賃貸暮らしの自営業女性、両親は他界、泊りがけで実家を片付ける日々。持ち家やお金はなくても、助け合うコミュニティーがあれば大丈夫

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昨年は、モトザワ自身が、老後の家を買えるのか、体当たりの体験ルポを書きました。その連載がこのほど、『老後の家がありません』(中央公論新社)として発売されました!(パチパチ) 57歳(もう58歳になっちゃいましたが)、フリーランス、夫なし、子なし、低収入、という悪条件でも、マンションが買えるのか? ローンはつきそうだ――という話でしたが、では、ほかの同世代の女性たちはどうしているのでしょう。「老後の住まい問題」について、1人ずつ聞き取って、ご紹介していきます。

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前回「いまだ日本に残るきょうだいの男女格差。母と姉の面倒を見るリアル・シンデレラ、実家を相続できても固定資産税が払えない?」はこちら

お金よりコミュニティー

老後に必要なものは、「お金」「友だち」「健康」だと言われます。このうち、自分で頑張れば何とかなるのはお金と健康ですが、友だちばかりは相手があります。時間をかけて育んだ関係性でないと、お互いの「もしも」の時に助け合うことはできないでしょう。

シングル女性に老後の話を聞くと、老後の暮らしが「心配」「恐い」「困る」などと、みな異口同音に話します。ほとんどの女性が心配するのは家やお金です。そんな中、西日本在住の自営業者、早紀さん(仮名、55歳)は、お金についての心配をしていません。賃貸暮らしで資産もありませんが、海外で長年暮らした経験から、「いまの日本人はお金のことばかり心配しすぎ! それよりコミュニティーのほうが大事」と力説します。

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マンションのドアを開けると、隠れ家カフェのようなセンスの良い空間が現れました。中央には、ぶあつい木製の大きなテーブル。壁の棚には、アロマやフラワーエッセンスの小瓶や、アジアンテイストのおしゃれな雑貨。奥の台には、パワーストーンやタロットなどスピリチュアル系のグッズが置かれています。

西日本のとある県庁所在地の市中心部のマンション。ここが、アロマセラピストの早紀さんが経営するサロンです。

「施術ベッドを出して、ここでアロマトリートメントをすることもあるんですよ」

このゆったりした空間で、顧客は、他人の目や時間を気にすることなく、リラックスして、早紀さんに話を聞いてもらい、アロマで癒やされます。早紀さんは海外のカレッジで、アロマテラピーを修めました。帰国後にカウンセラーの資格も取得。カウンセリングで顧客の心身の状態や病歴などを聞き取り、トラブルの原因と対処法を見定めます。それぞれの状態に適したアロマの精油を選び、使い方を教えます。フラワーエッセンスでカウンセリングと処方をすることもあるそうです。

アロマテラピーとの出会い

計10年以上も海外で暮らした早紀さんが、アロマテラピーを体系的に学んで帰国したのが40代半ば。このサロンを開き、精油のオリジナルブランドを立ち上げ、商品の販売を始めました。アロマはいかに純粋で良質な原料を入手するかが肝要だそう。海外在住の間に良質な精油を探し回って見つけ、輸入ルートを開拓してありました。オリジナルブランドの精油はいま、セレクトショップなどでも販売しています。

「もともと、アロマテラピーに代替医療の力があることは、経験から学んでいたんです」。早紀さんがアロマテラピーと出会ったのは20代の頃でした。たまたま職を得たアロマテラピーのサロンが、医療機関と提携していました。

病院内で医師の監督の下、患者の症状を改善する側面支援としてアロマが使われました。そこで、精神的な困難を抱えた患者が、施術によって明らかに改善されるケースを、早紀さん自身が身をもって体験。きちんと学びたいと思い、働いてお金を貯め、40代で、アロマテラピーを専門に教える海外のカレッジに留学したのです。

