“保守王国”前橋に“外様”女性市長が誕生「当選請負人」泉房穂氏が語る「ポイントは与野党対決ではない」地方選最新事情

保守王国に風穴を開けた小川晶前橋市長(写真・時事通信)

 

 前市長の任期満了にともないおこなわれた群馬県前橋市長選は、2月4日に投開票がおこなわれ、無所属新人で元県議の小川晶氏(41)が6万486票を獲得して初当選。同市初の女性市長となった。4期めを狙った無所属で前職の山本龍氏(64)に1万4099票の大差をつけたため、“保守王国”として名高い群馬に「風穴を開けた」と評判になっている。

 

 関係者に取材を進めると、小川氏は組織票ではなく、政治的には反対の立場である市民の支持をも得て、今回の選挙に勝利したといえる。ここ数年、徐々にだが、全国的にそんな例が増えている。

 

 

 小川氏は千葉県匝瑳(そうさ)市の米農家出身で、高校は茨城県鹿島市の清真学園、大学は中央大法学部を卒業しており、もともと群馬とは縁もゆかりもない。大学を1年、留年して司法試験に合格した小川氏は、2006年に卒業後、司法修習生として前橋地方裁判所に赴任。前橋との結びつきはそこで生まれた。

 

 そして、小川氏は翌2007年からは群馬弁護士会に登録し、前橋市内の法律事務所に勤務するように。2011年には群馬県議となり、3期連続当選を果たした。かつては多選批判をしていた山本前市長が4選を目指すと知り、「無風ではいけない」との思いから市長選に立った。

 

 前橋市区選出の県議同士で、所属会派も同じ群馬フォーラムの本郷高明氏(52)は、小川氏が政治の道を志した理由について、元衆議院議員で現在は県議である「宮崎岳志氏の影響が大きかった」と語る。

 

「たしかに、彼女は他県出身の“外様”でしたが、当時、衆院議員だった宮崎さんに評価されていました。宮崎さんも、地方議会に自分の政治的DNAを遺したかったのか、ずいぶん熱心にバックアップしたんです。小川さんに以前、尋ねましたが、『それまで政治家になるなんて考えてもみなかった』と言っていました」

 

 当時の民主党本部が主催した新人候補者募集で合格し、群馬1区の公認候補となった宮崎氏は、2020年の新・立憲民主党誕生までは旧民主勢力だった。しかし、群馬1区に固執し、2021年の衆院総選挙には日本維新の会公認で出馬。中曽根康隆氏に敗れ得票数2位に終わり、比例復活もかなわず落選している。こうした経緯をたどるうち、宮崎氏・小川氏両者間の政治的立場に大きな隔たりが生まれ、訣別した模様だ。

 

 当初は「市民派」の意識が強かっただろう宮崎氏の導きもあって、小川氏はまず県議として、前橋市民の信任を得ていった。だが、本郷氏によれば、「投票直前まで、勝利をまったく予想できない厳しい市長選」だったという。本郷氏は今回の選挙戦の勝因を3つ挙げる。

 

「ひとつは、裏金問題に代表される国政不信。これが追い風になったのは間違いない。もうひとつは、小川さんの人柄。自民支持者すらファンになってしまうほど、人の懐ろに飛び込むのがうまい。連合群馬の(佐藤英夫)会長も『人たらしの才がある』と褒めていましたね。さらには、市の有力者の間でさえ、山本前市長への嫌悪感が募っていたことがあります」

 

 前橋では、2022年に起きた元副市長による公共工事入札での談合事件など、市役所内で不祥事が続いており、ただでさえ市民の不満が募っていた。そして、ワンマンな山本市政への反発は経済界でも生じていたようだ。本郷氏によれば、保守派の市民の中で「山本おろしの気運は高まっていた」という。

 

「山本さんは、前橋市出身で眼鏡チェーン『JINS』創業者の田中仁氏ら、自分のご贔屓の経済人とは昵懇である一方、中心市街地の空洞化や産業振興といった重大課題では、具体的な政策を打ち出せずにいました。県庁所在地でありながら、県政とのかかわりも薄れていたと思います」(本郷氏)

 

