予約もとれない、魚もとれない……日本で鮨が食べられなくなる日がやってくる

 将来、日本の食文化の象徴である「鮨」が食べられなくなるかもしれない――。そんな現実を実感している日本人がどれだけいるだろうか。理由は3つある。「予約がとれない」「魚が獲れなくなる」「そもそも職人が消える」。

【写真】この記事の写真(6枚)を見る

 レストランの予約がとれない現象は今に始まったことではない。「食べログ」などのグルメサイトで、人気上位の鮨店に片っ端から電話をかけてみれば分かる。何しろ、こうした人気店は最低でも1ヶ月待ちは当たり前。最長で1年半待ちという店もある。その日にキャンセルが出たなどの特殊な事情がない限り、当日に予約をすることは不可能だ。

毎月飛行機でやってくる「フーディーズ」

 熾烈な予約争奪戦に拍車をかけているのが、最高の一皿を求めて世界の名店をめぐり、SNSで情報発信する「フーディーズ」と呼ばれる美食ブロガーの存在だ。彼らの多くがアジアや欧米の富裕層で、定期的に日本を訪れては予約困難の鮨店で食事をする。そして、その一部始終をSNS上で公開することをライフワークにしているのだ。なぜ外国人である彼らは予約できるのか。ミシュランガイドの三つ星に輝く鮨店の主人は、彼らは日本人以上に鮨を愛していると語る。「繁盛店になる10年以上前から毎月、飛行機でやってくるんです。鮨の知識も豊富で、食材の産地や季節のネタも日本人以上に知っていますよ。ただ予約のとれない店で食事したことを自慢する輩とは次元が違う」

©iStock.com

 香港出身のMは界隈では知られた存在だ。年齢と職業は不詳。定期的に都内の人気店を食べ歩いている。彼女が撮り溜めた鮨の画像は貴重な記録だ。ある鮨店の店主は自分が焼き続けた「玉(卵焼き)」を時系列で見せられた時、過去の自分がどれだけ下手だったのかを知って呆然とした。そして、そんな自分の鮨に長年、付き合ってくれた彼女のことを考えると目頭が熱くなると語った。彼女らは職人からの信頼も厚い。フーディーズのフォロワー数は80万人なんてざらだ。彼らがインフルエンサーの役割を果たし日本の鮨は全世界のグルメの憧れの的となる。

魚もいなければ漁師もいない

 日本政府観光局(JNTO)によると、2017年の訪日外客数は前年比19.3%増の2869万1000人。訪日外客の中には鮨を食べることが目的という人も多い。外国人の宿泊が多い都内の外資系高級ホテルのコンシェルジュの中には、顧客サービスの一環として、人気鮨店の数ヶ月先の予約を個人名で押さえているプロも多いと聞く。

 2020年の東京オリンピックに向け、人気鮨店の予約争奪戦はさらに熾烈を極めるだろう。

©iStock.com

 日本の水産資源をめぐる状況も衰退の一途をたどっている。水産庁の発表によると日本の漁業生産量は最盛期から6割減。その結果、ピーク時に70万人とも言われた漁業者は、今や15万人を切っている。さらに深刻なのは、その半数が後継者のいない60代以上であること。漁業者の平均年齢は56.7歳。魚もいなければ漁師もいない。このままでは、外国から輸入された魚で鮨を握らなくてはならない。

本マグロの価格は2、3倍に?

 中でも鮨に欠かすことができないクロマグロ(本マグロ)をめぐる状況は深刻だ。2018年6月、全国から集まったマグロ漁師が抗議のため水産庁を取り囲んだ。参加者の多くがマグロの「一本釣り」や「延縄(はえなわ)漁」などで生計をたてる小規模漁獲者。実は太平洋クロマグロは国際的な枠組みで規制が行われていて、国ごとに漁獲枠が決められている。日本における成魚(30キロ以上)の漁獲枠は4882トン。その大半が大中型巻網(まきあみ)の漁業者に配分されたことに、小規模漁業者が反発したのだ。

©iStock.com

 漁師がマグロと一対一で対峙する「一本釣り」とは異なり、巻網は泳いでいるマグロの群れを高性能のレーダーで見つけ出し、一網打尽にする漁法だ。一回の操業で獲れるマグロの水揚げ量は、一本釣りで知られる青森県・大間漁協のマグロの水揚げ量のおよそ1ヶ月分に相当する。何より深刻なのが、その漁期がマグロの産卵期の夏に重なるのだ。日本近海でマグロの漁獲量は減少しているが、その要因のひとつが産卵期の巻網の影響だと関係者は憤る。しかも、巻網を取り仕切る水産会社には水産庁からの役人の天下りが後を絶たない。

 豊洲市場で本マグロを扱う仲卸店の社長は将来をこう見据える。「現在、本マグロの一匹あたりの値段は、平時であれば250万円前後。今後、マグロの資源量がさらに減少すれば、その2倍、3倍に跳ね上がる可能性もあります」

若い職人は給料のよい海外へ流出

 価格が高騰しているのはマグロだけではないことを考えると、回っている鮨以外は庶民には手の届かない嗜好品になることは間違いない。

 華やかに見える鮨の世界。しかし、万年、人材不足に頭を悩ませている。鮨店の主人が集まると、いつも話題になるのは「いい若い子いない?」。鮨の世界では一人前の職人となるまでに最低でも10年を要する。仕事は早朝から深夜まで。職人の「修業」の世界は、お上が定めた労働基準法にはそぐわない。ドイツのマイスター制度のように「徒弟制度」が法律で体系化されていないのだ。

©iStock.com

 職人の海外流出も深刻だ。鮨のグローバル化に伴い、富裕層が集まる世界の都市では「SUSHI RESTAURANT」の新規開店が進む。こうした外国資本の超高級店の職人の給与は年俸800万円。英語など語学もできれば1000万円超も夢ではない。国内の場合、職人が手にする給与はその半分。将来、自分の店を持つ夢を持つ若手にとって、海外への挑戦は資金面でも独立への近道なのだ。有名店で修業した肩書を狙った「引き抜き」も横行していて、職人の争奪戦はグローバル・ビジネスに発展している。日本で鮨が食べられなくなる日は、そう遠い出来事ではないのだ。

※社会人・就活生なら押さえておきたい 2019年はずせない論点がこの1冊に!『文藝春秋オピニオン 2019年の論点100』発売中

(中原 一歩/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2019年の論点100)

ジャンルで探す