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ロッキード事件「5億円は本当に田中角栄に渡ったのか」 弁護士と元検事が抱いた“違和感”とは

「5億円は4回にわけて田中角栄秘書官に渡った」 ロッキード事件・検察の主張の“不自然な点” から続く

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 ロッキード事件において田中角栄は、本当に有罪だったのだろうか――。1976年、田中角栄は、米国の航空機メーカー、ロッキード社からの賄賂を総理在任中に受け取り、全日空に同社の「トライスター」を購入するよう口利きをした罪を問われた。ロッキード社のコーチャン副会長の証言によると、彼は30億円にものぼる賄賂を、日本の政界にばらまいたという。

 裁判は、1993年の田中角栄の死によって収束を迎える。しかし、田中角栄は嵌(は)められたという主張も未だ根強い。作家の真山仁氏が事件の真相を追求した「ロッキード」より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目。前編を読む)

◆◆◆

 角栄の「職務権限」について、当時の検察の考えを知るために、元検事である宗像紀夫(むなかたのりお)に会いに行った。

 1942(昭和17)年生まれの宗像は、中央大学を卒業後、司法試験に合格、司法修習20期を修了し、68年、検事に任官する。

田中角栄 ©文藝春秋

 ロッキード事件発覚時は、福島地検に在籍し、現職知事である木村守江(きむらもりえ)の汚職事件捜査に追われていたが、その後、特捜部に異動し、ロッキード事件丸紅ルート控訴審では、公判検事を務めた。さらに、88年のリクルート事件では、特捜部副部長として主任検事を務め、その名を轟かせた。

ロッキード事件に向き合うたびに感じる違和感

 宗像は、2004(平成16)年、名古屋高検検事長を最後に退官し、現在は弁護士として活躍している。

 私がロッキード事件を改めて見直していると話すと、宗像は「世代の違うあなたが、あの事件を検証するというのは意味があるね」と言った。その言葉に背中を押され、ロッキード事件に向き合うたびに感じる違和感をぶつけてみた。

「一般人の感覚なら、民間航空会社の機種選定が総理大臣の職務権限に含まれるなんて考えもしないだろうね。総理大臣なんだから、全ての省庁の大臣に何でも命令できるし、その権限もある─と、最初から決めつけていたら、検察の主張に説得力なんて生まれないのではないですか」

 人を殺せば殺人罪だという分かりやすさが、受託収賄罪にはない。

 厄介なことに、受託収賄罪の重要な構成要件である職務権限について、総理をはじめ各大臣の職務は法律で細かく定められていない。したがって、事件を構成するひとつひとつの要素に白黒が付けにくく、結果としてグレーゾーンでの解釈論争になる。

「総理大臣の職務権限自体が曖昧で、しかも、総理といえども好き勝手に判断したり行動できないよう、総理の決断については閣議決定を義務づけている。ところが、角栄が罪を問われた丸紅ルートについて、『全日空には、ロッキード社のトライスターを買わせる』という閣議決定は、存在しない。だから、職務権限なんてないだろうという議論が起きるのは、当然の流れでしょう」

 拍子抜けするぐらい、宗像は私の違和感を肯定した。

新機種導入に当たっての許認可

 ところが、民間航空機の機種選定に政府が関われるのか、という疑問から出発して考えると、別の結論に至ると、宗像は言う。

 民間航空会社が新機種を導入するにあたっては、安全性や経済性、さらには当時問題視されていた離着陸時の騒音などについて、購入前に、政府の審査が必要であるという法的な縛りがあるからだ。

 航空会社が新しい機種を採用する場合は、航空法の「定期運航事業者の事業計画変更」(航空法100条など)に該当する。そして、定期運航事業者の事業計画は免許制で、運輸(現・国土交通)大臣の許認可が必要だ。

https://www.youtube.com/watch?v=0pGsG3Vyq5k&feature=youtu.be

 つまり、運輸大臣には、民間航空会社の新機種選定の際に指導する職務権限はあったと考えられる。とはいえ、具体的に機種まで押しつけられるのかとなると、疑問である。

 それに、運輸大臣は閣僚の1人であるから、権限を行使するとしても、内閣の意志に反する判断はできない。

「しっかりと指導監督せよ」と運輸大臣に命じられるのは、総理大臣ただ1人だ。運輸大臣が総理の意向に背くようなら、彼を罷免する権利を総理は有している。これらは、憲法や内閣法で規定されている。

