「安倍やめろ」✕「増税反対」〇、北海道警ヤジ排除事件、賠償確定でも残ったモヤモヤの正体

桃井希生さん(左から2人目)と大杉雅栄さん(左から3人目)は札幌市内で記者会見に臨んだ(2024年8月20日/小笠原淳)

時の総理大臣にヤジを飛ばして警察に"排除"された市民2人が国家賠償を求めた訴訟。5年に及んだ争いは今年8月、とってつけたような「痛み分け」で決着した。

原告が「半分勝訴」と評する決定は、全体としては、その人たちが主張した「表現の自由」を認める内容ながらも、そこから導かれるべき結論がどうにもすっきりしないものとなった。

最終的な司法判断を得た原告たちはその決定をどう受け止めたか。その後の当局の対応なども含め、言論・表現の自由をめぐる長い闘いの顛末を報告したい。(ライター・小笠原淳)

●桃井さんへの排除行為は違法とされたが・・・

語られた違和感は、ごく素朴な疑問に由来する。

「私のほうが認められて大杉さんのほうが認められない、そのラインって何なんだろうと。やっぱりわからないままというか、モヤモヤが残るというか、結局どうなのかってことが全体としていまいちわからない。こんな判決が決まっちゃうのって」

声の主は、札幌市の団体職員・桃井希生さん(29)。前々回の参院議員選挙期間中だった2019年7月、与党系候補の応援演説で札幌を訪れた安倍晋三首相(当時)に「増税反対」などとヤジを飛ばして演説の場から排除され、長時間にわたって警察官につきまとわれる被害に遭った。

同じく「安倍やめろ」とヤジを飛ばして排除された札幌市の福祉職・大杉雅栄さん(36)とともに北海道警を設置する北海道に損害賠償を求める国賠訴訟を起こしてから、4年半あまりが過ぎる。上の発言は、その裁判の最終的な結論が伝えられた今年8月20日午後、札幌市内で開かれた記者会見であったものだ。

この前日、最高裁第1小法廷(深山卓也裁判長)が出した結論は、地元の札幌高裁(大竹優子裁判長=当時)が2023年6月に言い渡した控訴審判決を確定させるものとなった。桃井さんの感じる「モヤモヤ」は、この高裁判決への疑義がまったく顧みられず、上訴の要件を満たしていないという理由だけであっさり不服申し立てが退けられたことによる。

言い渡し当時、原告代理人らが「結論ありき」と強く批判したのは、警察官による桃井さんへの排除行為を違法認定しつつも、大杉さんへの排除行為は適法だったとする、いわば「半分勝訴」判決だ。

これに道警が「上告受理申し立て」を、また大杉さんが同じく申し立てと「上告提起」をおこなったことで争いが最上級審へ持ち込まれ、結果、最高裁が双方の上告受理申し立てに不受理決定を、大杉さんの上告に棄却決定を出すこととなった。

手続きが2通りあるのは不服の理由によって対応が区別されているためだが、今回の決定で最高裁は不受理・棄却の具体的な理由を明かしていない。ごく短い決定文で前年の札幌高裁判決が確定し、かくて「モヤモヤ」は残った。

●大杉さんは高裁で「逆転敗け」を喫していた

実質敗訴した大杉さんは、1審判決では全面勝訴しており、高裁で逆転敗けを喫したかたちだ。2審判決から1年あまり溯る2022年3月、札幌地裁(廣瀬孝裁判長=当時)は警察官らの排除行為の多くを違法・違憲と評価する判決を出し、当時の一連の警察対応が「表現の自由」侵害にあたると指摘し、被告の北海道警察に原告2人への損害賠償を命じた。

言い渡しの場では「ヤジは選挙妨害」なる事実誤認の言説がSNSなどで拡がりつつあった状況に警鐘を鳴らすかのように、廣瀬孝裁判長が強い口調で「そのような主張は被告(道警)ですらしていない」と付言している。

