Iターン×ミステリー 米澤穂信さん「Iの悲劇」発刊

「堅さが必要な小説でありつつ、文中でユーモラスさも出したかった」と語る米澤穂信さん。主人公の名前の由来は「万願寺唐辛子」からだという(寺河内美奈撮影)

 ■日常に潜む悲喜劇鮮やかに
 〈そして誰もいなくなった〉-。作家、米澤穂信(ほのぶ)さん(41)の連作短編集『Iの悲劇』(文芸春秋)の舞台は、過疎化により一度消滅した集落だ。市の再生策によって集落には移住者が集まるが、そこでは不可解な“事件”が頻発。地方に現在進行形で起きている社会問題と、日常生活の中に潜む“等身大のミステリー”の要素が組み合わされた今作には、悲劇と喜劇の両方が見え隠れする。
 往年の推理小説『Xの悲劇』を彷彿(ほうふつ)させる題名は、都市部から出身地とは別の地方に移り住む「Iターン」をイメージさせる。
 「『人が暮らす』ということをこの作品で書きたかった。作品も題名も、ペーソス(哀愁)とユーモアが同居しているのではないかと思います」
 物語の舞台は人口6万人強の架空の自治体「南はかま市」。語り手である同市職員の万願寺邦和は、過疎化で誰もいなくなった山間部の集落「簑石(みのいし)」を復活させる部署「甦(よみがえ)り課」に配属され、新人職員・観山遊香とともに地区内で相次ぐトラブル解決に奔走する。
 自宅バーベキューで大音量の音楽を鳴らす夫婦、ネットで学んだ鯉の養殖法を実践する若者…。登場する移住者はいかにも一筋縄ではいかない人物ばかりだ。ただ、読み進めるうちに、一人一人が過去を背負った「生きた人間」であることが分かる。それは万願寺ら市職員側も同様だ。「人生をかけて新たなことに挑む人を笑う資格は誰にもない。人の暮らしを笑わない、実現性に疑問は持っても蔑(さげす)むことはしない」ことを意識したという。
 衰えていく地方の空気感や地方行政のリアルな内幕も生々しく反映されている。刊行前、書店などに見本を配った際、地方からの反応は「面白い」という声と並んで「身につまされた」などの感想が多かったという。
 平成13年、高校生の日常とミステリー要素を鮮やかに掛け合わせた『氷菓』でデビュー。本格ミステリーを手掛ける一方、同作を含めた「古典部」シリーズや「小市民」シリーズなど「人が死なないミステリー」も読者の支持を集める。これらの作品の多くは地方を舞台としている。
 「土地には蓄積があり、言い方を変えればそれが文化。その文化の力を借りて小説を書いている、と言うのが適切かもしれません。今作の舞台も小さい集落ですが、過去の積み重ねがあり、人々が必死に生きていた。ミステリーを成立させるための『箱庭』にせず、その過去も書きたかったのです」(本間英士)
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【プロフィル】米澤穂信
 よねざわ・ほのぶ 昭和53年、岐阜県生まれ。『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞、『満願』で山本周五郎賞を受賞。他の作品に『王とサーカス』など。

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