「眞子さまの嫁ぎ先が職なしというのは有り得ない」小室さんは安全な一軒家を求めて奔走、“理想的な新居”の条件は?

「文藝春秋」11月号よりジャーナリスト・友納尚子氏による「眞子さまの最後のご挨拶」を公開します。(全2回の1回目/後編に続く)

【写真】整えたはずの前髪が乱れ…眞子さま直近のご様子

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眞子さまは2カ月振りに外出しての皇室行事へ

 9月23日の秋分の日、歴代の天皇、皇后、皇親の霊を祀る儀式「秋季皇霊祭」「秋季神殿祭」が皇居内の皇霊殿及び神殿で行われた。

 天皇陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下をはじめ、今年10月に婚約者の小室圭さんとご結婚なさる秋篠宮家の長女、眞子内親王殿下のお姿もあった。皇室から離れる眞子さまにとっては、皇族として外出を伴う最後の行事となる宮中祭祀へのご出席だった。

 眞子さまは、薄いブルーのドレスにベージュの帽子と真珠のネックレスをあしらわれていた。外出しての皇室行事は2カ月振りで、幾分ほっそりされた様子だった。

 さる関係者によれば、儀式を終えられて真っすぐに前を向いて出て来られた姿は、希望に向かって旅立たれるかのように見えたという。ご婚約内定会見からご結婚までの4年間という長い道のり。眞子さまを見守り続けてきた紀子妃の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 お慎みから新御所におられた雅子皇后は、眞子さま、紀子さまのご様子について報告を受けられ、感極まるご表情をなさったそうだ。

 言葉はなくとも通じ合っていた母娘の絆に、同じ娘を持つ母としての思いが重なったのかもしれない。

アメリカへの引越し準備を始められていた

 ご結婚に関する新たな報道合戦が続いていた9月、眞子さまは、アメリカへの引越し準備を始められていた。荷物には、ご家族で過ごされた思い出のアルバムやご両親からプレゼントされた品などを大切にしまわれたという。

 眞子さまは、ご結婚に対するご両親との意見の対立から母・紀子妃殿下よりも、最近は小室さんの母親の立場に寄り添っているのではないかと思われがちだが、やはり母娘の絆は強い。

10月12日、武蔵陵墓地を参拝された眞子さま ©JMPA

 紀子妃が9月11日のお誕生日の記者の質問への回答文書で、

「長女の結婚については、親として娘の思いや考えを受け止められるよう、対話を重ねております。こうした中、共感できることもあれば、意見が違うこともありますが、お互いに必要だと思うことを伝え合い、長女の気持ちをできるだけ尊重したいと思っております」

 と述べられたように、これまで対立することはありながらも、ようやくご結婚にたどり着いたことで母娘の絆はむしろ深まったと周囲は見ていた。

眞子さまは「おそらく会見そのものがトラウマに」

 秋篠宮家を知る人物はこう述べた。

「母の娘への想いは、眞子さま御自身がいちばん身に染みて分かっていらっしゃると思います。だからこそ諦めきれない小室さんへのお気持ちとの間で悩まれて来たのですから。小室姓に変わっても、ご両親へのお気持ちが変わることはないと思います」

 父親である秋篠宮殿下は今も本心では賛成という訳ではないようだが、眞子さまは、最終的には温かく送り出してくれるご両親に感謝のお気持ちでいっぱいだという。

 眞子さまは、ご結婚後の会見に乗り気でないと言われ、入籍後、文書発表だけで日本を離れたいと希望を示していた時期もあった。だが、9月になって会見にのぞまれるご決心を固められたご様子だといわれた。

「皇室を離れて新しい生活に向かっていくわけですから、会見は勇気を持ってのぞまれるはずです」

 会見開催に消極的な眞子さまに対して、会見をおすすめしたという宮内庁参与の一人はこう語る。

「国民からご自分たちの結婚そのものを祝福されていないのではないかと考えておられたようです。4年前の婚約会見では、幸せの絶頂におられたのに、その後のお二人は、多くの批判にさらされて苦しみ悩まれてきました。おそらく会見そのものがトラウマになっていて、勇気が出なかったのではないでしょうか」

 会見は、眞子さまに配慮して、宮内記者会の質問は事前にチェックされたものだけが許され、当日の追加質問はなし、という当たり障りのないものになりそうだ。

簡単に辞退できるものではなかった「結婚一時金」

 皇籍離脱に伴い支給される1億3700万円(前例に倣った場合)の結婚一時金については、「辞退される意向」とする報道が続いたが、9月半ばの時点では宙に浮いた状態にあった。

 眞子さまは、先ほどの「国民に祝福されない結婚」という意識から辞退する意向を前々から示されていたという。だが、実際には、簡単に辞退できるものではなかった。

「結婚一時金の支出は、皇室経済法に則ったもので、受け取らないとなれば、内閣総理大臣や衆参正副議長をはじめ、財務大臣、宮内庁長官、会計検査院長の8議員で皇室経済会議を開く必要があります。これまでの会議は、支給額を決めるもので、支給の可否を議論したことはないため、皇室経済法の解釈を変えなくてはならない可能性もありました」(宮内記者)

