従来の見通しを拒み、新たな見通しも求めず、日常の出来事の連鎖を軽重なしに、一つ一つ受け止めること。これが日記体の選択だった。日記体を選んだとき、この作品がある日、唐突な絶筆におわることを作者は意識していたか。
 日記には、「自分」の72歳から77歳までの日々の出来事が克明に記されていく。
 4つ年下の妻、伸子の愛猫の死から、離れて暮らす娘夫婦の離婚、会社で同期だった仲間との忘年会、近所の知人の自殺。ときおり覚える伸子へのかすかな性的気分、政治と政治家の劣化への不満、前立腺がんの治療拒否。そして伸子の突然の交通事故死、2カ月余りの長い空白ののちあらわれる独り暮らしの静かな時間まで…。
 「自分」が一日の締めくくりのように出来事をめぐる俳句を詠む(詠めないこともある)のは、こうした日々の出来事をより確かなものにし、鈍く輝かせるためだろう。
 「離婚」をめぐってそれぞれに激しいうごきのある7つの短編を、長編「落葉日記」がしずかに受け止めるように配置されているのもよい。(文芸春秋・2000円+税)
 評・高橋敏夫(文芸評論家、早大教授)

ジャンルで探す