原爆投下77年を迎えた広島を堀潤がレポート…当時を知る人とそれを伝える新たな声

TOKYO MX(地上波9ch)朝の報道・情報生番組「堀潤モーニングFLAG」(毎週月~金曜7:00~)。8月17日(水)放送の「フラトピ!」のコーナーでは、前週に引き続き、キャスターの堀潤が現地取材した、原爆投下から77年を迎えた“広島の今”第二弾をお送りしました。

◆カラー化した当時の白黒写真が平和への礎に…

広島県出身の庭田杏珠さんは、白黒写真をAIでカラー化し、戦争当時の記憶や思いなどを呼び起こす「記憶の解凍」プロジェクトを行っています。それを始めるきっかけとなった写真に写っているのは、当時1歳の濵井徳三さん(現在88歳)。

濵井さんは現在の平和記念公園に位置する“中島地区”で幼少期を過ごしていましたが、戦争が激化し、たったひとりで市外の親戚の家に疎開。そして1945年8月6日、疎開していた濵井さんは被爆を免れたものの、中島地区に残っていた家族は原爆に命を奪われました。

原爆投下から2日後、濵井さんは中島地区を訪れたそう。当時を振り返り「自転車の後ろに乗せていってもらって、市内はまだ燃えているところがあった。ある日突然、『さよなら』も言わずに、両親から友達からみんな離れさせられて、ひとりになってね。怖かったですよ」と語ります。

そして、当時を知る者として原爆が利用されるような世の中になってはならないと語ります。「親や兄弟が帰ってこなかったわけだから。こうして話をさせてもらっても、悲しいことのほうが多い。泣きとうなる。だから、とにかくもうやめてくれと、『核は使うな』と言い続ける、それしかない」と訴えます。

庭田さんが濵井さんと出会ったのは5年前のこと。平和記念公園にいた濵井さんに、当時高校生だった庭田さんが声をかけました。そして、濵井さんはこれからの世代に当時の記憶や思いを受け継いでいってほしいと考え、「記憶の解凍」プロジェクトに協力。

カラー化された昔の写真を見て、濵井さんは素直に「嬉しかった」と言い、「頭の中で忘れていたことをカラー化することで一挙に思い出させてくれた。あの時代の楽しかったことをね」と喜びを口にします。

また、AIでカラー化した写真を発信することは“平和を求めるひとつの方法”とも。

濵井さんは「この写真で(被爆前の)平和の時代を思い起こしてもらって、戦争したらいけないということを世界中にPRしてほしい。これも平和を求めるひとつの手段。このアルバムが平和のためにカラー化して、平和のために利用してもらえることになれば嬉しい」と望みます。

◆Z世代の活動家が語る、核と同列に考えるべき問題

庭田さんとは別のアプローチで、記憶を受け継ぐ活動を行っているZ世代がいます。それは、広島県出身の奥野華子さん(20歳)。彼女は修学旅行生などに対して平和学習のツアーガイドをしています。

幼い頃から身近な存在だったという平和記念公園を奥野さんに案内してもらうと、原爆死没者慰霊碑の前ではツアーでいつも話していることがあると言います。それは碑文に記された「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という言葉について。

「『過ちは繰返しませぬから』の意味は、人類として核兵器を使用してしまったことが過ちであり、過ちを繰り返さないために私たちにできることは何かあるかなということを学生と一緒に考え、いろいろアイデアをみんなで共有している」と奥野さん。ツアーでは、そこに何があるだけでなく、どんな記憶や思いがあったのか、学生たちと一緒に考えながら紹介しているそうです。

また、奥野さんは平和学習のツアーガイドに加え、核兵器と社会問題を横断した活動も行っています。以前は“核兵器がない世界”が“平和な世界”だと思っていたものの、気候変動問題を知り「核兵器だけじゃなく、私たちの生活に影響を及ぼすものが他にもあるんだ」と気付いたのだそう。現在は、広島市内でプラカードを持ってマーチをしたり、全国の仲間と連携して温室効果ガスの削減目標引き上げの署名活動をしたり、日本政府に対して政策提言をするなど、さまざまな活動をしています。

そして、気候変動などの社会問題を解決する必要があると考え、世界的若者ムーブメント「Fridays For Future」の広島支部を設立。3年間に及ぶ活動のなかでは、被爆者の方も参加しており「私にとってはそれが大きなポイント」と強調します。

