故マイケル・ジャクソン、900億円 「レッチリ」183億円…楽曲著作権を多額で売却 ファンへの影響を専門家が解説

生前のマイケル・ジャクソンさん(2009年3月撮影、AFP=時事)

生前のマイケル・ジャクソンさん(2009年3月撮影、AFP=時事)

 近年、故マイケル・ジャクソンさん、ロックバンド「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」といった大物アーティストたちの楽曲の権利を相次いで売却する動きが注目されています。特に、マイケル・ジャクソンさんの音楽著作権とカタログ原盤権の半分を6億ドル(日本円で約900億円)以上を投じて、ソニーミュージックグループが取得したニュースは、音楽業界で過去最大の取引額ということもあって、大きな話題を呼びました。一体何が起こっているのか、知的財産権に関する業務を行う弁理士の筆者が解説したいと思います。

ボブ・ディラン、ケイティ・ペリー、ジャスティン・ビーバーも

 近年、音楽著作権を売却したのは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズが「全作品の権利を約1億4千万ドル(日本円で約183億円)」、ボブ・ディランさんが「全作品の権利を約3億ドル(日本円で約315億円)」、ケイティ・ペリーさんが「2008年から2020年の間にリリースした楽曲の権利を2億2500万ドル(日本円で約330億円)」、ジャスティン・ビーバーさんが「2021年までにリリースした全291曲を2億ドル以上(日本円で約260億円)」となっています。ほかにも、多くの大物アーティストが最近になって楽曲の権利を売却して、業界に大きな波紋を広げています。

 アーティストたちが楽曲を売却する理由ですが、CDよりも、サブスクリプションサービス(サブスク)での音楽消費が主流になってきた現代、アーティストたちが自分の権利や財産を守るために、さまざまな手段を検討していることが挙げられます。

売却理由は「税金対策」「サブスク」など

 理由には、「税金対策」「コロナ禍による収入減少」「サブスクの登場」なども挙げられます。

 まず、税金の対策ですが、アーティストたちは著作権を売却することで、一度に大きな現金収入を得られます。しかも、権利を一括で売却した際の課税率は、通常の権利使用料にかかる税率に比べて低いため、長期的に見てもかなりの節税効果が魅力になっているようです。

 次に、過去数年の間にコロナ禍で行動様式が一変し、コンサートやツアーなどを通じた収入が大きく減少した時期がありました。このため、権利売却による収入が貴重な収入源となっていった傾向があります。

 また、サブスクの普及により、CDやダウンロード販売の収入が減少し、一度の再生で得られる金額が少なくなっているものの、総再生回数は相当な数に上り、今後も収入源としてかなりの額が見込めます。これらを価値算定して、まとまった収入を得るために権利を売却するのはアーティストの権利でもあります。

 その他、アーティスト自身が高齢化している場合は、遺産管理の一環として権利を売却するケースもあります。複雑な遺産の計算のみならず、亡くなった後も続くビジネス面でのリスクを軽減するため、専門の企業に権利を売却することで、安心して収入を得ることができます。また、まとまった収入を得ることで、アーティストにとっては生きているうちに他の創作的な取り組みにも投資できるようになることが考えられます。

 総じて、音楽著作権の売却の決定は、税務的な理由や世界的な音楽消費の傾向への対応、個人的な事情などが絡み合った結果といえます。それぞれのアーティストが自身の人生設計と照らし合わせ、最善策を探っています。

 往年のアーティストも著作権売却をするケースがありましたが、多くは亡くなった後に大きな売り上げ(印税収入など)が入ってきたことなどを考えると、現代ではだいぶ選択肢が広がっているように思います。

ファンにとって“売却”は何をもたらすのか

 アーティストが楽曲の権利を売却したからといって、ファンがその楽曲を自由に聴けなくなるわけではありません。その影響も解説していこうと思います。

 楽曲の権利が売却された後も、ストリーミングサービスやダウンロード販売、ラジオなどで楽曲を聴くことができます。権利を購入した企業は、収益を上げるために楽曲を広く利用可能にすることが一般的です。

 権利を購入した企業が楽曲のライセンスについて条件を変更する可能性はありますが、多くの場合、ファンへの大きな影響はありません。企業は楽曲の価値を高めるため、よりたくさん利用されることを望んでいます。

 新たな権利者は、楽曲のプロモーションやマーケティングに積極的に取り組むことが考えられ、古い楽曲が再び注目される機会が増えることが期待できますし、これによって、新しいファン層が生まれることも期待されます 。

 “自由に演奏ができなくなるのかな…”と思った人もいるかもしれませんが、一般的に、権利が売却された後でも、個人で自由に演奏することは可能です。しかし、公の場での演奏や録音して販売する場合には、従来通り権利者の許諾が必要です。YouTubeにカバー動画をアップロードする場合も許諾が必要ですが、多くのプラットフォームではすでに権利者とライセンス契約を結んでおり、ファンが演奏する際に大きな問題になることは少ないと思います。

 大物アーティストたちが楽曲の権利を売却する動きは、現代の音楽業界における大きなトレンドとなっています。税金対策、コロナ禍による収入減少、サブスクの普及など、さまざまな理由からレジェンドだけではなく若手アーティストの間でもこの動きが加速しています。しかし、ファンにとっては、楽曲の権利が売却されたとしてもその音楽を楽しむ機会は変わりません。むしろ、新たなプロモーションによって、懐かしの楽曲が再び脚光を浴びることも期待できるでしょう。

※売却時の価格は当時のレートになっています。

永沼よう子

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