【書評】『神域 上・下』真山仁著 再生医療、究極の選択

 アルツハイマー病の特効薬と期待される奇跡の細胞「フェニックス7」が2人の日本人研究者によって開発された。それは、不可能とされた脳細胞を再生させる画期的な発明となるはずだったが、ある条件で起きる副作用がネックとなり、実用化へは足踏みを続けていた。
 そんな折に、認知症を患った高齢者が相次いで行方不明となる「事件」が発生。警察は捜査に乗り出すが、思いもよらぬ事実が浮かび上がってくる…。
 綿密な取材に基づいたリアルな描写と、巧妙なストーリーテリングは、代表作「ハゲタカ」シリーズなどで、すでにおなじみ。今回の小説で選んだテーマは、まさに「いま実際に起きている問題」だ。
 最先端の再生医療につきまとう倫理問題、超高齢化社会の深刻な現実を突きつける介護問題、新薬開発をめぐる巨大な利権問題、それを奪い合う国際間の熾烈(しれつ)な競争。図らずも、新型コロナウイルスの感染拡大と治療法をめぐって浮き彫りになった課題や構造的な障壁ともリンクすることとなった。
 「再生医療は救世主か。悪魔か。」と惹句(じゃっく)にある。もしも、副作用や未知のリスクなどのマイナス要因があったとしても、そこにしか縋(すが)ることのできない患者や家族に対して「ノー」を告げられるのか? この小説が突きつけるのは、まさに究極かつ苦渋の選択だろう。似たような問題を抱え、身につまされる読者も多いに違いない。
 「スピード」か「安全」かの問題も興味深い。物語の中では、せっかく日本人が開発した「フェニックス7」について、日本での認可のスピードが遅いために「実用化の果実」をアメリカに奪われそうになる。そこに、新型コロナの治療薬やワクチン開発を重ね合わせるのは私だけではないはずだ。
 日本人の平均寿命は世界最高レベルを誇っている。だが一方で、急速な高齢化にともなって医療費や介護にかかるコストは膨れ上がるばかり。それを賄うために発行する国債は、すでに天文学的な額になっている。「解」は容易に見つからない。
 とどのつまり、この物語が問い掛けるのは、「長寿は本当に幸せなのだろうか?」という難題なのかもしれない。(毎日新聞出版・各1500円+税)
 評・喜多由浩(文化部編集委員)

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