角野隼斗さんが『NHKあさイチ・プレミアムトーク』に登場。「ユーチューバー〈Cateen(かてぃん)〉として活躍も、ショパン・コンクールに挑戦した理由」

写真◎AC
ピアニストであり、ユーチューバー〈Cateen(かてぃん)〉としても活躍中の角野隼斗さんが、3月10日放送の『NHKあさイチ・プレミアムトーク』に出演。スタジオ生演奏の他、音楽ジャンルを超えて好奇心を探求する姿に迫ります。これに合わせ、反田さんや小林さんほか、受賞者についてルポした『婦人公論』2021年12月28日・1月4日合併特大号の記事を再配信します。角野さんが音楽分野でも成功しているのに、なぜコンクールに挑んだのか、その理由も明らかに。

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クラシック界最高峰のコンクールの一つ、ショパン・コンクール。2021年10月18日から20日(ワルシャワ現地時間)にかけて行われたファイナル(本選)では、反田恭平さんが2位、小林愛実さんが4位に入賞した。現地で全日程を取材した音楽ジャーナリストが、個性豊かなコンテスタント(コンクール参加者)たちのエピソードを明かす

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ファイナル最終日、インタビューに答える反田さん

演奏家たちの船出を後押し

ショパン国際ピアノコンクールは、全世界の若いピアニスト、とくに開催国ポーランドや同コンクールの人気が高い日本のピアニストたちにとって、憧れの舞台だ。スポーツ選手にとってのオリンピックと違うのは、その舞台に立つこと、さらに入賞や優勝は、あくまで音楽家人生において優位なスタートラインに立つことしか意味しない、という点である。

幼少期から練習と勉強を続け、音楽で生きていきたいという想いを胸に研鑽を積む彼らは、自分の音楽を世界のより多くの聴衆に知ってもらうきっかけを求め、コンクールに挑む。その意味で、重要なのは入賞することではなく、その後どう歩んでいくかということになる。スムーズな船出を後押ししてくれる機会の一つが、大きなコンクールでの成功なのだ。

2021年10月23日の入賞者ガラコンサートで「マズルカ風ロンド」を演奏した反田さん【(C) W. Grzędzinśki / The Fryderyk Chopin Institute】

また近年はコンクールの演奏がインターネットで配信されるようになったことで、結果にかかわらず、世界中に自分の音楽のファンを増やせるようになった。

《ショパン国際ピアノコンクールとは》

5年に1度、ショパンの祖国ポーランドの首都ワルシャワで約3週間にわたって行われる、ピアニストの登竜門といえるコンクール。課題曲はショパンの作品のみ。予備予選、3度の審査、ファイナル(本選)を経て優勝者が決定される(条件によって予備予選免除あり)。過去の主な優勝者に、マウリツィオ・ポリーニ、クリスティアン・ツィメルマン、スタニスラフ・ブーニンなどがいる

上位入賞者の横顔は

2021年10月、第18回ショパン国際ピアノコンクールは、新型コロナの影響による1年の延期を経て開催された。今回は、1970年の内田光子さん以来、51年ぶりの日本人最高位タイである第2位に反田(そりた)恭平さん、第4位に小林愛実(あいみ)さんと、日本人がダブル入賞。

そのほかにも、すでに人気ピアニストとして活躍する牛田智大(ともはる)さんをはじめ、優れた日本人参加者が多く、国内での注目度はこれまで以上に高いものに。今回は延期により準備期間が長かったこともあり、全体的にハイレベルで、個性を極めた演奏を多く聴くことができた。

パンデミックの中での開催、ワクチンパスポートの提示やマスク着用などの制約はありながら、国家事業ならではの祝祭的な雰囲気は例年とほとんど変わらなかった。

今回のコンクールで頂点に輝いたのは、中国系カナダ人のブルース・リウさん。輝かしく華やか、生の喜びにあふれた音楽で、聴衆から圧倒的な人気を集めていた。審査員の一人で、リウさんの師でもあるベトナム人ピアニスト、ダン・タイ・ソンさん(80年優勝)は、弟子の音楽性について、「太陽のよう。ダイナミックでエネルギーに満ち、冒険心がある」と語った。

