精神疾患で就労困難なのに…28歳ひきこもり長女が障害年金を請求できない理由とは?

ある手続きをしなかったことで、障害年金が請求できず…

ある手続きをしなかったことで、障害年金が請求できず…

 ひきこもりのお子さんの中にはうつ病などの精神疾患を抱え、就労や日常生活に支障が出ているケースもあります。そのような場合、障害年金を請求できる可能性もありますが、それには「保険料の納付要件」という条件を満たす必要があります。簡単に言うと「公的年金保険料の未納期間(未払い期間)が多過ぎないか」ということです。年金保険料の納付要件を満たしていないと、そもそも障害年金を請求することはできません。お子さんの年金加入状況はどのようになっているのか、親子でしっかりと確認しておきたいところです。

猶予手続きで5000万円受給できた可能性

 筆者は社会保険労務士の資格を持っており、ひきこもりのお子さんの障害年金を代理で請求する仕事もしています。ある日、ひきこもりの長女(28)を抱える父親(62)から相談を受けました。

「年金事務所で長女の障害基礎年金の相談をしたところ『保険料の納付要件を満たしていないので、障害基礎年金を請求することはできません』と言われてしまいました。現在の長女は、とても働けるような状態ではありません。それなのに障害基礎年金が請求できないなんてあまりにもひどい。何とかなりませんか」

 父親は怒りで顔を真っ赤にさせながら、筆者にそう訴えました。筆者は事情を把握するため、父親からさらに話を伺いました。

 長女は大学在学中に20歳の誕生日を迎えました。20歳になると国民年金に加入することになるので、たとえ大学生でも国民年金保険料の支払い義務が発生します。

「国民年金の保険料は、社会人になってからまとめて支払うことにしよう」

 長女はそう考え、国民年金の保険料を支払うこともなく、支払いの猶予手続きも特にしていなかったそうです。

 両親は、長女から「社会人になったらまとめて支払うから大丈夫」と聞かされていたので、それ以上何かをすることはありませんでした。

 しかし、長女のその後の雲行きは怪しくなっていきます。就職面接では嫌な思いばかりさせられ、就職活動が思うようにいかなかったほか、当時付き合っていた男性と別れてしまいました。自分のふがいなさや将来の不安からか抑うつ状態が続き、食欲は落ち、夜も満足に眠れない日々が続きました。

「このままではいけない」

 長女はそう思い、21歳の頃に近所の心療内科を受診したそうです。しかし状況は改善せず、就職先が決まらないまま大学を卒業。外出する機会もめっきり減り、ひきこもり状態に陥ってしまいました。長女がひきこもった後、父親が長女の国民年金保険料を過去の分も含めまとめて支払ったそうです。

 以上のことから、長女は「20歳から心療内科に行く前までは国民年金が未納状態だった」ということが分かりました。

ポイントは初診日の「前日」

「まずは保険料の納付要件というものを確認しましょう」

 筆者はそう言い、スマホで日本年金機構のサイトを検索し、画面に保険料の納付要件が書かれたページを映しだしました。そこには、おおむね次のようなことが記載されています。

 障害基礎年金を受けるためには、初診日の前日において、次のいずれかの要件を満たしていることが必要です。

(1)初診日のある月の前々月までの公的年金の加入期間の3分の2以上の期間について、保険料が納付または免除されていること

(2)初診日において65歳未満であり、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納がないこと

※20歳前の年金制度に加入していない期間に初診日がある場合は、納付要件はありません(自動的に納付要件を満たすものとされます)

ポイントは「初診日の前日において」という部分です。初診日とは、その障害の原因となった病気やけがについて、初めて医師などの診療を受けた日(病院で受診した日)を指します。「初診日の前日において」とは、初めて病院を受診した日の前日のこと。つまり、初めて病院を受診する前日の時点で公的年金保険料の未納が多過ぎると、保険料の納付要件を満たさない可能性が出てしまうのです。

 従って病院を受診した後にまとめて国民年金の保険料を支払っても、初診日の前日時点では未納扱いとされてしまうのです。

 筆者はゆっくりとした口調で父親に告げました。

「娘さんの場合、心療内科を受診した前日の時点では未納期間しかなかったため、障害基礎年金が請求できないことになってしまいます」

 それを聞いた父親はさらに怒りを増し、声を荒らげました。

「娘は体調が悪化していて、医者からも『障害基礎年金を受給したらどうか』と言われているくらいなのですよ。それなのに、障害基礎年金を請求することができないなんてあんまりじゃないですか」

 筆者はそれ以上何も言うことができず、室内には重苦しい沈黙が流れました。しばらくすると父親はやや落ち着きを取り戻したようで、次のように質問しました。

「当時、娘はどのような対応をすればよかったのですか」

「20歳当時、娘さんは大学生だったので『学生納付特例』の手続きをしていればよかったということになります。この手続きをすれば国民年金の保険料が猶予され、未納扱いにされることはありませんでした」

 筆者はスマホの画面に「学生納付特例申請書」を映しだしました。

「このA4サイズの申請書に住所や氏名などの必要事項を記入します。さらに学生証のコピーなど、在学していることが分かる書類を添付して年金事務所や市区町村役場に提出するだけです。この手続きは郵送でも可能です」

 父親は黙ったまま、しばらくスマホの画面を食い入るように見つめていました。そして力なくつぶやきました。

「たったこれだけの書類を提出しなかっただけで…。もし、障害基礎年金を受給できたとしたら、娘は総額でどのくらいもらえたのでしょうか」

 筆者は手元にある用紙に、次のような式を書きました。

障害基礎年金2級 月額約6万5000円
障害年金生活者支援給付金 月額約5000円
28歳から88歳まで60年間受け取ったものとする。
月7万円×12カ月×60年=5040万円

 その金額を見た父親は、がっくりと肩を落としました。

「今から学生納付特例の手続きをしても駄目なのでしょうか…」

「学生納付特例の手続きも『病院を受診する前』に行っていなければなりません。繰り返しになりますが、保険料の納付要件を満たすことができなければ、障害年金を請求することはできません。その事実は専門家でもどうすることもできません。大変申し訳ございません」

 うなだれる父親に筆者はそう答えるしかありませんでした。

 お子さんが20歳になると、日本年金機構から次のような書類が送付されます。

・国民年金加入のお知らせ
・国民年金保険料納付書
・国民年金の加入と保険料のご案内
・保険料の免除・納付猶予制度
・学生納付特例制度の申請書
・返信用封筒

 国民年金の保険料は1カ月当たり1万6590円(2022年度の金額)。国民年金の保険料は支払っていくことが望ましいのですが、ご家庭の事情によっては支払いが困難なケースもあることでしょう。そのような場合、お子さんが大学生などの学生であれば学生納付特例の手続きをしましょう。また、すでにひきこもりの状態にあるのなら納付猶予の手続きを、世帯主(多くは父親)の所得が一定額以下であれば保険料免除の手続きをそれぞれしてください。

 少なくとも先述のいずれかの手続きをすることにより、未納状態を防ぐことはできます。年金制度は複雑で分かりにくい部分もありますが、分からないからといってうやむやのまま放っておかないようにしたいものです。よく分からないのであれば、年金事務所や市区町村役場の国民年金課に問い合わせ、担当職員から説明を受けましょう。

社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

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