「漢字で『既に』と書くのはマナー違反」SNSに蔓延する“謎マナー”を専門家がジャッジ

写真はイメージです

 誰もが必ず悩むのが、人との付き合い方や、仕事上での礼儀作法。近年ではITの進歩により、そんな“常識”も変わりつつあります。SNS上では「失礼クリエイター」とマナーについて揶揄する投稿も多いけれど、いったい、どう考えたらいいのか……。マナーの大家である西出ひろ子さんに伺いました!

謎マナーの発信源は「架空のマナー講師のジョーク」

 新1万円札を結婚式のご祝儀に使うのはマナー違反?

 マナーコンサルタントの西出ひろ子さんは「誰が言い始めたのか……というのが率直な感想です」と首をひねる。

結論から言うと、ご祝儀に新1万円札を使うことは問題ないと考えます。そもそも、ご祝儀はお祝いの気持ちを表すもの。それをお金という形で渡しているに過ぎないので、肖像が誰だろうと関係ないですよね」(西出さん、以下同)

 ちなみにこの謎マナーを調べたところ、どうやら架空のマナー講師を名乗る人物が、SNS上でジョークとして投稿したのが発端らしい。しかし、嘘だとわかっていても、一度聞くと気になってしまうのが人の心理。

困るのは、この情報が出回ったことで、本当に気にしている人がいるかもしれないということです。受け取る相手がどう思うかまでは、こちらでは判断できません。心理的にどうしても気になる場合は、旧1万円札を使ったらいいと思います

 とはいえ、この謎マナーは、新1万円札に変わったばかりの今だからこそ、話題になっている一過性のものだと西出さんは分析。

今後、旧1万円札の流通はどんどん少なくなります。そうなれば新1万円札を用いるしかありません。それに伴い、忘れられていくのではないでしょうか

オンライン会議で上位者より先にログアウトしてはいけない

 コロナ禍で一気に普及したオンライン会議。慣れない画面越しの会議に戸惑う人が増えた結果、謎マナーが誕生することに。その中のひとつが、ログアウトする順番だ。相手が自分よりも上位者である場合、「先にログアウトするのは失礼」というマナーが一部で信じられているという。

 この謎マナーに西出さんは、「ログアウトのタイミングはケース・バイ・ケース。絶対に守るべきルールとは思えません」とのこと。

ビデオ会議が終わったあと、別の業務連絡のために一部の人が残って話を続けることは、往々にしてありますよね。そんなとき謎マナーに縛られて延々と居座っては、かえって迷惑です

 ビデオ会議だからといって特別視するのではなく、一般的なマナーを忘れないことが大切だと西出さん。

普通の会議では、退出するときにはお辞儀をして、『お疲れさまでした』『ありがとうございました』など挨拶をします。ビデオ会議も同じです。上位者がいても、『次の会議があるので失礼します』とひと言添えれば、失礼にはなりません。普段どおりのコミュニケーションを心がけるので十分だと思いますよ

目上の人に「了解しました」を使うのは失礼

 ビジネスメールをやりとりする際、肯定の意味で使われる「了解」という言葉。しかし、いつのころからか上司や取引先など、「目上の人に対して『了解』を使うのはNG」といわれるように。マナー的にはどうなのか? 

 これに関しては、「私は使わないですね」と西出さん。

「“了解”という言葉はそもそも、“承認します”という意味。文法上は間違いではなくても『許可を与える』という点から、上から目線的な印象だと感じる人もいらっしゃいます。人の感じ方は千差万別です。『え?』っと相手が引っかかりを感じない言葉を選ぶことを心がけることもマナーの一環と考えます」

 目上の人に対して使う場合は、『承知しました』または、『かしこまりました』が適切だという。

言葉の使い方は、自分と相手との関係性によっても変わります。気心が知れている仲であれば、『了解』という言葉を使っても問題ないでしょう。ただ、いろいろな言葉の選択肢がある中で、あえて『了解』にこだわる必要もないと思います

人前で薬を飲むのはマナー違反?

 西出さんがマナーで最も大切にしているのは、相手への思いやり。

私の場合は『承知しました』や『かしこまりました』のほうが、丁寧な印象を与えると思っているので、それらを使うようにしています

 メッセージを受け取った人が、嫌な気持ちにならないような言葉遣いを心がけるのがマナーだ。

人前で薬を飲むのは人を不快にさせる?

 Twitter(現X)で数年前、「人前で薬を飲むのはマナー違反なのか?」というツイートが投稿されると、SNS上で大きな議論を巻き起こした。

 投稿者は、飲食店で薬を飲もうとした際に、隣の客から「食事の席で薬を出すなんて気持ち悪い」「病気がうつる」などと言われたという。薬を飲むタイミングに、マナーは関係あるのか?

