“ポスト岸田”の「志ある」密かに燃える加藤勝信氏 「幸運の女神の前髪掴む」【「ポスト岸田」候補の素顔】

「常に高みを見据える」。自民党・加藤勝信元官房長官が総理・総裁を目指すかを問われ、初めて公然と意欲を示したのは2018年10月。安倍政権下で、自民党の最終的な意思決定を行うポスト「総務会長」に任命された就任会見のときだった。
あれから5年半が経ち、この間は総理総裁への意欲についての発言を封印。そして現岸田政権下では3度目の厚労大臣となるも、去年9月に任を終えてからは閣僚や党の役職に就かず、鳴りを潜めている。しかし、心に灯した火は決して消えたわけではなくて──。

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総務会長就任時の会見で、総理総裁への意欲を語った加藤氏(2018年10月)

「政治家というより官僚」「つまらない」立ちはだかる”1%未満”の壁

「加藤さんは世論調査の人気度で、ちょっと数字が低すぎるんだよな」
総裁選で動向が注目される自民党の閣僚経験者は、周囲にこう呟いた。
各社の世論調査で質問項目にある『次の総理・総裁にふさわしいのは誰か』。
選択肢にたびたび加藤氏の名前は挙がるものの、支持率は1%に満たないことがほとんどだ。
24年3月に実施したJNN世論調査では、1位から順に石破茂氏(19.0%)、小泉進次郎氏(15.8%)、上川陽子氏(10.0%)と続き、加藤氏は0.6%にとどまった。
※JNN電話世論調査 実施:3月30日・31日 対象:全国18歳以上2190人 有効回答:1036人

コロナ禍の安倍政権で厚労大臣、続く菅政権では官房長官への登用と重要閣僚を歴任し、発信の機会を得ながら、なぜ“ポスト岸田”としての支持が広がらないのだろうか。

加藤氏の仕事ぶりを間近で見てきたある政府関係者は、加藤氏についてこう語る。

ある政府関係者
「頭も良いし、加藤さんは何でもできる。総理になってくれたらやりやすい。ただ、政治家というより官僚のようだ」

元財務官僚の加藤氏。実際、永田町や霞が関で“加藤評”を聞いてまわると今でも、良くも悪くも「官僚のようだ」と評されることが少なくない。

その理由はまず1つに、加藤氏の実務能力には政官ともに一定の評価があること。

2020年9月に誕生した菅政権で、加藤氏は女房役の官房長官に抜擢された。安倍元総理の生前、自らが官房長官だった頃から菅氏は「他に官房長官が務まるのは加藤氏か河野氏」との考えを持っていた。

官房長官時代、幾多の災害や北朝鮮のミサイル対応など危機管理、調整能力の高さなどで腕を鳴らした菅氏。その菅氏から信頼を得るほどに、答弁力や安定感には定評がある。

また加藤氏は厚労大臣時代、働き方改革法、年金制度改革法、改正マイナンバー法など、重要法案の成立にあたり幾度も国会で答弁に立ったが、事前に所管省庁から説明を受ける「答弁レク」は、自ら想定問答をチェックし必要箇所のみ最小限で行い、理解も早い。

一方で、「官僚のようだ」と言われるもう1つの理由は・・・

ある政府関係者
「加藤さんに足りないのは狡さ。裏表がないんだよな。良く言えば真面目だけど、つまらない」

別の政府関係者
「加藤さんは面白味がない、遊びがない、意外性がない。もう少し素を見せたら良いのにと思う」

脱・「つまらない政治家」?SNS戦略で見栄えの良さより重視した「親しみやすさ」

官房長官時代の加藤氏

加藤氏の答弁と言えば、厚労大臣時代の2018年、働き方改革の国会審議において、野党側から「質問に正面から答えず、論点をずらす、いわゆる『ご飯論法』だ」と指摘を受け、“不誠実だ”と批判もされた。
官房長官になった加藤氏は在任中、会見などで目立った失言もない一方で、カメラの前で相好を崩すことはほとんどなく、厳しい表情で記者とやり取りする姿が目立った。そのため、加藤氏の周辺は「冷たい印象を与える」「本来の人柄が伝わらない」と気を揉んだ。