原告が得た「完全勝利」の判決は、しかし、すでに述べた通り1年あまりの寿命に終わった。地裁の判断を不服とした道警が控訴したことで、争いの場は高裁へ。その審理では、荒唐無稽とも言える道警の「再現動画」や排除正当化の根拠として提出された「暴行動画」などが原告側の失笑を招き、およそ逆転の兆しがみられないまま結審に至っている(https://www.bengo4.com/c_1009/n_15455/)。

ところが、その高裁が出した結論は「半分勝訴」の一部逆転判決。今回の最高裁決定を受けた先述の会見では、原告代理人らがこれを振り返り、改めて「非常識な事実認定」と批判することになる。

「高裁は、与党関係者が大杉さんの腕を軽く押した場面の映像を根拠に、大杉さんの生命・身体に危険が及んだと判断しています。これはどう考えても非常識な判断。裁判所がどういう意図をもっていたのかはわかりませんが、この非常識な判断が今回の結果を招いたということに尽きると思います」(小野寺信勝弁護士)

●「そんな馬鹿な、と笑っていたら、その滅茶苦茶な主張を裁判所が認めてしまった」

道警側が控訴審で提出した証拠の1つに、ヤジを飛ばす大杉さんが与党関係者から腕を押される場面を記録した動画がある。当時の道警は、この腕を押す行為が大きなトラブルに発展するのを回避するため、警察官職務執行法4条に基づいて大杉さんを「避難」させたと主張していたのだ。

やはり最高裁決定後の会見で同じ話題に言及した桃井さんは、呆れ声で次のように指摘する。

「暴行される側が『言論の自由』を奪われる滅茶苦茶なことになっている。これ、『気に入らない奴がいたら暴行しろ、そうすれば警察がそいつを排除してくれるぞ』っていうことになりますよ」

当時の驚きを振り返り、「そんな馬鹿な、と笑っていたら、その滅茶苦茶な主張を裁判所が認めてしまった」と桃井さん。先の小野寺弁護士も「裁判所が警察官の行為にお墨つきを与えた」と唇を噛む。小さからぬ「モヤモヤ」を孕む高裁判決を書いた大竹優子裁判長は、この言い渡しの直後、札幌家裁の所長に異動した。

●大杉さんの実感では「3分の2ぐらいは勝っている」

とはいえ、ヤジが原則として、言論・表現の自由で認められるという判断の大枠は、1審判決から揺らいでいない。この点を高く評価するのは、敗けたはずの大杉さんだ。

「争いを通じてずっと言ってきたのは『ヤジは表現の自由で認められていて、不当に排除できない。選挙妨害にもあたらない』という主張。裁判ではこれが全体として認められたので、ぼくの部分で敗けたとしてもそれを『別のこと』として切り離す必要はないかなと」

一部逆転敗訴には納得しかねるが、訴えを起こす意義はあった――。大杉さんの実感では「3分の2ぐらいは勝っている」という。ここに至るまで、排除事件が起きてから5年以上の時間を費やさなくてはならなかった。

1審原告の2人は、事件の直後からさまざまな方法で警察の責任を追及してきた。排除にあたった警察官らを特別公務員暴行陵虐などの罪に問う刑事告訴や、排除行為を刑事事件として扱うよう裁判所に求める付審判請求、先の告訴事件が奏功しなかった結果へ異議を唱える検察審査会への審査申し立て。

だが、これらはことごとく退けられ、唯一残された手段こそが国賠訴訟の提起だった。

●原告代理人「公安委員長が引責辞任すべき事態と言ってもいい」

刑事司法機関が一斉に袖にした訴えは、民事裁判でようやく実を結ぶことになる。繰り返すが、そこに至るまで5年強。大杉さん・桃井さんが実質全面勝訴した先の札幌地裁判決を道警が受け入れていれば、争いは2年半で決着したはずだった。

