【本ナビ+1】『記憶する体』伊藤亜紗著 日常見つめる視点持てる 詩人・和合亮一

『記憶する体』伊藤亜紗著(春秋社・1800円+税)

 □『記憶する体』伊藤亜紗著(春秋社・1800円+税)
 北極で暮らす人々は数多くの白色を瞬時に見分けることができると教えてもらったことがある。例えば遠く離れた村までの道順や狩りの地点の確認などにその識別の力を役立てるそうである。暮らしや環境によって人は進化を遂げると直感した。まだまだ知らない何かが私たちの中にたくさん眠っている、と。
 本書を読み終えて、ずっとまぶたを閉じているものとは何か、について思いをめぐらせてみた。あらためて日常を見つめる視点を持てた気がした。
 たとえば手や視力を失ってしまったり、先天的にある身体の部位がなかったり…。病気や事故による欠損や喪失、切断などの状況の中で、記憶や知恵を働かせてしっかりと生きている姿に人生の意味を深く教えられた。「『ともにありながらともにない』プロセス、体が作られる一一の物語」と本書の特徴を著者は述べている。いわばこの〈ともに〉のさまざまなありようが、体と心とは何かという問いを丹念に探っている筆の先から、随所に見えてくる気がした。
 時には激しい痛みに耐えながら、あるいは不思議な面白みを感じながら、新しい肉体の方法と感覚、それによる新鮮なる記憶とを模索しようとする人々の背中が描かれている。「過去と現在、意志と未知のあいだで、体と私の関係を結び直すのに必要な時間」の形がある。
 葛藤や発見。しだいに見方や考え方が研ぎ澄まされていく歳月の真実。生きるという白銀の世界の中にいくつもの自分だけの色彩を見つめようとする静かで確かな息がある。丹念な取材を重ねた文章のぬくもりに純白の光が宿る。読み終えて優しい風の音に耳を澄ませてみたいと願った。どこを? 体の中を。
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 □『天才たちの日課 女性編 自由な彼女たちの必ずしも自由でない日常』メイソン・カリー著、金原瑞人、石田文子訳(フィルムアート社・1800円+税)
 創作者の日々の暮らしや仕事ぶりをまとめた「天才たちの日課」の続編。前回は男性が8割を超えてしまったので今回でバランスをとったとのこと。前著と読み比べてみると友人や家族との関係や女性ならではのさまざまな葛藤の日々も書かれてあり、それぞれの人物が生き生きと魅力的に思える。
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【プロフィル】和合亮一(わごう・りょういち) 昭和43年、福島県生まれ。『AFTER』で中原中也賞。『詩の礫(つぶて)』の仏語版で、仏文学賞。今年、『QQQ』で萩原朔太郎賞を受賞。

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