18歳の池江璃花子選手も… 白血病になぜ「抗がん剤」が効くのか

 日本競泳女子のエース・池江璃花子選手(18)の「白血病を公表」に日本中が衝撃を受けました。昨年8月のアジア大会で6冠を達成してMVPに輝き、来年の東京オリンピックでもメダルを期待されていた注目の選手だけに、驚いた人が多かったのではないでしょうか。わたしもテレビの速報を見て、思わず「えっ!」と絶句しました。

【写真】茶目っ気たっぷり、笑顔の池江選手

「日本が本当に期待している選手ですからねえ。本当にがっかりしております」と、ちょっとがっかりな発言をした五輪担当大臣もいました。池江選手にはまわりのことは気にせず、いまは自分のことを一番大切にして、治療に取り組んでほしいと思います。

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「しっかり治療をすれば完治する病気」

 池江選手自身も公表した文書に書いていますが、白血病は「しっかり治療をすれば完治する病気」です。なぜかというと、白血病や悪性リンパ腫などいわゆる「血液がん」には「抗がん剤(化学療法)」がよく効くからです。

 みなさんは抗がん剤の効果について、どのようなイメージを持っていますか。もしかすると「抗がん剤はあまり効かない」と思っている人も多いのではないでしょうか。確かに、抗がん剤の効果をあまり期待できないがんもあります。ですが、がんの種類によっては、抗がん剤がよく効くものもあるのです。

 国立がん研究センターが運営するサイト「がん情報サービス」の「薬物療法(化学療法)」のページに解説があります。それによると「抗がん剤で完治する可能性のある疾患」として、次の7つがあげられています。

1)小児の急性リンパ性白血病
2)成人の急性骨髄性白血病と急性リンパ性白血病
3)悪性リンパ腫
4)精巣(睾丸)腫瘍
5)卵巣がん
6)絨毛性疾患(女性のがん)
7)小細胞肺がん(肺がん)

 この中でも、1)小児の急性リンパ性白血病は、「5年生存率(治癒率)が70%以上という治療成績で、治癒可能ながんの筆頭にあげられます」と書かれています。また、2)の成人の急性骨髄性白血病と急性リンパ性白血病についても、「化学療法による治癒が期待されている代表的な疾患です」と書かれています。

 白血病には「急性」「慢性」、「リンパ性」「骨髄性」など様々な種類があり、それによって治療方法や治療成績が異なります。池江さんの白血病がどの種類なのか公表されていませんし、どんな治療も絶対ということはありません。しかし、これを見てもわかる通り、白血病は抗がん剤の効果が十分期待できる病気なのです。

なぜ「固形がん」に比べて「血液がん」に抗がん剤が効くのか

 一般的に胃がん、大腸がん、肝がん、乳がんといった「固形がん」に比べて、「血液がん」は抗がん剤が効きやすいとされています。固形がんはたくさんの細胞がかたまりを作っているため薬を全体に行き届かせるのが難しいうえ、治療中に薬に耐性のあるがん細胞が増えることなどが効きにくい理由と考えられています。一方、血液がんは、細胞がバラバラに存在しているので、一つ一つに抗がん剤が届きやすく、一気にがん細胞の量を減らすことができます。

「抗がん剤」は人を殺す毒ガス兵器から生まれた

 そもそも、抗がん剤の歴史は血液がんの治療から始まったと言って過言ではありません。さかのぼること76年前、第二次世界大戦中の1943年末、イタリアの港に停泊していたアメリカの輸送船がドイツ軍の爆撃を受けました。その際、積んでいた毒ガス兵器「ナイトロジェンマスタード」が漏出し、連合軍兵士たちがそれらを大量に浴びるという悲劇的な事件が起こりました。

 兵士たちは目や皮膚をやられて、血圧低下やショックを起こし、617人中83人が死亡。実はそのとき、兵士たちの白血球が激減するという現象が見られました。そのことから、ナイトロジェンマスタードの研究が進み、改良を重ねて白血病や悪性リンパ腫の治療薬として使われるようになったのです(諏訪邦夫「がん化学療法と抗がん剤の歴史 戦争中に起こった悲劇から抗がん剤は生まれた」がんサポート2011年7月)。

 人殺しの毒ガス兵器から、人を救う抗がん剤が生まれたというのは、歴史の皮肉なのかもしれません。ですが、ここから抗がん剤の歴史がスタートしました。

 初期に開発された抗がん剤の多くが、細胞分裂を邪魔することでがん細胞を殺す「細胞毒」であるため、細胞分裂の盛んな毛髪や粘膜、血球など正常な細胞も傷めつけてしまいます。そのため、脱毛、嘔吐、下痢、白血球減少(感染しやすくなる)などの副作用が起こるのです。現在は、嘔吐や下痢、白血球減少などを予防する支持療法が発達したおかげで、かつてに比べると副作用のつらさは軽くなったと言われています。とはいえ、抗がん剤の治療が楽なものでないのは間違いありません。

年間約1万4千人が白血病と診断される

 こうした細胞毒の抗がん剤に続いて、がん細胞に特徴的に発現しているたんぱく質を目印にして攻撃する「分子標的薬」や、がん細胞が免疫細胞の攻撃を免れる仕組みを外す「免疫チェックポイント阻害薬」なども開発されました。ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授の研究で有名になった「オプジーボ」が、代表的な免疫チェックポイント阻害薬です。

 とくに血液がんでは、分子標的薬「イマチニブ(一般名・グリベック)」のおかげで、「慢性骨髄性白血病」の治療成績が大幅に向上し、9割の人が長生きできるようになりました。グリベックが使えない他の白血病でも、複数の抗がん剤を組み合わせて使う多剤併用療法や、いろんな造血幹細胞移植法(骨髄移植もその一つ)が開発され、かつてに比べ治療成績は向上しています。

 とはいえ、まだまだ100%とは言えないのが実情です。池江選手だけでなく、年間約1万4千人が白血病と診断されています。抗がん剤をはじめとする治療法の開発・改善が、さらに進むことを期待したいと思います。そして、完治を果たした池江選手の元気な姿で、多くの患者さんや国民が励まされる日が早く来ることを心から祈っています。

(鳥集 徹)

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