44年前出土の高槻城石垣、槻の木高校で展示 大阪 

校門そばの展示場に整然と積まれた石垣=大阪府高槻市の槻の木高校

 大阪府立槻の木高校(高槻市城内町)の中庭で忘れられた存在になっていた高槻城本丸石垣の石7個が、校門そばの展示場に移設された。中庭ではバラバラに置かれていたが、本物の石垣のように整然と配置。市民らに城について広く知ってもらうのが目的で、生徒と地域住民が協力して展示場を完成させた。
 高槻城は、戦国時代にキリシタン大名の高山右近らが城主を務めたことで知られる。同校敷地内に江戸時代の本丸が立地していたとされ、前身の府立島上高校で昭和50年、約90個の石垣の石が出土。ほとんどは埋め戻されたが、7個は、市教委が教材にするため残し、中庭に保管された。当初は教育に活用されたとみられるものの次第に忘れられ、なぜ置かれているかも分からなくなった。
 そうした中、職員が島上高校の歴史を記した冊子で、石垣の記述を発見した。これがきっかけとなり、歴史や地理を学ぶ地歴部員らが今年1月から展示場建設の準備に着手。城の歴史を学ぶなどして作業を進め、8月30日にセレモニーが行われた。
 7個の石は中庭に無造作に置かれていたが、展示場では本物の石垣をイメージして積み重ねられた。地歴部の部員は「たくさんの人に協力してもらって完成できた。多くの人にぜひ見に来てほしい」と話している。

ジャンルで探す