「私の夫はゲイか?」とグーグル検索する女たち――橘玲さんが今月買った10冊

橘玲さん

遺伝子』は、ベストセラー『がん―4000年の歴史』の著書があるがん研究者が、ダーウィン、メンデルから二重らせんの発見、遺伝子組み換えまで、人類と遺伝子の歴史を辿る。ゲノミクスの急速な進歩が人類の未来を大きく変えようとしているなか、万人にとって必読の作品。著者が遺伝に強い関心をもったのは、父方の伯父や従兄弟が次々と統合失調症に苦しんだからだ。

 ゲノミクスの最先端が『CRISPR(クリスパー)』。開発者であるジェニファー・ダウドナによれば「ゲノムを、まるでワープロで文章を編集するように、簡単に書き換えられる」技術で、高校生でも二十万円程度の費用で生殖細胞の遺伝子を組み換えられるという。

 ほとんどのひとは水洗トイレやファスナーの仕組みを正確にこたえられず、自転車のペダルとチェーンの関係を図に描けない。こんなに無知なのにすべて『知ってるつもり』なのは、自分の知能を錯覚しているからだ――。

 この「不都合な真実」を暴いたのが認知科学者のスローマンとファーンバック。AI(人工知能)やビッグデータで知能の定義は変わり、重要なのは「賢さ」を拡張する方法を知っていることで、これからは知能指数(g因子)より集団知能(c因子)が注目されると予想する。

 グーグル検索に入力される膨大なデータから隠されたこころの深層を探ったのが『誰もが嘘をついている』。

 セックスをしてくれないパートナーへの文句は「会話に応じてくれない」という文句より十六倍も多く、「私の夫は浮気しているか?」より「私の夫はゲイか?」と検索する妻がたくさんいる。さらに、子どもがいるひとは、いないひとより三・六倍もその決断を後悔している。

 ロバート・チャルディーニは『影響力の武器』で、私たちの決断の多くが他者から強い影響を受けていることを明らかにした。『PRE-SUASION(プリ・スエージョン)』は三十三年ぶりに書かれた続編で、説得(PERSUASION)の前段階(PRE)のこと。説得の下準備を巧妙に行なうことで、相手を瞬時に支配する「特権的瞬間」が手に入ると説く。

 女性社会学者が富裕層ビジネスの裏側を知ろうと、「富裕層の金庫番」の研修プログラムに参加した。『ウェルス・マネジャー』は、租税回避を目的とした「専門的な破壊」によって国家主権が侵食され、超富裕層にますます富が集中して格差が拡大すると警鐘を鳴らす。

 橋下大阪市長のもと「日本における最貧困地域」である西成あいりん地区(釜ヶ崎)の再生に奮闘した経済学者の鈴木亘氏が、こんどは『経済学者、待機児童ゼロに挑む』で、小池都政のもと保育園問題に挑んだ。メディアの報道とは異なり、認可保育園の既得権を守るには待機児童が多い方が都合がよく、「子どもの安全」を名目に規制緩和に反対するキャンペーンが行なわれている。ゼロ歳児を預かる費用が東京都の平均で月額四十万円というのは驚いた。

 日本では長らく「終身雇用・年功序列の日本的雇用が日本人(ただし男のみ)を幸福にした」と信じられてきた。そのような社会でもっとも忌み嫌われるのは正社員の金銭解雇だが、世界でこれを法制化していないのはもはや日本だけだ。『解雇規制を問い直す』は経済学者らによる建設的な提言。こうした証拠(エビデンス)のある分析をもとに政策がつくられるようになってほしい。

 日本社会に「ネトウヨ」と呼ばれる排外主義が増殖しているが、『歴史修正主義とサブカルチャー』では若手の社会学者が彼らのルーツを九〇年代保守言論に探る。サブカルチャーとネトウヨには強い親和性がある。

朝鮮大学校物語』は、映画『かぞくのくに』で北朝鮮から一時帰国した兄を描いたヤン・ヨンヒ氏の自伝的小説。親の意思によって奇妙な「大学」に放り込まれたミヨンが自立を求めて奮闘する。前作『兄 かぞくのくに』と合わせて読みたい。

 

01.『遺伝子 親密なる人類史』上・下 シッダールタ・ムカジー著 仲野徹監修 田中文訳 早川書房 各2500円+税

02.『CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見』 ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ著 櫻井祐子訳 文藝春秋 1600円+税

03.『知ってるつもり 無知の科学』 スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著 土方奈美訳 早川書房 1900円+税

04.『誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性』 セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ著 酒井泰介訳 光文社 1800円+税

05.『PRE-SUASION 影響力と説得のための革命的瞬間』 ロバート・チャルディーニ著 安藤清志監訳 曽根寛樹訳 誠信書房 2700円+税

06.『ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番 世界トップ1%の資産防衛』 ブルック・ハリントン著 庭田よう子訳 みすず書房 3800円+税

07.『経済学者、待機児童ゼロに挑む』 鈴木亘著 新潮社 1500円+税

08.『解雇規制を問い直す 金銭解決の制度設計』 大内伸哉、川口大司編著 有斐閣 2800円+税

09.『歴史修正主義とサブカルチャー』 倉橋耕平著 青弓社 1600円+税

10.『朝鮮大学校物語』 ヤン・ヨンヒ著 KADOKAWA 1500円+税

(橘 玲)

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