地球温暖化のウソ? ホント?(4)温暖化対策の目標は、なぜ「1.5℃未満」なの?

2016年に発効した、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)のパリ協定では、長期の目標として「世界的な平均気温の上昇を、産業革命以前に比べて2℃よりも十分に低く保つとともに、1.5℃より低く抑える努力をする」ことなどが掲げられました。

産業革命前に比べて、なぜ1.5℃未満の上昇に抑えないといけないのか。1.5℃以上、世界の平均気温が上昇したら、どうなるのか。

これらのことについて、気候変動問題の専門家である江守正多さん(東京大学 未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所 上級主席研究員)に聞きました。

Q1/産業革命前より1.5℃以上、上昇すると、大変なことになるって、本当?

◆A/本当です。干ばつなどが増えて、発展途上国をはじめ、多くの人々の生命が脅かされます。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、産業革命前に比べて、世界の平均気温は2020年までの10年平均で約1.1℃上昇しています。

ただし、近年の地球温暖化のペースを考慮すると、現状はすでに1.3℃に近いと考えられます。

その主な原因は人間の活動によって排出されている二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスです。

私たちはここ数年、熱波、大雨、干ばつ、山火事などの災厄(さいやく)をたくさん経験しています。「夏がものすごく暑くなった」とか「暑い日がずいぶん多くなった」などと実感している人も多いでしょう。1.1~1.3℃、気温が上昇していても、このような状況になっているのです。

これが仮に1.5℃以上になり、2℃上昇したら、どうなるでしょうか。特に大きな被害を受けるのは発展途上国の人々です。

乾燥地域や北極域、小さな島国などに住む貧しい人々や先住民族などは、干ばつの増加、生態系の変化、海面の上昇、台風の激化などによって、生活基盤を失い、生命の危機に直面することが増えると考えられます。

このような変化はすでに起き始めており、「1.5℃より手前であれば安全で、1.5℃を超えたとたんに急に大変なことになる」というわけではありません。

しかし、世界の平均気温の上昇を1.5℃で止められれば、2℃上昇した場合に比べて、こうした影響に直面する人口を2050年時点で数億人減らすことができると試算されています。1.5℃は、国際社会が設定した、一つの重要な目安になっているのです。

Q2/1.5℃未満に抑える目標は達成できるの?

◆A/理論的には可能ですが、現実的にはそう簡単ではありません。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に発表した報告書には、1.5℃未満を実現するために、複数のシナリオが描かれています。

シナリオが描けるということは、1.5℃未満を実現することが「理論的には」可能であるということです。「絵に描いた餅」という言葉がありますが、いわば「餅の絵」は描けるといえます。

このシナリオによれば、2030年ごろまでの私たちのあり方がたいへん重要です。2030年までに、世界の二酸化炭素の排出量を2010年に比べて45%前後減らす必要があるからです。

このシナリオで最も大切なのは、エネルギーシステムを転換することです。まず省エネルギー技術などを使ってエネルギーの需要を抑えて、同時に電化率を上げていかなくてはなりません。

さらに2050年には、電力における再生可能エネルギーの割合を70~85%に増やして、石炭火力をほぼゼロまで減らす、といったシナリオが描かれています。

エネルギーシステムを変えるには、もちろんお金が必要です。このシナリオでは、必要な投資額を年間2.4兆ドル程度と試算しています。

これは世界のGDP(国内総生産)の総額の約2.5%を占めます。こう聞くと、「なんと膨大な金額なんだ」と思うかもしれませんが、実は1.5℃を目指すことなく、現状ペースで投資した場合に比べて、2割ほど増えるだけです。再生可能エネルギーへの投資が増加する一方で、化石燃料への投資が減少するため、この程度で済むのです。

ほかにも、大気から二酸化炭素を吸収する技術を使う必要があることなどが、このシナリオには書かれています。排出された二酸化炭素を吸収する技術は今も研究が続いています。

改めて言うと、産業革命前に比べて、世界の平均気温を1.5℃未満に抑えることは、理論的には可能です。

しかし、Q1で見たように、現状はすでに1.3℃に近いと考えられる上に、残念ながら、世界は今、このシナリオのとおりに動いてはいません。

Q3/気温の上昇を1.5℃未満に抑えれば、問題ないの?

◆A/「1.5℃」はギリギリのライン。個人も企業も変わらなくてはなりません。

繰り返しますが、「1.5℃までの上昇なら大丈夫」という話ではありません。

1℃の温暖化でも、すでに異常気象が激甚化して、世界の特に弱い立場の人々が悲鳴を上げています。1.5℃ならさらにひどくなり、2℃以上になれば、もっとひどくなります。難民の増加などにより、世界全体の秩序が不安定になっていくでしょう。

それに、世界の平均気温がある水準を超えると、グリーンランド氷床の崩壊、西南極(にしなんきょく)氷床の崩壊、熱帯サンゴ礁の死滅、永久凍土の広範で急激な融解といった、大規模で後戻りできない変化が始まる可能性があります。

気温が何度上昇するとこれらが起こるのかは、はっきりとわかっていませんが、最近の研究では、1.5℃を超えると起きてしまう可能性が高いと言われています。もっと早く起きてしまう可能性もゼロではありません。

だから、パリ協定の目標値は「1.5℃未満ならセーフ」と言っているわけではないのです。「なんとしても1.5℃未満で止めなければならない」というのがこの目標の意味なのです。

気温上昇を1.5℃未満に抑えるためには、温室効果ガスの排出を減らさなければなりません。節電したり、マイバッグを携帯したり、プラスティック製品の使用を控えたりするなど、個人の意識と行動を変えることが大切です。

しかし、もっと大切なのは、エネルギーシステムなど社会の仕組みが大きく変わる必要があることを一人ひとりが理解し、そのためのルールを作ることでしょう。

企業ももっと変わる必要があります。たとえば、鉄鋼メーカーが総合素材企業に、化石燃料企業が総合エネルギー企業に変わるような脱炭素化の構造転換を急速に進めることが不可欠です。そのためには、脱炭素化することで「儲かる」仕組みを作ることも大切です。

そして、大量生産、大量消費、大量廃棄の現状を、世界的に変えていく必要があるといえるでしょう。

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江守さんの解説から、温暖化についての危機感が少しずつ湧いてきたでしょうか。

ウェザーニュースでは、気象情報会社の立場から地球温暖化対策に取り組むとともに、さまざまな情報をわかりやすく解説し、みなさんと一緒に地球の未来を考えていきたいと考えています。まずは気候変動について知るところから、一緒に取り組んでいきましょう。



監修/江守正多
東京大学 未来ビジョン研究センター 教授。国立環境研究所 地球システム領域 上級主席研究員

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