1審判決に抵抗し、控訴・上告に踏み切った道警は、地方自治体・北海道の一機関。その長である鈴木直道知事は、上訴の判断に事実上関与しなかったことを過去の議会答弁などで認めている。控訴も上告も、ひとり警察本部の判断でその方針が決まり、知事決裁は副知事が代行していたのだ。蚊帳の外だった鈴木知事は、今回の判決確定から1週間が過ぎた8月27日の定例記者会見で改めて判決について問われ、こう答えた。

「本件につきましては、警察官の職務執行を管理し、事実関係を把握している道警察において、第一審から一貫して方針を判断して対応したものです」

主語は飽くまで「道警察」。自身の不在を自ら強調するかのような回答は、こう続く。

「今後の対応につきましても、道警察において適切に進められていくものと考えております」

当の道警は、筆者の取材に「当方で上告受理申し立てをした事件については、当方の主張が認められなかったものと受け止めている」と回答、あわせて「最高裁の決定を真摯に受け止め、今後の警護に万全を期していく」とコメントした。

道警の判断をスルーしたのは、自治体トップの知事のみではない。本来警察を監督するはずの公安委員会もまた、道警の方針にまったく異を挟むことなく2度にわたる上訴の決定を受け入れた。先述の大杉さんらの会見に同席した齋藤耕弁護士はこれを厳しく批判する。

「警察を指導・監督すべき公安委員会は、道警の報告を受けただけで判決文も読まずに了解を出しました。結果として警察の違法が認められた事件で、何のコントロールもできなかった、何もしなかった。これは公安委員長が引責辞任すべき事態と言ってもいいと思います」

筆者はその公安委へも取材対応を打診、「今回の最高裁決定をどう受け止めるか」及び「一連の対応は適切だったか」の2つの問いを向けたが、2日を経て返ってきた"回答"は次の一文のみだった。

《個別の案件について取材対応及びコメントは致しかねます》

なお、公安委の取材対応窓口は道警の広報課となっている。警察の指導・監督を担う公安委と、それを受ける立場の警察とは、事実上は互いに独立していないようだ。

●原告「二度とこんなことが起こらないようにちゃんと検証すべき」

9月9日午後、桃井さんは北海道政記者クラブで多くのカメラに囲まれていた。

「まず知事は、こういう判決が出たことを重く受け止めるべきだと思います。表現の自由が奪われたことを司法が認めたわけですから。警察や公安委員会についても、5年にわたる裁判で『違憲』『違法』という判決になったのに、それを受けて処分とか再発防止策とか何もしないんだったら、本当に司法が軽視されていることになる。

『裁判に敗けました。慰謝料払いました。はい終わり』で済むわけないと思います。二度とこんなことが起こらないようにちゃんと検証すべきですし、排除に関わった警察官、その時の責任者の本部長も含めて、処分をすべきだと思います」

実質勝訴が確定した桃井さんはこの日、裁判の相手方だった北海道の各機関に要請書を提出し、謝罪や関係者の処分などを求めた。提出先は知事部局と警察本部、及び公安委員会の3機関。いずれの対応も知事や警察本部長などではなく職員が代行し、あまつさえ知事部局については当初、直接の手交を拒んで要請書の郵送提出を促してきたという。

申し入れの具体的な内容は、知事に対しては「謝罪」「再発防止策の実施」及び「違法行為の原因の検証と結果の公表」、警察本部に対しては先の3点に加え「関係者の処分」、公安委に対しては「警察への適切な指導」及び「一審判決後の対応の原因の検証と結果の公表」。ただ、知事と警察への要望は道側に回答の義務がなく、場合によっては何の反応も得られない可能性がある。

一方、残る公安委への申し入れは警察法79条で定める「苦情申出」の形をとっているため、同法に基づいて苦情処理の結果が文書通知される可能性があった。その公安委が先の齋藤弁護士あてに『連絡書』を送ってきたのは、申し入れから3日を経た9月12日のこと。以下、その全文を採録しておく。