なぜなら、被爆者の方から当時のことを話してもらったり、同時に気候変動について奥野さんが被爆者の方に語ったりと、相互のやり取りが生まれたから。「被爆者の方の原動力は下の世代に自分たちと同じ経験をしてほしくないとか、子どもたちに幸せな世界を過ごしてほしいという思いがあり、平和に対してアクションしてこられたという思いを受け継いでいかないといけないと思っています」と奥野さん。当時を知る方と若者が一緒になって活動を行うことで、次の世代へ思いを受け継いでいきたいと話していました。

◆「記憶の解凍」に続く、戦争を伝える新たな活動

今回の取材を通じ、堀は「新しい世代のみなさんの行動やメッセージを通じ、気がつかなかったこと・知らなかったこと・変化していることが大きな発見であり、経験にもなった」と率直な感想を述べます。

さらに「この広島は、学ぶ・知るという場所だけではなく、交流・感じ取ることができる場所なんだというのがとても大きい」とも。そして、「広島で得た体験を自分自身の暮らしの中にも取り入れていきたい。“知って・考えて・交流する”、これがすごく大事であり、その交流は諦めてはいけないと思った」と語り、戦争・被爆体験者が年々少なくなるなかで、こうして受け継がれていくこと、世代を超えて協業していくことに感激します。

キャスターの田中陽南は「奥野さんも庭田さんも本当に心強い」と称え、さらには「広島というと、教科書の中の歴史上の広島というイメージがあったが、同世代やもっと若い世代がこうして活躍していると思うと他人事ではないなと。新しい角度で広島を見られるなと思います」ととても刺激を受けた様子。

また、過去に奥野さんと一緒に暮らし、気候変動について一緒に活動していたというインスタメディア「NO YOUTH NO JAPAN」代表の能條桃子さんは「もしも1回でも核がまた使われたら気温が下がり、急激な変化をもたらしてしまう」と案じつつ、気候変動も核問題も双方大事であり「今取り組まないといけないたくさんの問題を、一緒に考えていかないといけないなと思った」と再確認します。

「記憶や思いは形に残らないといった発言がすごく印象に残った」という慶應ビジネススクール2年(MBA)の池田颯さんは、写真をカラー化する庭田さんの活動が戦争・被爆について考えるきっかけのひとつになっていると言い、「そういった根元の部分を思い起こす活動は本当に素晴らしいと思う」と絶賛します。

そんな庭田さんが戦争や原爆に興味を持ったのは、小学校5年生のときだったそう。とあるパンフレットで広島・中島地区にも被爆前の日常があるということを知り、「今まで戦争は過去の遠い出来事、悲惨な場面を見て学ぶものと思っていたのが、今と変わらない日常がたった一発の原爆で失われてしまったんだと想像できたことが、平和の意識に対する苦手意識が戦争体験者の思いというのを伝えていこうと変わった」と語ります。

加えて、当時を知る方、そこに住んでいた方に出会ったことも大きく、原爆死没者慰霊碑の場所にかつてあったという浄寶寺(じょうほうじ)の諏訪了我さんもそのひとり。諏訪さんからも写真を提供してもらい、カラー化しましたが、その方が亡くなった際、お葬式で奥様から、諏訪さんがお寺の来訪者にその写真を見せ、すごく喜んでいたという話を伺い、庭田さんは感激。「(諏訪さんが)喜んでもらえていたんだなと、それを感じられてとても嬉しかった」と涙ながらに語ります。

庭田さんは現在、活動の幅を広げ、濵井さんのストーリーをもとに歌を作り、ミュージックビデオを制作。世界へと発信していますが、「みなさんに自分ごととして考えてもらうためには、私自身も自分ごとにし、伝えていきたいという思いが強い」と心境を吐露。そして、「当然戦争がない状態が平和だと思うが、気候変動やあらゆる課題があるなかで、それをひとつずつみんなが解決していく先に平和があると思うので、そうしたメッセージも歌詞に込めています」と歌に込めた思いを話していました。

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<番組概要>
番組名:堀潤モーニングFLAG
放送日時:毎週月~金曜 7:00~8:00 「エムキャス」でも同時配信
キャスター:堀潤(ジャーナリスト)、田中陽南(TOKYO MX)
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/morning_flag/
番組Twitter:@morning_flag

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