【書評】『スター』朝井リョウ著 著者が直面する壁と覚悟

 「あなたの価値基準はどこにあるのか」。そんな問いを投げかけてくる小説だ。映像業界が舞台の物語だが、他のさまざまな分野に通じる、今の時代の創作者と鑑賞者のあり方の変化を浮き彫りにしている。
 学生時代に共に映画を作り、新人が対象の映画祭でグランプリを受賞した尚吾と紘。卒業後、尚吾は名監督に弟子入りし、紘はYouTubeの映像を制作する道へ。前者は時間をかけて質を向上させることにこだわり、後者は短時間で量産を求められる対照的な現場で、それぞれ悩みながら前に進んでいく。2人の視点が交互に挿入されていく構成だ。
 どちらに心が寄り添うか、ページをめくりながら読み手の心も揺れるはずだ。2人が目指すものも周囲の姿勢も時に正反対に感じられるが、どの立場の人間の考えにも一理あるのだ。
 昭和の時代に比べテレビ視聴率は下がる一方、アマチュアが配信した動画に人気が集まる昨今。老若男女に支持される作品や国民的スターが生まれにくいのは、人々の好みや興味の対象がそれだけ細分化、多様化しているからだ。質にこだわる人間もいれば、次々消費できる手軽なものを好む者もいる。同じ人間でも、時と場合によって選ぶものは変わるだろう。腰を据えて重厚な映画を観(み)たい時もあれば、肩の力が抜けた短い動画を眺めて時間を潰したい時もあるはず。今はどんな要望にも合う多種類の作品、商品がそろっている。その時、何を信じ、どこに向けて作品=商品を作るのか。尚吾と紘が直面するのは、そうした悩みだ。それは映像だけでなく、料理や衣服、日用品など多くの分野にも通じること。作中でも、尚吾のパートナーで料理人を目指す千紗も同じような葛藤を抱いている。終盤に彼女が語る、悩み抜いてようやく獲得したと思われる言葉のひとつひとつに納得した。そして自分は受け手として何を選んでいくのか、真摯(しんし)に考えさせられる。
 主人公たちが苦悩する問題はそのまま小説家にも通じる。本作は、著者自らが直面する壁を描いてもいるのだ。自分や周囲の暗部を直視して作品に落とし込む強さと覚悟を感じさせるからこそ、紡がれる言葉ひとつひとつが深く突き刺さってくる。(朝日新聞出版・1600円+税)
 評・瀧井朝世(ライター)

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