元患者がスタート!がん克服後の孤独を救うNY発フィットネス

家族にも誰にも相談できる相手がいない。親しかった人から連絡が来なくなる……。がんを生きぬいた後も、リハビリも満足にできず、孤独を抱えるがん経験者は実は多いのだ。

がん患者やがんサバイバー(がん経験者)のためのリハビリや運動、健康管理などを学べる一般社団法人・キャンサーフィットネスの代表理事広瀬眞奈美さん(58)もそうだった。だが今は、NY発のがん患者向けフィットネスの指導をすることで、同じ悩みを持ったがん経験者に笑顔と希望の輪を広げている。

「私は、術前はステージ2の診断でしたが、手術後、リンパ節の生検で転移がわかり、ステージ3の状態でした。全部、取ったと言われましたが、いろいろ考えちゃって」

乳がんで乳房を切除した胸は、入院中に鏡で見たが、そのショックよりも、術後の痛みとまひがいつ消えるのかで頭はいっぱいだった。

「ステージ3と聞いて、どん底に落ち込んでいたので、胸を見てもことさら大きなショックはないけれど、人には話せないし、主人も息子も男性ですから、話せなくて。そこで第一の孤独があったんです。がん研の窓ガラス越しに外の世界を眺めると『私はもうこっち側の人間で、向こう側には戻れない』という気分でした」

友人たちが盛り上がるアンチエイジングの話も、冷めた思いで聞いていた。

「生き続けられるか否かに苛まれていた私には、なんでそんなレベルの話をしているんだろう、としか思えなくて。それに、がんになった瞬間、それまで近くにいると思っていた人の幾人かから連絡が来なくなりました」

他人の心変わりの早さに大いに戸惑い、落胆もした。

「退院して家に帰ると、手術前とは変わってしまった自分が強調されます。体が疲れ、まひが残って、やりたいことができない。私だけが日常生活についていけない。一生、この生活なの? と思って」

手術後の運動はよいと、アメリカの文献で読んでいたが、スポーツクラブはがんを理由に入会を断られ、運動教室も見つからない。とにかく体を動かしたくて、皇居1周、5キロを40分かけて走り、水泳も始めたが、思うように体が動かせなかった。

「整形外科でリハビリをと思ったのですが、そこでも断られてしまって。精神的に苦しくなって、適応障害になってしまった……」

語る広瀬さんから、笑顔が消えた。

雑誌で、NY発のがん患者のリハビリエクササイズ「Moving for Life」(以下MFL)を見かけたのは、そのころだ。

「がん患者さんが笑いながら、踊る写真が載っていて。すごく希望になりました。さっそくエアロビクス(以下、エアロ)に通い、続けながら、抗がん剤治療に通い、さらに勉強もしないと不安で。抗がん剤で髪はないけど、頭にバンダナを巻いて、スポーツインストラクター養成の専門学校に通いました」

09年4月から11月まで抗がん剤治療。12月から翌年1月まで、放射線治療。その後、ホルモン療法も受けたが、並行して、広瀬さんは専門学校に通い続けている。

「週2回の座学、週3回はエアロ、筋トレ、水泳などの実技でした。体調が悪いとき、エアロで目まいがしたので、休憩させてもらおうとしたら、女性講師が厳しい人で『がんだからって、甘えるんじゃない。だったらやめたほうがいい』と。もう、ものすごく悔しくて」

それからは、負けるもんかと気持ちが張って、やりぬけた。

「おかげで運動の力を実感し、自信にもなりました」

日本の資格を取得すると、12年に渡米する。MFLのインストラクターになるためだ。13年、3度目の渡米でMFL試験に合格し、14年にキャンサーフィットネスを開設する。その下準備は、すでに着々と進んでいた。

「がんに罹患したときから、ブログを始めたんですが、そこで乳がんの人の運動教室の参加者を募集したら10人も集まったんですね。しだいに、卵巣がんや胃がんの方も来て、あらゆるがんの人の教室にしたいと思い始めていたんです」

がん患者の会は、全国にあまたあるが、運動することで、がんを克服しようという広瀬さんの理念は、日本では特異なものだ。

「がん患者の会って、暗いんですね。涙を流してつらい話をし、聞く。それで同じ思いを共有できる人には効果があると思いますが、私には向かなかった。それなら明るく、涙を見せず、体を動かすほうが私向きだと思ったんです」

キャンサーフィットネスの利用者は全国で現在200人ほど。リハビリやがん専門医、理学療法士、栄養士の協力を仰ぎながら、さまざまな教室を開いている。心のケアや運動だけでなく、リンパ浮腫や体重超過の人のための対策クラスもあり、なんとチアダンスのクラスまであった。

「16年ごろから始めたんですが、参加者が思いがけず増えたので、チアチームを作ったんですよ」

好きなクラスに参加して、楽しみながら、がんと生きる方法を習得したメンバーの表情は、みんな明るく、生き生きと輝いていた。

「女性自身」2021年5月25日号掲載

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