 逆説的だが、こうした土壌でこそ市民派は育つ。いかに保守的風土であっても、変化を迎え入れなければ、地方は衰退する一方だ。にもかかわらず、選挙終盤での山本陣営のネガティブ・キャンペーンは「耳を覆わんほどだった」と本郷氏は振り返る。

 

「小川さんは未婚なので、子どもはいません。だからと、『少子化を語る資格があるのか』などと選挙カーでがなり立てるんです。筋違いもいいところ。そこで辟易した自民支持者も相当いたんじゃないでしょうか」

 

 その結果が、投票締切直後の当選確実の報だった。こうした“市民派旋風”を予測し、自ら全国各地の地方選の応援に駆けつけては、候補者の注目度を上げてきたのが、前・兵庫県明石市長の泉房穂氏(60)だ。泉氏は前橋市長候補2人とは、そろって面識があったという。

 

「2人とも昔からの知り合いで、2023年の秋に藤岡市で講演会をおこなった際、控室にあいさつにも来てくれたんですよ。山本氏は、全国市長会での評価は低くない。出口調査でも人気の高さは見て取れた。というのに、ボロ負けしている。これまでの政治を変えてほしいという世論の反映でしょう」

 

 だが、ポイントは「与野党対決ではない」と泉氏。小川氏があくまで無所属で出馬したため「保守票と中間票を取り込めた」のだと見る。

 

「野党の冠をつけなければ、保守・中間層の批判票が雪崩を打って集まるのがいまの地方選の実情。埼玉県所沢市の市長選でも、明石市の後継市長選でもそうでした。有権者は、従来にない新しい政治を求めている証だと思えます」

 

 泉氏は2023年10月、所沢市長選に無所属で立候補した小野塚勝俊氏の出馬会見に同席。一緒に街頭演説を重ね、「子どもに冷たい市長を、子どもに優しい市長に」と訴え、初当選に導いた。自民・公明両党から推薦を受けた現職とは1万5000票以上の差をつけての勝利だった。泉氏は小川氏や小野塚氏を例に取り、候補者には「一定程度の資質が問われる」とも語る。

 

 小野塚氏も前出の宮崎氏同様、民主党の国会議員公募に合格し、2009年から1期のみ埼玉8区の衆院議員を務めていた。2012年の総選挙で落選後も、民主や希望の党の公認を得て出馬を続けたが、現・自民党幹事長代理の柴山昌彦氏に敗れ続けた。2021年の総選挙では立憲民主党の公認が得られず、無所属で出馬しながら、柴山氏に6548票差まで迫った。下野している間にも、早大大学院や東大エグゼクティブ・マネジメント・プログラムで学ぶなど、自己研鑽に怠りはない。

 

「小川さんは弁護士だし、小野塚さんは日銀の出身。それぞれに政治家としてのベースがある。そうした候補者なら、無所属であっても圧勝できる。この流れは止まらないでしょう。そして、この方法論は国政でも応用が効くので、289の選挙区で一斉に雪崩現象が起き、政権交代も実現可能だと、いつも私は唱えているんです」(泉氏)

 

 泉氏は2023年7月には、兵庫県三田市長選で、自民・立憲民主・公明・国民民主の各党が相乗りで推薦した現職を相手に、無所属の新人・田村克也氏を支援して勝利。「当選請負人」の異名を持つ。泉氏に相談を持ちかけた市長候補だけで、30数名もいたという。自身が深くかかわった3選挙以外でも、9月の岩手県知事選と東京都立川市長選、10月の参院徳島・高知選挙区補選において、与党系候補と対決した無所属候補の応援に入り、それぞれ当選を果たしている。

 

 泉氏は地方選当選の秘訣として、2つの要素を挙げる。ひとつは期待を持てる「新しい」候補者であること、もうひとつは、街が変化を望んでいることだという。

 

「地域が閉塞感に満ちていて、いまの政治に飽き足らない状況であれば、期待できる候補者が立てば、当然、結果はついてくる。そして、候補者のポイントは古い人ではなくて新しい人。有権者から見て、新しい政治を期待できる人かどうかが重要です」

 

 地方選で自らの方法論を立証した泉氏は、一連の営みが「国政選挙のシミュレーションのつもり」と語る。“市民派旋風”による政権交代の日も、そう遠くないかもしれない。

 

文・鈴木隆祐

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