ショパンの音楽は本来、望郷の念や物哀しさをたたえていることが理想とされ、優れたショパン弾きを求めるこのコンクールでも、そんな音楽が評価される傾向にあった。しかしリウさん本人は、少しそのイメージと違う、と話す。

「一般的にショパンの音楽は、ノスタルジックで苦悩に満ちていると思われているでしょう。でも、ショパンだって人間。彼は生涯ずっと悲しんでいたわけではなく、幸せな時間もあったはずです」

リウさんは両親ともに中国人だが、パリで生まれ、カナダで育った。父親が画家という芸術的な家庭環境にあるうえ、子どもの頃から多くのことに興味を持ち、ピアノは「15くらいある趣味の一つだった」と話す。

圧倒的な魅力に、審査員も高い評価をせずにはいられなかったのだろう。新しいスターとして、ショパン演奏の伝統にフレッシュな風を吹き込むかもしれない。

青年実業家と悩める神童

反田恭平さんと同じく第2位となった、イタリア生まれのアレクサンダー・ガジェヴさんもまた、自由な幼少期を過ごしたという。「サッカーや読書、天文学も好きで、高校時代までピアノの練習は1日2~3時間が限度だった」と話す。

とはいえ彼が育ったのは、ロシア人の父、スロベニア人の母がともにピアノ教師という音楽一家。結果を受けて、子供の頃の師であり、コンクールに付き添っていた父親は、ガジェヴさんによると「これまで見たことがないくらい嬉しそうだった」そう。

反田恭平さんは、父は会社員、母は専業主婦という、音楽とは関係のない家庭環境に生まれた。しかし音楽の才能に気づいた母の計らいで、桐朋学園大学音楽学部附属子供のための音楽教室仙川教室でピアノを習い始める。やがて音楽の道を志すが、音楽高校や音楽大学への進学に反対する父親から、「コンクールで1位を取らなければ認めない」と言われ、都度その難題をクリアしてきた。

そして(共学の高校である)桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学を経て、モスクワ音楽院に留学。4年前からはワルシャワのショパン国立音楽大学で、審査員の一人でもあるポーランド人ピアニストのピオトル・パレチニさんのもと、研鑽を積んだ。

反田さんは、コンクール以前から音楽業界の注目を集めていた。それは、20代半ばの若さにして自ら録音レーベルを立ち上げたり、仲間たちとオーケストラを結成し株式会社を設立したりと、演奏活動以外でも音楽業界の活性化に努めてきたことによる。

W受賞の2人は幼なじみで…

そんな彼が、なぜわざわざコンクールを受けようと思ったのか。その理由についてこう話していた。

「一つは、目指すところがまだ上だったこと。子供の頃、日本人が2人入賞した2005年のコンクールのドキュメンタリーを見て、オーケストラと演奏する姿に憧れ、自分もあの舞台に立ちたいと思いました。もう一つの動機は、自分のオーケストラの存在です。仲間がコンクールを通して成長する姿を目の当たりにして、自分もそうありたいと思いました。そして、このオケを海外からもオファーのくる団体にするためには、前に立つ人間が一番注目されていなくては、と思ったところもあります」

次のコンクールに挑戦しようと決めた6年前から準備を始め、過去のデータを分析してレパートリーを決めるなど、戦略を練った。またコンクールが始まってからは、審査員席の近くに座って音響を確認、研究したという。彼が本来持つふくよかな音、思い切りよく歌う表現力に、努力の成果が相まって、見事入賞を勝ち取った。

日本人としてもう一人の入賞者となった小林愛実さんは、反田さんの1歳年下、前述の「子供のための音楽教室」でともに学んだ幼なじみ。コンクール中も互いに演奏を聴き、支えあっていた。

小林さんは14歳の若さでメジャーデビューしたが、17歳の時、表舞台での活動を休止してアメリカのカーティス音楽院に留学。そこからの3年間は、ピアノを弾く意味を探して悩みながら学ぶ日々だったという。

2021年10月12日の2次予選で演奏する小林さん【(c) D.Golik / TheFryderyk Chopin Institute】

「今年の日本人はおもしろい!」

前回、15年のコンクールにも挑んでファイナルに進出したが、惜しくも入賞は逃した。その経験を糧に、さらに自分や音楽と向きあい続けた末の再挑戦。彼女もまた、すでに注目されている演奏家だけに、プレッシャーは半端ではなかったはずだ。そんななか、高い集中力で思い描く音楽を大切に再現してゆくステージには、胸を打つものがあった。