 だが9月末に、皇室経済会議は行わないという前代未聞の決定となり、支払われないことに落ち着きそうだ。

「眞子さまの嫁ぎ先が職なしというのは有り得ません」

 3年余り凍結されていた「ご結婚」の話が再び前に動き出したのは、いまから約7カ月前の令和3年はじめ、一連の正月行事が済んだ頃といわれる。

 その1年ほど前の令和2年初め頃から、眞子さまは秘かに宮内庁関係者に面会し、ご結婚に対する変わらぬ意志を伝え、結婚について前に進めるよう自ら強く働きかけていた。

 当時は、秋篠宮ご夫妻がそろって強く反対の意向を示されていたので、宮内庁は具体的に動き出さなかったが、昨年11月の秋篠宮殿下の誕生日会見で「結婚することを認めるということです」というお言葉が発せられたのを機に動きだし、今年初めころには、令和3年内のご結婚の方針がほぼ内定していた。

 決定ではなく「内定」だったのは、宮内庁が小室さんの「生活力」に懸念を示していたからだ。

 宮内庁関係者はこう話す。

「母親の金銭問題よりも、ご本人の就職問題のほうが大事。内親王殿下(眞子さま)の嫁ぎ先が職なしというのは有り得ません」

 というのが宮内庁幹部が共有していた考えだった。

小室さんの就活は苦戦続き

 小室さんは今年5月には米国のフォーダム大学法科大学院を修了することが見込まれていた。その2カ月後の7月にニューヨーク州の司法試験を受験。大学院の成績が最優秀の次の「優秀ランク」であることから合格はほぼ間違いないといわれたが、合格したからといって即収入につながるわけではない。

 年内の結婚を進めるのに重要なのは、法律事務所から就職内定を得ることだと宮内庁は考えていた。司法試験に関しては、「今年不合格だったとしても翌年にチャレンジすれば済むことだ」と語る宮内庁関係者もいたほどだ。

 こうした宮内庁の考え方は小室さんにも伝わっていたようだ。フォーダム大の友人に「何としても卒業までに内定をもらわなくてはいけない」と語っている。

 就職活動を始めたのは、昨年の秋。同級生のうち早い学生は第2学年だった前年からスタートして内定をもらっていたので、小室さんは遅いほうだった。いくつかの事務所のインターンを受けたものの、なかなか色よい返事はもらえずに何度も厳しい現実を突きつけられたという。

セキュリティのいい一軒家を求め、ボストン郊外にまで

 そうした苦しい状況の中、ようやく一筋の光が差したのは今年春のこと。ローウェンスタイン・サンドラーという法律事務所から内定が出た。ただし、当初の採用はアソシエイト弁護士ではなく、法務助手(ロー・クラーク)としてだという。

 ローウェンスタイン・サンドラーは、ニューヨークやシリコンバレーのパロアルトなど全米5カ所に拠点を持つ、従業員数350人程度の法律事務所で、1000人以上の規模の巨大法律事務所が多いアメリカでは大手とは言い難いが、08年から急成長し、専門誌によれば、本年度の評価は全米137位という。小室さんはテクノロジー分野を担当するといわれている。

「大学院ではM&Aや資金調達などに関心を持っていましたが、弁護士になるまでは多くの企業のリサーチや書類作成に携わるようです」

 とフォーダム大の友人は語る。

 法律事務所から無事に内定を得た小室さんがまず行ったことは、眞子さまへの報告と新居探しだった。探したエリアは、職場に近いマンハッタンが中心だったが、高額の家賃を払っても狭い部屋しか借りられないため、セキュリティのいい一軒家を求め、一時はボストン郊外にまで対象を広げたともいう。紹介された幾つかの物件の外観や間取りを3D映像で確認したり、実際に自分で物件を見に行ったりもしたそうだ。

「お二人は、公園など緑の木々が見える場所を理想とされていたようです」(現地の不動産業者)

「周囲の期待に応えようと頑張りすぎているのではないか」

 天皇皇后両陛下は、小室さんの近況について報告を受けた際、周囲の期待に応えようと頑張りすぎているのではないか、と気にしておられたという。

「小室さんは小さい頃から、母親の期待に応えようと音楽や英語を懸命に学び、立ち居振る舞いの仕方なども注意して来られた。眞子さまと出会われてからも世間の批判を浴びる中、海外生活を送りながら法律を学び、司法試験合格に向けて進んできた。皇后さまも海外で生活をしながら学ぶ大変さをご存知なだけに、相当なストレスもあるのではないかと気遣われておられました。陛下もまた身体だけは壊さないようにとお話しになっているそうです」(宮内庁関係者)

 小室さんの性格は、母親よりも横浜市役所の技術系職員だった父親に似ているといわれている。目標を達成するため一心に努力するのは、自ら命を絶った亡き父や母親と同居する母方の祖父を喜ばせたいという思いもあるのかもしれない。

後編に続く)

「戻りやすくするため」天皇陛下は眞子さまの将来へご配慮、愛子さまの心に残った“眞子さまの強いお言葉” へ続く

(友納 尚子/文藝春秋 2021年11月号)

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