人生最悪の失恋に、フランス人アーティストはどう向き合ったか

 失恋の痛みはどうしたら消し去ることができるのか。そんなごく個人的、それでいて万人に関係するテーマを扱った展覧会が開催中だ。東京品川、原美術館での「『限局性激痛』原美術館コレクションより」。

Sophie Calle
Exquisite Pain, 1984-2003
© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

記憶と思い出の品を、作品に仕立て直す

 聞き慣れない「限局性激痛」という言葉は、医学の専門用語。身体の限られた部位にのみ生じる激しい痛みや苦しみのことだ。人が失恋を経験したときの胸の痛みは、医学的根拠があるかどうかはわからぬが、誰しも思い当たるところがあるもの。最も身近な限局性激痛と言えるだろう。

 フランス人アーティストのソフィ・カルは、この痛みを作品化した。彼女はあるとき、人生で最悪の痛手と感じられるほどの失恋に見舞われる。当時は泣き暮らすばかりだったが、しばしのときが経つと、とっておいた思い出の品々をひもとこうという気持ちになった。

 行動を記録したメモ、旅行先で使った地図や紙幣、こっそり持ち帰ってしまったホテルの鍵、ポラロイド写真やスナップショットの数々。当時の記憶を掘り起こしながら、ソフィ・カルは、失恋までの数十日をカウントダウン形式で再構成していった。

「●日前、愛している男に捨てられた」という一文で始まるテキストと、恋人への手紙や写真を組み合わせたものが、ずらりと並ぶかたちで構成されるのが作品の第1部。第2部では、自身の失恋の顛末を他人に話し、代わりに相手から最も辛かった経験を教えてもらい、そのさまざまな不幸話と自身の心境の変化を、刺繍で綴られたテキストと写真で表現してある。

 自分の体験を素材にして出来上がった作品からは、異様な迫力が漂い出ている。事実の強みの為せる業か、はたまた自己をさらけ出すことの覚悟がひしひしと伝わってくるからか。

人の心の弱さと残酷さがあぶり出される

 心の痛みを人はどう克服し、乗り越えていくのか。内心で起こるちいさな変化を、これほど繊細に捉えた表現には、なかなかお目にかかれない。展示をひと通り観終えると、事細かに心境描写がされた長大な小説を読んだような気分になる。アートの展示というかたちで、かくも豊かなストーリーが語られていることにも驚かされる。

 第2部では、他人の不幸をいくつも聞き込むことによって、ソフィ・カル自身の抱えた悲しみがすこしずつ癒されていく。そうか不幸とは、ぶつかり合うと相殺されるものなのか。ということは、映画や芝居で人が悲劇を観て楽しむのは、自分の抱えた辛さを相対化して消し去るためでもあったのか。

 人の心に巣食う残酷な一面を見せつけられるような思いがしてドキリとさせられたり、心の動きのしくみを垣間見た気がして納得したり。作品の前に立っていると、視覚が刺激されるのはもちろんのこと、心と脳もフル稼働して、なかなか忙しい展覧会だ。

(山内 宏泰)

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