都民の消防官 日々出動経路の検証重ね 尾久署・三上雄慈消防士長(59)

火災発生時、消防車に隊員を乗せて現場まで運転する機関員。道幅は十分か、近い消火栓はどれか、どのルートなら早く着けるか-。指令から出動までのわずか1分ほどの間に、人命を左右しかねない判断を求められる。消火活動の成否は「90%が機関員の腕にかかっている」と言われる。

岩手県出身。昭和57年に入庁し、初任地の豊島署で先輩機関員の仕事ぶりに感銘を受け、背中を追った。

「事細かく頭に地理が入っていて、正確に道を選び現場に着く。まるで職人だった」

以来、機関員一筋だ。管内を一通り自転車で走って確認し、道路状況を地図に一つ一つ記入。大型車と小型車が通行可能な道や、通れない道などを赤、青、黄色で色分けし、夜中でも目印になる店舗やすべての消火栓の位置が記してある。

出動後は、近隣署から現場に集結した各車両の走った経路や到着順、到着時間の記録を確認し、地道に各機関員の〝癖〟の検証を重ねた。使おうとする消火栓がかぶることを防ぐためだ。「機関員によっては、基本的なフォーメーションとは違う消火栓を狙う。変化球の先読みも欠かせない」という。

理論に縛られず、現場に応じて戦術を練ることの大切さを痛感する現場があった。平成18年3月、北区の住宅で「何らかの臭気あり」との指令で出動。爆発や毒性ガスなどに備え、風上に停車し、現場から距離を取った。その判断が功を奏し、停車位置から黒煙が見え、火災と判明。出入口も近く、早期に住民らを救出できた。火災現場は本来、直近の消火栓の確保が基本原則だが、「理論がすべてではないとわかった」と振り返る。

「最後まで消防車で火を消す仕事がしたい」

高い職業意識と万全の態勢、研ぎ澄まされた勘は、振り出しで憧れた「職人」そのものだ。(王美慧)

みかみ・ゆうじ 岩手県出身。昭和57年入庁。板橋署、赤羽署などを経て、平成26年から尾久署勤務。妻と娘2人、息子2人の6人家族。「家庭をないがしろにしたら、いい仕事はできない」が信条で、家族と一緒に過ごす休日を大切にしている。

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