《令和6年9月9日に受理した文書により、齋藤様から北海道公安委員会宛に申出のありました件については、北海道警察に調査を指示いたしました。回答には時間を要する場合がありますので、御承知おきください》

桃井さんらが公安に求めたのは、警察への適切な指導と、公安委自らのこれまでの対応の検証などだ。その要請に対して返ってきた答えが「警察に調査を指示」。齋藤弁護士は「あまりに他人事のような対応に驚きを感じる」と歎息する。

●知事、警察本部長、公安委員長から謝罪はなかった

さらに2週間ほどが過ぎた9月25日、8月の最高裁決定について地元議会で質問を受けた知事、警察本部長、及び公安委員長の3人が答弁に立ったが、原告への謝罪などについての質問には誰の口からも明答が発せられなかった。

質問に臨んだ議員2人のうち、謝罪や検証、再発防止策、公安委の監督責任などを追及した丸山はるみ道議(共産)の問いに対する3者の答弁を以下に採録しておく。

「このたびの道警察に係る訴訟についてでありますが、本件については国家賠償法上、訴訟の当事者が北海道となることから、必要な手続きを進めてきたところであり、警察官の職務執行を管理し事実関係を把握している道警察において一貫して方針を判断し、対応してきたものであります。私からも、道警察において適切な職務執行に努めていただくようお伝えしており、今後とも適切な対応に努めていただきたいと考えております」(鈴木直道知事)

「初めに、国家賠償請求訴訟の判決確定を受けての謝罪についてでありますが、道公安委員会と致しましては、道警察において確定した判決に従い、適切に対応するものと承知をしております。次に、判決確定を踏まえた道警察への対応についてでありますが、道警察からは、警察官の行為を一部違法とした第二審の札幌高裁の判決を受けておこななわれた上告等が最高裁により退けられ、同判決が確定した旨の報告を受けたところであります。

道公安委員会といたしましては、警察官の行為が一部違法とされたことについて真摯に受け止めているところであり、道警察に対し、各種法令に基づき適切に職務執行をするよう指導したところであります。

最後に、公安委員会のあり方と道警察への指導についてでありますが、道公安委員会では定例会議等において、道警察から諸般の活動について報告や説明を受け、不明な点について質問するとともに、随時必要な指導をおこなっているところであります。

道公安委員会といたしましては、引き続き道警察に対し、道民の安心と安全を守り期待と信頼に応えるべく職務にあたるよう指導して参ります。以上でございます」(吉本淳一・公安委員長)

「国家賠償請求訴訟判決確定を受けての謝罪についてでありますが、原告及び弁護団から警察本部長宛てに謝罪を求める要請を受けたことは、ご指摘の通りでございます。道警察と致しましては、確定した判決に従い適切に対応して参ります。次に、再発防止についてでありますが、道警察と致しましては、このたびの判決内容を踏まえ、現場活動にあたる警察官が根拠法令に基づき与えられた権限を適切に行使できるよう、必要な指導・教養に努めて参ります。以上でございます」(伊藤泰充・警察本部長)

謝罪をするかどうか、検証をするかしないか、再発防止策を定めるか否か、いずれもイエス・ノーで答えられる問いをことごとく無視した抽象的な答弁。噛み合わないやり取りに丸山議員は再質問、再々質問を重ねざるを得なくなったが、これらに対する答弁も先述の各発言の繰り返しとなり、とりわけ3度に及んだ知事答弁は3度ともほぼ同じ文言に終わった。危ぶまれる「慰謝料払いました、はい終わり」が、現実のものになりつつある。

5年強に及ぶ争いを終えた原告たちは、今も声を上げることをやめようとしない。不条理なことに、声を上げれば上げるほど「モヤモヤ」は増えていくようだが。

※元原告や支援者らで作る『ヤジポイの会』の公式サイトで、判決確定後のコメントなどを公開中。

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