「親からもらった体はいじり倒したけど…」トランスジェンダーパパ(38)が語る、どうしても“変えられなかったもの”

「僕は性別を変えて、兄の精子で子作りしたんです」とママ友には説明…トランスジェンダーパパ(38)の日常とは? から続く

 女性としての性を割り当てられて生まれたが、現在は男性として生きる、石川まさきさん(38)。女性のパートナーと結婚し、その後、実兄から精子提供を受けて子どもをもうけ、今や2児の父に。さまざまなセクシュアリティの人たちが集うバーのオーナーとしても活躍しています。

【画像】現在は2児の父…仲睦まじい、まさきさんファミリーを見る(全5枚)

「女」として生まれた違和感から後に「男」であることを自覚し、外見を変化させていったまさきさんの歩みを聞きました。(全3回の2回目/最初から読む

 

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「お兄系ギャル男」だった過去も

――刑事の方が言っていたんですが、ふらりと入った定食屋に自分と同じ刑事がいると、お互いに雰囲気で気づくらしいんです。で、「うむ」みたいな感じでアイコンタクトし合って終わるみたいな話を聞いたことがあるんですが、まさきさんも、「この人は自分と同じだな」って街で気がついたりしますか。

石川まさきさん(以降、まさき) わりとわかりますね。アイコンタクトみたいなこともします。「僕も同じだよ」みたいな(笑)。いくらホル注打って男性化しても、線の細さとか女性だったときの清潔感ってなかなか抜けないんですよ。

――ホルモン注射は「ホル注」って言うんですね。その「女性らしい清潔感」って、「男らしく」ありたいときには邪魔なものですか。

まさき いや、僕は全然いいと思いますね。たしかに男臭い、ワイルドな雰囲気に憧れはありますけど、今の時代って昔ほどマッチョさが求められなくなっていますよね。

――オラついた感じより、中性的な雰囲気の方が多いような気がします。

まさき 僕が思春期のときはB系が主流で、ダボダボの洋服に腰パン、みたいなのが多かったんです。でも、FTMはもとが女性なんで小柄な人が多いからブカブカ具合がすごいし、そんな姿で肩で風切って歩くのはダサいなと思っていました。だから僕はそっちには行かず、お兄系ギャル男になりました。

――今はナチュラルなまさきさんにもそんな歴史があったんですね。

まさき 黒歴史ですね(笑)。『men’s egg』で「性同一性障害(※)のお兄マン」みたいな感じで載ったこともあります。

※2019年、WHOは性同一性障害を精神疾患から除外することを決定。現在は「性同一性障害」ではなく、「性別不合」「性別違和」と表される。

『金八先生』を見て「あれは自分だ」と確信

――まさきさんがカミングアウトしたきっかけは?

まさき 高校2年生のとき、地元の友だちにしたのが最初です。『3年B組金八先生』で上戸彩さんが演じた性別違和をもつ生徒を見て、「あれは自分だ」と確信しました。

 ただ自分は「病気」という意識だったので、その少し前、荒療治的に男性の先輩と体の関係まで持って。

――それはかなりキツい体験だったのでは……。

まさき 「病気を治すには男性と付き合うしかない」という切迫した思いからでした。でも、めちゃくちゃ辛かったですね。自分の上で動く彼を見ながら、「自分もあっち側がいい」とずっと思っていました。

――女性の体への違和感はいつからありましたか?

まさき 小学校2年生のときにはじめて好きになった子が女の子でした。ただそのときは女として女を好きなのか、男として女を好きなのか、自分の性自認については全然わかっていませんでした。あとはFTMあるあるですけど、赤いランドセルはやっぱり嫌でしたね。

下校途中、倉庫に引きずれ込まれて…

――「赤いランドセル=女の子」という記号みたいなものですもんね。

まさき 小学校からの下校途中、知らない男の人に倉庫に引きずれ込まれて、いたずらされそうになったことがあって。自分が黒いランドセルを背負っていたらこんな目に遭わなかったのでは? と思えて、ますます赤いランドセルが嫌になりました。

――「女」であることが嫌になる、厳しい体験です。

まさき 親戚中が男の中、僕は待望の女の子として生まれました。でも、いとこと遊ぶときもボーイッシュな方が混ざりやすかったから、格好もジーンズにシャツ。周りから「もうちょっと女の子らしくしたらいいのに」「かわいい服を着た方が似合うよ」と言われていてしんどかったですけど、本格的に嫌だな、と感じ始めたのは中学生からですね。