これも、マナー違反でも何でもありません。気にする必要はないと思います」ときっぱり。

見た目ではわかりづらくても、持病で毎日決まった時間に服薬しなければならない方もいらっしゃいます。やむを得ず、人前で服薬をすることをマナー違反というのは、あまりにも優しさがありません。人それぞれいろんな事情を抱えていることに思いをはせてみてほしいです

 ただし、服薬後の薬の処理については、気をつけるべきと加える。

飲食店で、空のペットボトルなど自分のゴミを置いて帰る人がたまにいますが、それは間違いなくマナー違反。服薬した薬の包み紙なども同じです。どんなに小さいゴミでも、持ち込んだものは必ず持ち帰りましょう

ビジネスシーンでは、原色系のマスクは避けるべき

 ビデオ会議と同じく、コロナ禍をきっかけに着用率が激増したマスク。需要が拡大したことで、デザインやカラーバリエーションも格段に増えたが、その一方でマスクに関する謎マナーも発生。

 ビジネスシーンでは、白や目立たない色が基本で、柄の入ったものや原色系のマスクは避けるべきというものだ。

 派手なマスクは、ビジネスの場にふさわしくないというのがその理由らしいが、西出さんの見解は?

TPPPOを照らし合わせて選ぶのが正解

その場に合わせた、ふさわしい振る舞いをすることをTPOといいますが、私はそれをさらに発展させた“TPPPO”を提唱しています。それぞれtime(時)、place(場所)、position(立場)、person(人)、occasion(場合)を表し、自分のポジションや、相手の人柄を考え合わせると、よりよいコミュニケーションが築けるという提案です。

 このマスクの例もまさにそれで、白や黒のマスクがふさわしい仕事もあれば、原色のマスクで明るい雰囲気を出したほうがプラスになる仕事もあります。ビジネスシーンとひとくくりにせず、自分の仕事とTPPPOを照らし合わせたうえで、マスク選びをするのが正解ではないでしょうか」

喪服の際は30デニール以下のストッキングでないといけない

 葬儀のときに女性がはくストッキング。色が黒であることはもちろんだが、それに加えて、透け感の出る30デニール以下を着用するのがマナーといわれている。

 なんとなく葬儀のときは薄手のストッキング、という認識を持つ人は多いと思うが、実際のマナー的にはどうなのだろうか。

 西出さんいわく、「確かにフォーマルな場では、一般的には『ストッキングを着用』とされています」とのこと。

ストッキングとタイツでは、ストッキングのほうが格が上だからです。ストッキングやタイツも服装の格に合わせて着用するという考え方です。タイツは本来であればジーンズと同じようにカジュアルな衣料ですので、儀式である葬儀にはふさわしくないともいえます

 ただし、冬場など、体調管理が必要な場合は「厚手のストッキングやタイツでも構わないのでは」と西出さん。

無理して薄手のストッキングをはいて、体調を崩しては元も子もありません。葬儀に集中できる装いを自分で判断しましょう。タイツで葬儀に出席している人がいたら、事情があるのかなと察して差し上げる気持ちがマナー。一方的にマナー違反と言うことがマナーの欠如となります

社会人は知っていて当たり前? 「漢字で書いてはいけない言葉」

 とあるユーザーがXに投稿した、『漢字で書いてはいけない言葉』の一覧が、波紋を呼んだ。「様々」「既に」「出来る」「分かる」など、その数は実に20個以上。文法上、これらの言葉はひらがなにするのが正解なのだという。

 この謎マナーへの反響は大きく、「勉強になりました」と受け入れる声がある一方で、「漢字で書いていけない言葉はない」「こんなマナーは初耳」など懐疑的な意見も。文章のマナーについて、西出さんの考えは?

文章のマナーも、食事のマナーと同じ。大事なのは、受け取る相手の感じ方です。漢字が続く文章は読みにくいので、ひらがなにしてバランスを取る。それで相手が読みやすくなるのなら、素敵な心遣いだと思います

 文法上の使い方は、「情報として知っておくくらいでよいのでは」とのこと。

日常生活で使う文章に関して、そこまで文法に神経質になる必要はないと思っています。失礼な文言はないか、わかりにくい表現はないかなど、相手の視点に立つほうが優先順位は高いのでは。ただ、文章や言葉遣いは時代によって変わるもの。その都度アップデートする意識は持っていたいですね

取材・文/中村未来

にしで・ひろこ マナーコンサルタント、マナー解説者。ヒロコマナーグループ代表。大学卒業後、参議院議員秘書などを経て、マナー講師として独立。多くの企業のマナー研修や講演を行う一方で、映画やNHK大河ドラマ、CM等のマナー監修、俳優へのマナー所作指導なども手がける。著書に『マナーのカリスマが大切にする 私スタイルの暮らし方』(主婦と生活社)など国内外で100冊以上。

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