1977年長崎バスジャック事件の車両を発見

ボロボロながらも見つかったバス

 1977年10月15日、長崎県内で発生したバスジャック事件の当該車両が、このほど同県の山中で発見された。バスの外観は当時の広告が張られたままで、車内は物置のような状態になっていた。

 発見した長崎市内の30代男性は、こう語る。

「数か月前から知り合いの間でバスジャック事件の車両が放置されていることが話題になっていました。自分は30代ですが、みんなは50~60代なので、当時のことをよく知っているんです。そんな車両なら一度、見てみたいと思って出かけてみたところ、意外にも簡単に見つかりました。犯人はこのバスに立てこもっているときに、警官に撃たれて亡くなったんですよね。そんな車両がこうした形で残されていることに、びっくりしました」

 長崎バスジャック事件とは、長崎県平戸発、長崎駅前行きの路線バスが走行中に「阿蘇連合赤軍」を名乗る覆面姿の2人組の男に乗っ取られたものだ。犯人は改造銃や手製爆弾を持っていた。赤軍派を名乗っていたが、政治思想はなく、身代金を狙った短絡的な犯行だった。

 この事件は発生後18時間を経過した16日午前4時25分に警察官の一人が「撃つなら俺を撃て! 撃つなら撃ってみろ!!」と言いながらバスに近づいたところ、主犯格の男が手製爆発物を投げた。この爆発物が爆発した瞬間に突入隊がバス内部に突入。3人の警察官が7発を発砲したことにより、主犯の男が被弾して20分後に死亡。もう1人は重傷を負った。人質16人は全員無事に救出されている。

 事情通は「この車両は鉄くずになる直前に現在の所有者が入手したそう。お盆前後に九州の別の場所に移動される予定になっているようです。どのような目的で移動されることになったのかは全く分かりません」と語る。

 事件から40年以上の時が流れ、このような形で当該車両が残されていたことは驚きだ。

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