サロンの部屋は賃貸です。在庫商品の倉庫と自宅も兼ねており、1LDK53平米、家賃7.5万円。築40年以上で水回りが古いため、リーズナブルです。開業時に、マンションを買うことは考えなかったのでしょうか。「探してはみたんですけど、良い物件がなくて」

賃貸契約をした当時の早紀さんは、海外帰りのフリーの、アラフィフ、独身のアロマセラピスト。部屋を貸してもらえてラッキーだったと言えるでしょう。いずれ会社組織にするつもりだった早紀さんは、登記が可能な物件を選びました。マンション内は、不特定多数の人が出入りする飲食店の営業はNGですが、サロン開業はOKでした。住んで9年ですが、幸い、家賃は据え置きのまま。コロナの時には2ヵ月、家賃を減額してくれたほど。大家には恵まれました。

近隣のオフィス勤めの女性たちが通いやすい立地にあります。それでも、経営的には左うちわとはいかないとか。アロマの講習会のほか、精油のオリジナル商品の売り上げで「なんとか成り立っている」そうです。

働けるうちは働きます

じゃあ、貯蓄や投資は?「投資? 何もしてません」。海外暮らしが長かったので、国民年金すら満足に払っていません。納付免除の期間もありますが、公的年金はほとんど出ないだろうと覚悟しています。生命保険も、医療保険は2本入っていますが、老後にお金を受け取れるような個人年金や終身保険は入っていません。

保険や年金があてにできないぶん、「働けるうちは働きます」。何歳まででも働けるのは自営業者の利点ですが、「そのためには元気でないといけないですよね」。早紀さんは、自分の体調管理には気をつけています。風邪っぽかったり熱っぽかったりしたらペパーミントを使うなど、植物の持つ薬理作用についての知識を、自分の体のメンテに応用しています。

実は以前、婦人科の手術を受けたことがあります。もともと月経が重く、子宮内膜症を抱えていました。海外滞在中に、現地で一度、手術。子宮は温存しました。ところがカレッジに進んだ後に症状が悪化。鉄剤を飲みながら、気力だけでカレッジを卒業しました。

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留学を終えたら、本当は海外で起業するつもりでした。でも、あまりに体の具合が悪くて、いったん帰国。病院で診てもらうと、子宮の全摘出が必要と診断され、再び手術を受けることに。術後すぐはさすがに体調が悪かったのですが、半年もするとすっかり元気になりました。卵巣は残ったので、ホルモンバランスが崩れることもなく、以前にも増して元気になったそう。実際、早紀さんは年齢不詳。太陽のように明るくエネルギッシュで、見た目は40代で通りそうです。

泊まりがけで実家を片付け

そんな早紀さんの喫緊の課題は、実家の売却です。早紀さんが海外にいた頃は元気だった両親は、数年前、早紀さんが帰国した後に、立て続けに80代で亡くなりました。実家は本家ですが、住む人もなく、いま空き家になっています。同じ県内でもかなり田舎のほうで、立地はあまりよくありません。不動産業者に見積もりを取ったところ、驚くほど安い金額でした。それでも買い手がつくうちに、早く売ったほうがいい、と言われました。そのためにも、早紀さんは時々、実家を片付けに通っています。

とはいえ、早紀さんの住まいから実家までは、電車を乗り継いで片道3時間半もかかります。早紀さんは車が運転できないので、日帰りは無理です。数ヵ月に一度、仕事を調整して連休にして、泊まりがけで行きます。

先日も、実家に行って、掃除をしてきました。3泊4日。着いたらまず、ご近所に不在を詫びて、ご挨拶。檀家になっている菩提寺にも挨拶します。和尚には、母が存命の頃までは、毎月命日にお経を上げに来て貰っていました。その都度、読経代とお車代を包んでいました。お寺の経営も大変だと聞かされましたが、早紀さんのほうも本当にお金がありません。母の死後は和尚に説明して納得してもらい、月命日の法要はパスするように。お布施もいまや最低限で了承して貰っています。