総理介入についての解釈

 宗像が続ける。

「本来運輸大臣が行うべき職務権限を総理が行使することが違法であるという規定はありません。そして、総理は憲法(72条)と内閣法(6条)で、内閣を代表し、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部の長たる各大臣を指揮監督する権限を付与されているから、総理が直接全日空に口利きするのは、職務権限の行使であるわけです」

 分かりやすく言えば、総理は大臣を束ねるボスだから、各大臣には総理の意向を強要できるし、また大臣の権限についても総理が行使するのは、当然の職務権限だろうという理屈になる。

「それが法治国家のルール」

 しかし、法律の拡大解釈は厳に慎むべきであるというのが、法の精神である。この連想ゲームのような「総理に職務権限あり」の発想は、屁理屈ではないか。

「法律的思考からすれば、なんら問題がない。あとは裁判所が判断することになる。それが法治国家のルールだし、裁判というものです」

 何を尋ねても、宗像は考えを押しつけるでもなく、余裕綽々である。

 そして宗像は当然のように「それが法治国家のルール」だと言うが、その論理がストンと腹に落ちない不可解さ─。

 それが、ロッキード事件には漂っている。

 ちなみに、ロッキード事件の場合、運輸大臣が全日空に対して機種選定について指導したり、強要したという事実はない。そして、角栄が直接関わった証拠もない。

異色弁護士の反論

 では、弁護側は、それにどう立ち向かったのだろうか。

 第一審から田中弁護団の事務局長を務めた弁護士・稲見友之に話を聞いてみた。

 麹町にある事務所を訪ねると稲見は、裁判記録のファイルを積み上げたデスクの前で、私を迎えた。

 そして開口一番、「今までは、核心的な取材には応じてこなかったが、今回はすべて話したい」と言った。

 なぜ、今回は特別なのかと尋ねると、稲見は、1冊の本を示した。東京地検特捜部の検事が主人公の拙著『売国』だった。

「連載時から読んでいたが、これを書いた人の手が関われば、もしかしたらロッキード事件に、新しい光が差すのではないかと思っていた。そこに取材依頼が来たので、腹をくくりました」

 恐縮するしかなかったが、私自身も、まさにその新しい光を求めているのは間違いなかった。

 稲見の大きな目には誠実の光がある。角栄の壮絶な人生の終焉を目撃した両眼は、今も輝きを失っていない。

 1938(昭和13)年東京に生まれた稲見は、中央大学を卒業後、63年に司法試験に合格、司法修習18期を修了して、弁護士登録した。

 スタートは共産党系の弁護士が多い事務所というユニークな経歴の持ち主だが、大学時代から親しかった保岡興治に乞われ、角栄弁護団の事務方を手伝い、やがて事務局長を務めるようになる。保岡は、判事補、弁護士を経て72年、衆議院議員となり、田中派に所属していた。

検察の主張は無茶苦茶な話

「共産党にとって、田中先生は敵です。私は親友である保岡の頼みで、田中先生の弁護団のお手伝いを始めたのですが、所属事務所には内緒でした。結局それが発覚して、事務所を辞めざるを得なくなったのですが」

 そう笑って話すが、若手の弁護士にとって、両方の間に立つ苦悩は並大抵のものではなかったろう。

 稲見は職務権限について、「検察の主張は、私からすれば無茶苦茶な話で、総理は閣僚全ての職務権限を持つというような論理が通るのなら、総理大臣は独裁しても良いと、裁判所がお墨付きを与えるようなものです」と言っている。

