台湾地震のビル倒壊は阪神淡路大震災でも見られた「せん断破壊」 都内には補強筋量不足が指摘される旧耐震基準のビルが多いエリアも

大地震に耐えられるビルは何が違うか(写真/AFLO)

 4月3日、台湾で発生した震度6強、マグニチュード7.7の大地震では鉄筋コンクリート造りのビルが次々と倒壊した。一方、日本の都心部でも耐震性不足を指摘されながら“放置”されたビルが多く存在するという。私たちはどれほどの危険に晒されているのか。専門家が解説する。

【写真】7階が4階ほどの高さまで傾き窓ガラスもたわむ、台湾のビル

 台湾東部・花蓮市で巨大なビルが無残に潰れた映像は、見る者に衝撃を与えた。倒壊の様子が大きく報じられたのは、地上9階地下1階建ての茶色いビルと5階建てで1階部分が飲食店になっているビル。ともに鉄筋コンクリート(RC)造で頑強なはずが脆くも崩れ去った。

 日本でも今年に入り、1月の能登半島地震を皮切りに、今月は震度4以上が4回発生するなど地震が頻発している。4月8日には宮崎県日南市で震度5弱が観測された。

「地震大国に住む私たちにとって、台湾での被害は“対岸の火事”ではありません」

 そう指摘するのは、能登半島地震や2016年の台湾南部地震などで現地調査を行なった東京大学地震研究所の楠浩一教授だ。

「能登半島地震でもビルが倒壊したように、日本でも起こり得る。しかも、東京の都心や繁華街には倒壊リスクのある建物が少なくない」(楠教授)

 東京では30年以内に70%の確率で首都直下地震が起こると予想されているが、なぜ頑強に見えるビルに崩れてしまう懸念があるのか。

 楠教授は台湾地震で倒れた5階建てビルの例をもとにこう解説する。

「映像から1階部分の柱がバーンと破裂して建物が倒壊したことが確認できます。これは1995年の阪神・淡路大震災でも見られた『せん断破壊』という非常に危険な現象です」

 コンクリートには、強い力がかかるとガラスのように破裂する特性があり、そのように壊れることを「せん断破壊」と呼ぶ。破裂を防ぐためにコンクリートの中に鉄筋を通すわけだが、「その補強が足りないビルがある」と楠教授は指摘する。

「鉄筋コンクリート部材の強度を上げるために、縦方向だけでなく横方向にも鉄筋をぐるぐると巻くのですが、この補強(せん断補強筋)が十分でないと大地震の時に柱の破壊が起こる可能性が高まります。一般的に1981年6月1日以前に建てられた『旧耐震基準』のビルでは、“せん断補強筋量の不足”が指摘されています」

 日本ではたびたび建築基準法が改正されてきたが、とくに1981年の改正では耐震基準を大きく見直した。「新耐震基準」では、せん断補強筋の密度やコンクリートの量が見直され、「震度6強以上の揺れでも倒壊しない」とされている。

「阪神・淡路大震災では、旧耐震基準のビルが集中的に倒壊しました。旧耐震でも頑丈に造られているビルはあるので一概には言えませんが、旧耐震基準のビルはまだまだ都心に現存し、耐震補強がされていなければ、次に大きな地震が来た時に倒壊する懸念が強いわけです」(楠教授)

耐震補強は“努力義務”

 阪神・淡路大震災以降、旧耐震基準のビルの耐震補強を促すために「耐震改修促進法」が制定された。その後の改正で震災時に避難や輸送などの大動脈となる「緊急輸送道路」に面した一定の大きさの建物などについて、耐震診断の実施を義務化。東京都では2018年より耐震診断結果を公表している。

 一般財団法人耐震総合研究所代表理事の別宮昌也氏が言う。

「都が運営する『東京都耐震ポータルサイト』から、旧耐震基準のビルの耐震診断結果を区ごとに確認できます。評価はI~IIIに分類され、Iは『震度6強以上の地震が起こると倒壊する可能性が高い』と判断されたビルになります」

 評価Iのビルが多いエリアはどこか。都が公表する「耐震診断が義務付けられている建築物の耐震診断結果」の東京23区のデータを見ていくと、耐震診断を受けた建物のうちI評価のビルの数の割合が最も高かったのは豊島区で、108棟のうち40棟(約37%)が該当した。2位は渋谷区で89棟のうち30棟(約34%)がI評価だった。

 エリアを細かく見ていくと、東池袋1丁目から5丁目の春日通り沿いに18棟、渋谷区渋谷2丁目から3丁目の青山通りと六本木通り沿いのエリアに9棟、大地震で倒壊の恐れがあるI評価のビルが集中していた。

「池袋や渋谷などの繁華街に近い場所に建つ古いビルは、利便性がよいのに賃料が割安なため入居者や店舗がなかなか転居・移転をせず、ビルのオーナーも耐震診断をしても耐震補強や建て替えをしないことが多い。都心で再開発が進む一方、“開発に取り残された危険な雑居ビル”が少なくありません」(別宮氏)

 耐震診断は義務化されたものの、実際の耐震補強は「努力義務」にとどまる制度になっている。そのため、補強・改修がなかなか進まない。

 さらに、「耐震診断結果が不明のエリアこそリスクが高い」と前出・楠教授は指摘する。

「耐震診断が義務の緊急輸送道路沿いから1本裏に入った通りになると、倒壊リスクのあるビルがどれだけあるのかも把握できていません。銀座の目抜き通りから1本入った裏通り、新橋、新宿歌舞伎町などの繁華街には診断すら受けていない古いビルが点在すると考えられます。そうしたエリアこそ注意が必要です」

 地震大国の首都に迫るビルの連鎖倒壊危機。抜本的な対策が必要になっている。

※週刊ポスト2024年4月26日号

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