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実家に残されたままの家財道具は、早紀さんが少しずつ捨てています。洋服はすでに処分しましたが、まだ大量に着物が残っています。戦前生まれだった母は、昔の人ゆえ、けっこう高額な着物もたくさん持っていました。「しつけ糸がついたままの着物まであるんです!」袖を通してすらいないとは、よほど大切にしていたのでしょう。でも、売ると二束三文にしかなりません。早紀さんは人にあげるか、自分が着るか、しようと思っています。

早紀さんの私物や、アロマテラピー関連の資料なども、倉庫代わりに実家に置いてあります。いずれ、友だちに車を出してもらって、荷物を引き取りに行くつもりです。他にも、昔のおもちゃなど、マニアに売れそうな物もあります。「メルカリなんかで、売れば売れるんでしょうけど。それも面倒で」。不動産が売却できたら、最後は業者にまるごと処分を任せるつもりです。

何も持たないほうがいい

こんな風に実家の処分を先頭に立って進めている早紀さんですが、本当はきょうだいがいます。ただ、県外在住で、体調が思わしくありません。最近ようやく、実家を処分する話が親族間でまとまったので、早紀さんが不動産屋に連絡し、売却話を進めている、というわけです。

実家の墓も、いずれ墓じまいをする必要があると、早紀さんは考えています。本家の墓ですが、末裔は早紀さんだけ。実家の処分が終わったら、しかるべきタイミングで自分が閉じなければと、早紀さんは覚悟しています。とはいえ、本家ゆえ、墓には代々の先祖ら10数人も眠っています。墓じまいは1基200万円ほどかかり、埋葬されている人の数によって金額が高くなる、と噂で聞きました。檀家のお寺には、恐くて、とても値段を聞けません。「まだ、先でいいか、って」

そんな風に、実家や墓の処分にもお金がかかる、という現実に直面するにつけ、早紀さんは、何も持たないほうがいい、との考えを深くしています。不動産を持ったら場所に縛られます。でも、遠方にいる親族に不測の事態が起きて、早紀さんが近くに引っ越さないといけなくなるかもしれません。彼らのことがあるので、「私は、いつでも動けるようにしていたいんです」。

『老後の家がありません』(著:元沢賀南子/中央公論新社)

「それに、例えば、私がマンションを買ったとしたら、私に何かがあった時には、その部屋は親族が相続することになります。家なんか買っても、親族の負担になるだけ。残すなら、現金で残さないと。だから、むしろ、モノは何も残さないようにしないと、って思います」

モノが残れば、相続人には、維持管理か処分をする義務が生じます。持ち続けるにせよ売るにせよ、手間と時間がかかります。相続財産が親族に負担をかけるような事態は避けたいのです。自分が何歳まで生きるか分かりませんが、自分の老後を憂えたとしても家を買う気にはなれない、と早紀さんは言います。

お金はなくてもなんとかなる

でも、老後に体が動かなくなって、働けなくなった時が心配じゃないですか? 早紀さんは「だから、海外の村にあるみたいな、昔ながらのコミュニティーが作れないかなあと思ってるんです」と言います。早紀さんの夢は、そういう「ばあや」コミュニティーを作ること、だそうです。

「共助っていうか、仲間と、みんなでお互いに助け合えばいいじゃないですか。長屋みたいなところでいいので、仲間と隣近所に住みたいな、と思って。それこそスープの冷めない距離に。そして、具合が悪かったら、ご飯を届けに行ったり、病院に付き添ったりして、お互いに助け合うんです。そういうコミュニティーがあったら、大金がなくたって、心配はないでしょう?」

早紀さんは大学生の時、旅行で訪ねた海外の町に魅せられました。アロマセラピストになった後、30代後半で再訪、8年間も暮らしました。現地社会にとけ込み、アロマテラピーの会社設立を計画したほど。そこで知ったのが、「お金はなくてもなんとかなる」という生き方です。周囲には独り暮らしの単身者も多くいました。お金持ちではありませんでしたが、困った時に頼れる友人知人がいました。それが財産でした。お金なんかより、助け合うコミュニティーがあるほうがよほど頼りになる、と実感しました。