「閣議決定と了解は同義であるという以外に、検察は、2つの答弁書を引っ張り出してきて、それによって閣議決定と考えるとも主張しました」

 答弁書とは、国会で議員からの質問を受けて、総理を含む大臣が答える際に用意される文書のことだ。通常は、官僚が用意し、それを大臣が確認後に閣議にかけて決定するという流れになっている。

 といっても実際に各答弁書の内容を細かくチェックする大臣など皆無で、ただ回覧して署名捺印をする儀礼的なものになっている。

「検察が見つけてきた答弁書の1つは、大型旅客機導入に関する政府の方針について、野党議員が具体的な機種を問うたものです。それに対して運輸大臣はDC−10、トライスター、ボーイング747SRの3機種を想定していると答えています。もう1つは、田中先生の総理就任を受けて、ハワイで行われた日米首脳会談で、アメリカの要請に応える形で、大型機の緊急輸入を認めたものでした」

 この2つの答弁によって、検察は、総理にはトライスターを選定するように全日空に働きかける職務権限が成立したと主張した。

「こんなバカげた話が通るはずがない。どちらも、あまりにも拡大解釈が過ぎます。我々はそう信じて、田中先生が、全日空にトライスターを選定させたという閣議決定がない以上、職務権限など存在しなかったと訴え続けました」

 果たして、結果はどうなったか。

 1審、控訴審ともに、裁判所は検察側の主張を全面的に認めたのだ。

角栄の死で最高裁は判断回避

 控訴審が始まる半年前の85年2月に脳梗塞で倒れた角栄は、その後、弁護団にさえ会えない状態が続く。

 そして、上告審が審議中の1993(平成5)年12月16日、角栄はこの世を去った。

 被告が亡くなって、罪を問う存在がいなくなったために、最高裁は角栄の公訴を棄却、最高裁は95年2月22日の丸紅ルートの判決で、総理の職務権限について、従来とは異なる判断を示した。

 すなわち、「(運輸大臣の職務権限について)民間航空会社が運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し、特定機種の選定購入を勧奨することができるという明文の根拠規定は存在しない」とした。

 その一方で、運輸大臣は行政指導する権利を有する立場にあり、機種選定に干渉できるという矛盾する判断を下した。

 そして、角栄が機種選定を全日空に働きかけた行為については「判断は示さないこととする」とした。

 稲見は言う。

「田中先生が亡くなって、総理の犯罪を立証する必要がなくなった。それによって贈賄側(=丸紅)が請託の意を持って田中先生にカネを渡したことだけを立証すれば、贈賄罪が成立するため、職務権限については曖昧でも問題がなかったんです」

 最高裁が、総理大臣の職務権限についての判断を示さなかったのは、それが判例として、将来に影響を与えるのを避けたかったからだろうと稲見。

「だとしたら、何のためにあんな長い年月闘ってきたのでしょうか」

 その時の怒りを思い出したように、その一言だけ稲見の語気が乱れた。

5億円は本当に田中角栄に渡ったのか

 公訴棄却となったが、実際に丸紅から5億円の現金を受け取ったとされる総理秘書官、榎本敏夫の罪(外為法違反)が95年2月に最高裁で確定した。角栄の死で公訴は棄却されたとはいえ、裁判所は角栄が5億円を賄賂として受領したと認定したわけである。

 最高裁の後始末を見ていると、どう考えても、総理に職務権限があったと判断するには無理がある。角栄が裁判中に亡くなるという不運によって、この決定が、判例として現在も残っているのは、理不尽としか言いようがない。

 宗像と稲見からは、同じ問題提起があった。

「職務権限の問題も重要だが、それ以上に、ロッキード事件丸紅ルートを検証する上で最も重要なことは、5億円が本当に田中角栄に渡ったのかという点だ」

 殺人事件が起きたと言われて現場にかけつけたら、死体がなかった。これでは殺人事件は成立しにくい。

 奇しくも2人の証言者は、この同じたとえを用いて、その違和感を説明した。

(真山 仁/週刊文春出版部)

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