【書評】書評家・北上次郎が読む『83 1/4歳の素晴らしき日々』ヘンドリック・フルーン著

『831/4歳の素晴らしき日々』ヘンドリック・フルーン著、長山さき訳

 ■見習いたい前向きな生き方
 アムステルダムの老人ホームで暮らすヘンドリックが書いた日記、という形式の小説で、もともとはWEBサイトで連載されたもの。作者が匿名であったので評判になり、人口1700万人のオランダで32万部のベストセラーになった。
 高福祉社会のオランダでも老人ホームにはさまざまな問題があるようで、その克明なディテールが読ませる。いじめがあり、争いがあり、噂話があり、嘲笑がある。まるで社会の縮図のようだ。ただし、暗い話ばかりではない。
 たとえば、同じホームに暮らす親しい女友達エーフィエをレストランに誘うくだり。彼女は口紅とチークできれいに薄化粧してくる。半月分の年金を使って豪華な料理を堪能し、帰りはタクシーで戻ってくる。お別れに両頬にキスされるとヘンドリックは赤らんでこう述懐する。
 「八十三にもなって、なんたることだ!」
 まるで青年のように初々しい。彼の弾む心が伝わってきそうだ。
 もう一つは友情の風景があることだ。独居タイプの棟に犬と暮らしているエヴァートが彼の友達だ。ヘンドリックの誕生日には、車椅子に豪華な朝食を乗せてやってくる。で、調子っぱずれの歌をうたうのである。彼の具合が悪いときにはヘンドリックが犬の散歩を引き受けるほど2人は仲がいい。
 淡い恋があり、そして濃い友情があるのなら、老人ホームも悪くはない。そんな気がしてくる。
 さらに、この書が強い印象を与えてくれるのは、ヘンドリックが常に前向きであることだ。親しい老プリンセスが亡くなって心が痛くなっても、「新年はもうそこまで来ている。まずは春をめざそう!」と、考えることに留意。自分に言い聞かすという意味合いが強いのかもしれないが、それでも「計画があるかぎり人生は終わらない」と思うところにこの老人の強さがある。前向きなのは強いからだ。
 私は現在72歳になるが、ヘンドリックを見習いたいと思うのである。(長山さき訳/集英社・2000円+税)

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