「帰国して一番驚いたのが、日本では、あまりにみんな、まずは自分、って、自分のことしか考えてないこと。ひずみを感じました。日本人はみんな老後を心配しすぎ。自分のことは自分だけでどうにかしないと、って考えすぎているように見えます。助け合えるコミュニティーがない。もっと友だちや周囲に頼っていいんですよ、お互い様なんですから。いつからこうなっちゃったんでしょうねえ?」

たぶん、「自己責任」という言葉が喧伝された小泉政権のころからではないかと、モトザワには思われます。公助に頼らず、自分でどうにかしろ、すべきだ、どうにかするしかない、という“自助”の意識が強くなったのは、新自由主義が浸透した今世紀になってからのような気がします。

「自分だけでどうにかしようって考えるから、たくさんお金が必要、ってなる。でも、お互いに支え合うコミュニティーがあれば、お金でなく解決できる手段があるはず。だって昔はそうだったでしょう? だから、私、お金は貯まらないけど、老後のことは心配してません」

例えば、仲間の誰かが車を出してくれるなら、病院に通院するタクシー代が浮くでしょうし、家だって、誰かの空いている実家にみなで間借りする方法もある、と言います。共同生活が苦手なモトザワには向かなさそうですが、確かにそういう「共助」があれば安心かもしれません。自分一人で必死に蓄財し、その虎の子の資産を守ることに汲々としなくても良いかもしれません。

持つべきものは友人だ

すでに早紀さん、親しい女友だちの自宅の鍵を、何本も預かっているそうです。年上から同世代まで年代も幅広く。具合が悪くて伏せっていると聞けば、早紀さんが料理を作って差し入れます。病院の診察に付き添い、本人が医師に言いにくいことを、早紀さんがずばっと質問したことも。独り暮らしで具合が悪く心細い時、助けを求めようにも動けず、どうにもならない時、早紀さんが気軽に訪ねてくれて助かった、と感謝する女友だちもいます。

「病気の友だちも多いので、彼女たちが万一の時には、助けに行く約束です。任せなさい、って。それが私の使命だと思っているので。できることがあるなら、やりたい。全部はできなくても、できることを」。早紀さんは明るく微笑みます。

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ちょっと、自分のことを後回しにしすぎでは?「そうですね」と早紀さんは苦笑します。自覚はあるようです。老後とか、今後、自分のためにしたいこと、し残したこと、ってありませんか?

「本当は、もう一度くらい海外留学に行きたかったですね」もっとアロマテラピーを勉強したいと言います。あくまでも勉強熱心な早紀さんです。それと、かつて世話になった海外の国や人々に、恩返しもしたいそうです。「でも、いまは実家の処分もあるし、親族のことも心配なので、もう行かれないかなあ……」

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早紀さんの話には考えさせられます。お金がなくても友人知人、頼れるコミュニティーがあれば、シングル女性だって老後、困った時にもなんとかなるはずです。逆に、たとえお金があったとしても、コミュニティーがなければ解決できないこともあるでしょう。

精神的に孤立を感じている時に顔を見せてくれるとか、体の具合が悪い時に様子を見に来てくれるとか、そういう「ちょっとした不安」には、公的な介護サービスは対応できません。シングルだけでなく、たとえ同居家族がいたって、家族には頼みにくい時や人もあるかもしれません。持つべきものは友人だ(特に年下の女友だちだ)、とは、よく聞きます。

老後の家を考える時、単に物件の善し悪しやお金が払えるかどうかだけでなく、住むエリアに支え合える人間関係やコミュニティーがあるかどうかも大事だ――以前の取材で、不動産の専門家から、こう指摘されたことを思い出しました(詳細は、拙著『老後の家がありません~シングル女子は定年後どこに住む?』P44をご参照ください)。いやはや、早紀さんが「ひずんでる」と言ったように、ついつい「まず自分のこと」を考えてしまう己に反省しきり、なモトザワでした。

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