そしてわずか1年で菅政権が終焉を迎え、加藤氏も任を終えた。官房長官が行う1日2回の会見がなくなり、“発信”の機会が減ることから、強化したのがSNSでの発信だった。

自撮り動画はSNS上で見知らぬ人が「かつのぶフレーム」と命名し、定着。文字入れの加工などは最近まで4女が担当していた。

視察や地元の行事などの訪問先で加藤氏が自撮りし、カンペを読まずに即興で話す。加藤氏のSNSに投稿された動画を見ると、顔面のアップで画面の半分ほどが埋まる不思議な構図。一貫しているのは、「手作り感」に拘り、あえてNGテイクで緩んだ表情の加藤氏の姿を載せるなど、「動画を見た人に親近感をもってもらう」ような動画であること。「つまらない」「遊びがない」など従来の“加藤評”を覆すべく、薄紙を剥いでいくような作業だった。

今も総理総裁への志消えず 密かに明かす胸の内

様々な角度から発信を試みる加藤氏だが、今もポスト岸田を見据えているのか。公の場でその核心に触れられることはなかったが、周囲にはその胸の内を明かしている。

「ずっと高みを見ている。志はある」
今でも総理総裁への意欲を持ち続けていることを、明言しているという。

まだ一度も総裁選に出馬したことのない加藤氏。では、いつ動くのか。

そもそも、世論調査の数字が低くても「ポスト岸田」の1人として加藤氏の名前が上がり続ける理由の1つに、清和研(安倍派)と志公会(麻生派)という、党内の2大派閥が、「加藤支持」でまとまる可能性がある、という点も大きかった。加藤氏は安倍元総理と近く、麻生副総裁も加藤氏を高く評価しているからだ。また、当選同期の萩生田前政調会長(安倍派)、武田元総務会長(二階派)と定期的に会合をもち、彼らからも「ポスト岸田」の一人として一目置かれる存在となっている。
しかし自民党派閥の裏金事件を受け、麻生派を除く派閥は解散。総裁選に向けての動きは不透明さを増している。

また、自身が所属する平成研の茂木会長が「ポスト岸田」をうかがっていることから、加藤氏も表立っては動きにくかった。派閥としての平成研は解消されたものの、「政策集団」としては存続することとなり、加藤氏は現在もメンバーとして残ったまま。今後、加藤氏がどう動くのかが注目されている。

そんな中、加藤氏は今のタイミングで「ポスト岸田」を狙い、自ら積極的に動くことには否定的な考えだという。

「仕掛けた人は大体、嵌っている。やはり大きな流れというのがあって、それに乗っていくものだ。『幸運の女神に後ろ髪はない(古代ギリシャの諺)』。前を通り過ぎた時には掴める後ろ髪がないので、ふっと現れた時すかさず前髪を掴めるよう準備はしている。いつ、何があるか分からないから」(加藤氏・周囲に対し)

加藤氏は時流に乗ることを大切にし、頼まれた仕事は基本的に断らないスタンスだ。一方で、自ら手を挙げ「これをやりたい」ということはない。それゆえ、「何でもできるが、何を一番したいのかが分からない」と評されることもある。自分が総理総裁になり、一番やりたいことは何か。それは加藤氏自身も模索している最中であるように思える。
党内で今も社会保障や憲法改正、税調の議論をリードする責任ある立場を任されている加藤氏。存在感を示し、総理総裁への足がかりを掴むことはできるのか。
準備に時間をかけ没頭していれば、幸運の女神を見逃すことにもなりかねない。

政治部 与党担当 サブキャップ
難波澪

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