――身体の変化に加えて、恋愛とかお化粧とかファッションとか、一気に開花する時期ですね。

まさき まず、制服がめちゃくちゃかわいいセーラー服だったんです。かなりキツかったですが、当時流行っていたミニスカ、ルーズソックスでギャルっぽい感じに仕上げてやり過ごしていました。恋愛面でも「女なのに女の子が気になってしまう自分は一体何? 病気なのかな?」と思い詰めた結果、さっきのような行動に出てしまって。

 その後、彼女ができたんですけど、バレて学校ではハブられました。

高校卒業の前日、母親にカミングアウト

――それは同性愛者に対する差別ということでしょうか。

まさき 周りからはレズビアンだと思われていたので、そうでしょうね。彼女とイチャイチャしているところを見られたのをきっかけに、女の子のグループから「気持ち悪い」とハブられました。ただ、このときには「自分はレズじゃない。僕は男だ」という思いがありました。

――周りに理解者はいましたか?

まさき 1人いました。その子がいなかったらやばかったかもしれないですね。共学校でしたが、うちのクラスは女子クラスで、その後、順番にクラスの子がハブられる陰湿ないじめがありました。ただ、それと同時に徐々にみんなにもカミングアウトしていって理解してもらえた感じです。

 で、総仕上げじゃないですけど、隠しているのもしんどかったので、高校卒業の前日に母親にカミングアウトしました。ただ母はひどく取り乱してしまって。

兄から届いたメッセージ

――お母さんはまさきさんを「女の子」だと信じていたんですね。

まさき メールでカミングアウトしたんですけど、読んだ途端に泣き叫んだらしいです。そのときたまたま母のそばにいて事情を知った兄が、「死なないで帰ってこい」と僕にメールをくれました。

 当時にしては珍しいと思いますが、兄はセクシュアルマイノリティに対する知識や理解があったようで、当事者の自殺率の高さを知っての声がけだったようでした。

――お兄さんの存在は大きいですね。

まさき それから兄とは一気に距離が近くなりました。実際、精子ももらっていますしね(笑)。母とはなかなか距離が縮まらないままでしたが、言葉を尽くして「今僕は幸せだから」って話し続けています。

――その後、26歳のときに性別適合手術を受け、戸籍の性別を女性から男性へと変更しました。

まさき 子宮と卵巣はタイでサクッと取っちゃいました。感慨とかはなく、「やっとこれで生理とおさらばだ!」と、晴れやかな気分でしたね。

 22歳からホル注をはじめて、次の年には胸を取ってと、体の見た目はガンガン変えていたんですが、僕の場合は名前を変えることに強い抵抗があって。

「親からもらった体は散々いじり倒したくせに(笑)」

――それは親の手前、みたいなことでしょうか。

まさき 親からもらった体は散々いじり倒したくせに(笑)、名前を変えることはできなかったんですね。なので、元々の名前に一文字付け加えて、本当の名前も残すかたちにして落ち着きました。

――戸籍の性別も名前も見た目も変えて社会的に完璧な「男」となった後で、逆に困ることってありましたか。

まさき 前も話したように、いくら男になっても「元女」だったことは一生ついてまわります。生殖機能がないので、パートナーができても結局は「先が見えない」と言われてフラレてしまう。トランスジェンダーの世界で「先が見えない」は、別れの定番文句ですね。

――そんな中で、まさきさんは結婚もしてお子さんも作りました。

まさき 少し前まで別れの理由が「トランスだから」になりがちでしたけど、子どもを持てる可能性がゼロではなくなった今は、むしろ「人としてどうか」という当たり前のことが別れの理由になってきています。

 男として結婚して子どもを持つなんて、中高生のときには絶対に叶わない夢物語だと思っていました。でも、その十数年後にはパートナーと一緒に兄貴に向き合って「精子をください」ってお願いしていましたから。人生、わからないものですよね。

写真=山元茂樹/文藝春秋

実の兄に「精子をください」と頼んだら…トランスジェンダーの僕が、女性のパートナーと結婚、2児の父親になるまで へ続く

(小泉 なつみ)

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