神童として華やかな舞台を経験してきた彼女は、「たぶん私はチヤホヤされることがあまり得意でなく、期待されすぎることにも耐えられなかった。でも、その時があるから今の自分がある」と、子ども時代を振り返る。

これから音楽家としてどうありたいかを尋ねると、「今は魅せるような演奏には全然興味がない。ただ音楽を感じてもらえるピアニストになりたい。真摯に続けていけば、いつかそういう音楽家になれるのかな」と話していた。

入賞した2人以外にも、今回は日本人参加者が高い評価を受けていた。2010年、15年のコンクールでは、3次予選前にほとんどの日本人が姿を消したが、今回は2次に8名、3次に5名が進出。それもただうまいだけでなく、個性が際立つ人が多かった。現地で取材をするなか、「今年の日本人はおもしろい!」と何度言われただろう。

強い意志を感じるダイナミックな音楽を聴かせて2次予選に進出。現役医大生という特殊なバックグラウンドで現地メディアからも注目を集めていたのは、愛知県半田市出身の沢田蒼梧(そうご)さん。現在、名古屋大学医学部5年生。夏から大学の実習が再開、コンクールに備えて企画された演奏会も重なり、寝る暇がないほどの忙しさを切り抜け、ワルシャワ入りしたという。

ピアニストと医者の志の共通性については、「ピアニストは、ピアノを弾くことで心を癒やすことができる。医者は、体を治療することで心も明るくすることができる」と話し、これが自分の生きる道だと迷いのない口調で語っていた。滞在中は関係者の誘いで、現地ワルシャワの医科大学付属病院小児科病棟を訪ね、学生や教授たちと交流する機会もあったという。今回の日本人参加者の多様性が示された出来事の一つだった。

3次に進出した参加者の一人、進藤実優(みゆ)さんも、その日本人離れした音楽性で審査員から高く評価されていた。偶然にも、彼女もまた沢田さんと同じく愛知県の知多半島にある大府市の出身。中学卒業後ロシアに留学、モスクワ音楽院付属中央音楽学校で学んだ19歳だ。

角野さんは特別な存在として迎えられたユーチューバー

そして、コンクール開始前からその動向に注目が集まっていたのが、角野隼斗(すみのはやと)さん。ピアノ教師の母親のもと、幼少期にピアノを始めた。進学校の私立開成中学・高校から東京大学に進学し、音声情報処理を研究。18年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ受賞をきっかけに、本格的な音楽活動をスタートした。

ユーチューバー「Cateen/かてぃん」として、クラシックに限らず作曲や即興演奏で人気を集め、チャンネル登録者数は86万を超える。もともとファンが多いことから、コンクール演奏動画の再生回数もずば抜けて多く、主催者側も特別な存在として迎え入れていたところがある。

しかしそれは、審査員にとっては本来関係のないこと。それでも角野さんは、高い美意識を感じさせる演奏を聴かせ、3次進出を果たした。

すでに音楽分野でも成功しているのに、なぜコンクールに挑んだのか。それについては、20年にユーチューバーとして有名になった頃から、「偽善でなく、自分がどうしたら音楽界に貢献できるかを考えるようになったから」だと話す。

実際、これまでクラシックを聴くことのなかった人が、今回の角野さんの挑戦によってショパンの音楽を知り、また、長い時間をかけて音楽を深めてゆくクラシック演奏家のすばらしさを意識するようになったはずだ。なかには今回初めてポーランドの文化を知ることになった人もいたかもしれない。

前回に続き、2度目の審査員を務めた海老彰子さん(80年第5位)は、こう話す。
「6年前と比べて、日本の方々のレベルが明確に上がりました。参加者ご本人たちの努力もそうですが、ご家族、日本の先生方、そして外国から来て教えてくださる先生方や、それぞれの留学先の先生方の教育が、だんだんと実ってきたからだろうと感じています」

芸術家の成熟には、家庭環境、教育者の姿勢、そして社会のあり方をはじめ、さまざまな環境がかかわってくる。日本人ピアニストには個性が足りないと言われ続けてきたが、ここにきて、何かが変わり始めているのかもしれない。

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