「信頼していた人をなぜ」 埼玉医師射殺、医療関係者が語る無念

亡くなった医師の鈴木純一さん=関係者提供

亡くなった医師の鈴木純一さん=関係者提供

 「被告にとって一番の理解者だったのに」――。埼玉県ふじみ野市で、医師の鈴木純一さん(当時44歳)が訪問診療先の患者宅で射殺された事件で、鈴木医師と被告の双方をよく知る医療関係者が取材に応じた。鈴木医師は地域の在宅医療の現場で、昼夜を問わず患者のために奔走していた。それは被告やその家族に対しても同様だった。「被告本人も医師を信頼していたんです。なぜそんな人を殺したのか分からない」。事件は27日で発生から1年がたつ。

 鈴木医師は東京慈恵会医科大を卒業後、総合病院勤務などを経て2013年に富士見在宅クリニック(同県富士見市)を開業した。

 「在宅医療はより患者のことが理解できる」。訪問診療先で綿密に対話を重ね、日常生活を支えていく「トータルケア」に鈴木医師はやりがいを感じている様子だった。

 宣伝費用は極力出さず、介護事業所などを直接訪問して患者の紹介をお願いした。そして、生活状況や経済面を細かく聞き取り、親身になって病状に向き合った。「患者に絶対に嫌な思いはさせない人でした」と振り返る。

 「どんな患者であっても受け入れる」ことを方針として掲げ、患者は開業から1年でおよそ100人に増えた。新型コロナウイルスの対応にも奔走し、必要があれば深夜でも診療に駆け付けた。東京都内に帰宅する時間を惜しみ、クリニックに寝泊まりすることも多かった。事件直前には3市町で約300人を診ていた。

 鈴木医師が渡辺宏被告(67)=殺人罪などで起訴=と出会ったのは事件の約3年前のことだ。

 「この薬は飲ませるな」「注射をすぐ打ってくれ」。母親の治療方針を巡り、渡辺被告は日常的にクリニックに細かな要望を寄せた。一方、被告は「先生だけが頼りです」「見捨てないでください」と話すなど、鈴木医師を信頼している様子も垣間見えた。

 鈴木医師は被告の自宅に何度も足を運び、長いときには数時間にわたって丁寧に治療方針などを説明した。被告が献身的に母親の世話をする姿も目にし、「あれだけ母親思いなのはすごいよね」とも口にしていたという。

 しかし、被告の母親が亡くなった翌日の22年1月27日、惨劇は起きた。蘇生措置を鈴木医師らに断られたことが動機とされる。

 事件の一報を知らされ、「本当に現実なのか」と頭が真っ白になったまま現場に駆け付け、規制線の前で立ち尽くした。

 これまで新聞やテレビの報道をチェックしてきたが、鈴木医師が死ななければならなかった理由があったとは今も到底思えない。心のつかえは取れないままだ。「寝る間も惜しんで患者のために尽くしていた。亡くなったことが今でも信じられない。一生受け入れられないと思う」と語る。

 渡辺被告は3カ月の鑑定留置の後、昨年7月に起訴された。ただ、裁判の日程はまだ決まっていない。

 「信頼関係のあった二人だった。一番の理解者を殺した理由を直接聞いてみたい」【成澤隼人】

埼玉立てこもり事件

 2022年1月27日夜、埼玉県ふじみ野市の渡辺宏被告(67)=殺人罪などで起訴=の自宅で発生。起訴状などによると、渡辺被告は前日に死去した母親(当時92歳)の在宅医療や介護に携わった鈴木純一医師(当時44歳)ら7人を「線香をあげに来てほしい」と呼び出し、母親の蘇生措置を断られると散弾銃を発砲した。鈴木医師が死亡し、2人が重軽傷を負った。渡辺被告は翌朝まで立てこもった末に逮捕された。

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