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【怖い絵展】(下)中野京子さんが読み解く 地獄の描写、腕によりをかけ

ウィリアム・ホガース『ビール街とジン横丁』より「ジン横丁」1750-51年、郡山市立美術館蔵 c Koriyama City Museum of Art

 「英国カリカチュアの父」と呼ばれた皮肉屋ホガースによる、吹き出しのない漫画のような、あるいは絵による小説のような、一対の版画作品。
 高級ビールを飲めば皆ハッピー、安酒ジンだとこの世の地獄、と対比させているわけだが、古来、天国の描写が平板になりがちなのに対し、地獄となるとどの画家も俄然(がぜん)腕によりをかける。「ジン横丁」も例外ではない。画面のあちこちでいろんな事件が起こっている。
 18世紀半ばのロンドン貧民区イースト・エンドが舞台だ。ここ都会の吹き溜(だ)まりでは、誰も彼もが(子供までも)ジンに汚染され、人の心ばかりか街自体も荒廃し、安普請の建物は倒壊しかけている。儲(もう)かっているのは、ジン・ショップと高利貸と棺桶(かんおけ)屋だけだ。身なりをかまう者がいなくなったため、画面右上の2階で理髪師が首を吊(つ)っている。
 本作の哀(かな)しきヒロインは、中央の階段に腰かけた、見るからに荒(すさ)んだ子持ちの娼婦で、素足に梅毒の腫れものを浮かべ、嗅(か)ぎ煙草(たばこ)をつまもうとして、授乳中の我(わ)が子が転落死しかけても気づかない。そばには前後不覚に酔いしれ痩せこけた元兵士がいる。彼の持つ籠から反ジン・キャンペーンのチラシが覗(のぞ)く。当時のジンは安かろう悪かろうの粗悪品で、おおぜいの健康をそこね、廃人を生み、犯罪を激増させていたため、大きな社会問題となっていた。この作品自体も、反ジン・キャンペーンの一環といえた。
 キャンペーンは一時的な効果をあげたが、そもそもビールが買えなくてジンを飲むのだから、貧富の差という根本が放置されたままではほんとうの解決にはならない。案の定、この絵から1世紀以上たっても、イースト・エンドの住人はジンに溺れ、高利貸は儲かり、死は日常で、貧しい女性は娼婦になるよりなかった。そこへ夜な夜な獲物を漁(あさ)りに来たのが、切り裂きジャック、即ち世界一有名な猟奇連続殺人鬼である。彼は5人の街娼の喉を切り、腹を裂き、内臓を持ち去り、警察やマスコミに嘲笑の手紙を送りつけて、忽然(こつぜん)と消えた。
 今回の「怖い絵」展には、シッカートの「切り裂きジャックの寝室」も出展されている。誰も室内にいないのに、人の気配のする薄気味悪い作品だ。シッカートは同時代人だった切り裂きジャックに異様な関心を寄せており、しかも彼自身がジャックの有力容疑者であった。3作合わせて鑑賞してほしい。
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 「怖い絵」展は12月17日まで、上野の森美術館(東京都台東区)で開催中。