地球で最も高血圧なのは「キリン」という驚愕事実

歩くキリン

キリンの血圧が高い理由を解説します(写真:takmat71/PIXTA)
ヒトと異なる環境に適応してきた動物たちの体には、ヒトとは異なる“進化のかたち”が刻まれています。
「エレガントで美しい仕組みもあれば、『そんなことで大丈夫なの?』と心配してしまうような大ざっぱな構造もある。優劣があるわけではなく、どちらの進化にもそれぞれの味わいがある」と指摘するのが、解剖学者で「キリン博士」としても知られる東洋大学助教の郡司芽久(ぐんじ・めぐ)氏です。
新著『キリンのひづめ、ヒトの指 比べてわかる生き物の進化』を上梓した郡司氏が、今回は「キリンの血圧」について解説します。

キリンが高血圧である理由は「長い首」

以前、「広島高血圧・生活習慣病研究会」という研究会に招待していただき、医師や研究者を相手に、キリンについてお話をしたことがある。

キリンと高血圧・生活習慣病研究のあいだに、いったいどんなつながりが……? と不思議に思う方がいるかもしれないが、キリンは現在地球に生息するなかで最も高血圧な生き物として知られている。その研究会のロゴマークに採用されてもいいのではないかと思うくらい、キリンと高血圧には深い関わりがあるといえよう。

キリンが高血圧な理由は、その長い首にある。2メートルにもおよぶ長い首を天高くもちあげているため、キリンの心臓は、はるかかなた上空にある脳まで重力に逆らって血液を上昇させなくてはならない。ほかのどの動物よりも高い血圧は、あのすさまじく長い首とともに進化してきたのだ。

これまでの研究によると、キリンの血圧は上がおよそ250mmHg、下が200mmHgほどといわれている。

血圧の上下はヒトの健康診断でもおなじみだが、一応説明しておくと、上は「心臓が収縮して血液が送り出されたときの血圧」で、下は「縮んだ心臓がもとに戻るとき(血液を送り出していないとき)の血圧」のことだ。

成人したヒトの正常な血圧が上120Hg未満、下80mmHg未満であることを考えると、キリンは異常なほどの高血圧といえよう。

とはいえ、キリンにとってはこの高い血圧が正常値である。もしヒトの正常値と同じくらいの血圧になってしまったら、たちまち脳に血液が足りなくなり、立ちくらみを起こして倒れてしまうだろう。

冒頭で述べたように、キリンは地球上で最も高血圧な動物である。

「心臓から脳までは遠く離れているのだから、血圧が高いにちがいない」

そんなことを考えた研究者は、キリンという生物が発見された当初から存在していただろうが、世界ではじめてキリンの血圧が実測されたのは1955年のことだ。

計測を行ったのは、外科医ロベルト・H・ゲッツ博士。世界ではじめてヒトの冠状動脈バイパス移植手術を行ったことでも知られる人物である。

ケンブリッジ大学の教授に相談したが…

彼の書き残した論文の中には、キリンの血圧測定にいたる経緯が記されている。「キリンの血圧に関する研究は、ヒトの高血圧症を理解するうえでも役立つはずだ」と考えたゲッツ博士は、まずケンブリッジ大学を訪問し、動物生理学研究室の教授に「キリンの血圧を測定したい」と相談したそうだ。すると、「研究室を使うのはかまわないけど、測定に使うキリンは持参してね」と返されたらしい。

こんなやりとりを論文に書き残しているということは、ゲッツはこの返事にけっこう腹を立てていたのかもしれない。

論文には、「実験に最低3頭のキリンが必要だとすると、輸送費も考えたらとんでもない金額がかかる。あきらめざるをえなかった」という言葉も記されている。ゲッツには悪いが、一休さんのようなやりとりで、私はけっこう好きだ。はじめて論文を読んだときはニヤニヤしてしまった。

さて、そんなふうにうまくやり込められてしまったゲッツだが、しばらくあとに、とある情報をつかむ。南アフリカにおいて、多数のキリンを駆除する予定があるというのだ。

当時、南アフリカの農業は急速に発展し、キリンは農作物にとっての脅威とみなされていた。いまでは考えられないことだが、農業を守るために多数のキリンが殺害されてしまったのだ。

ゲッツはこのプロジェクトを担当しているチームに連絡し、駆除のため捕獲されたキリンを使って血圧測定に踏み切ることとした。そして、血液の成分分析や心臓・血管の解剖学的な特徴を調べるとともに、頸部の動脈にカテーテルを挿入して血圧を実測することに成功したのだ。世界ではじめて計測されたキリンの血圧は、およそ200mmHgだった。

全身に血液を送る左心室の筋肉が著しく発達

それでは、非常に高血圧なキリンの心臓には、いったいどんなユニークな特徴があるのだろうか?

まず最も特徴的なのが、左心室の筋肉が著しく発達している点である。哺乳類の仲間では、基本的に、全身に血液を送る左心室の筋肉は、肺だけに血液を送る右心室に比べて発達する傾向がある。

キリンの場合はその傾向が顕著で、左心室の筋肉は厚さ8センチにも達し、右心室の筋肉の3倍以上の分厚さになっている。分厚い筋肉が力強く収縮することにより強い血流が生まれ、遠く離れた脳にまで血液を送ることができるようになっているわけだ。

ただし、発達した筋肉は良いことばかりではない。血液がたまる空間の“壁”である筋肉が分厚くなるということは、壁の内側にある空間が小さくなることにつながってしまう。

外見のサイズが同じでも、薄い段ボールの箱よりも、分厚い発泡スチロールケースのほうが内側の容積が小さいのと一緒だ。そのため、キリンの左心室は強い収縮力を示す一方で、内部の容積は小さく、1回の拍動で送り出せる血液の量はとても少ない。

血圧というのは、1分間に心臓から送り出される血液の量と、血管の抵抗値(血液の流れにくさ)によって決定する。心臓から送り出される血液の量が多ければ多いほど、また血管の中を血液が流れにくいほど、血圧が高くなるのである。

ヒトの例を出してみると、動脈硬化によって血液が流れにくくなると、結果として高血圧が引き起こされる。

キリンも一度に送り出せる血液量は多くない

では、キリンではどうだろうか。

心臓内の空間が小さいので、一度に送り出せる血液の量はたいして多くない。心拍数が際立って高いわけでもないので、「1分間に送り出せる血液の量が多い」というわけではなさそうだ。

そこで、高血圧を生み出す器官として近年注目されているのが、血管だ。キリンの血管は、ほかの哺乳類に比べて抵抗値が著しく高く、血液が流れにくくなっている。とくに手先・足先の血管でその傾向は顕著だ。

キリンの血管に関する研究はまだまだ始まったばかりで、高血圧の謎がすべて解き明かされたわけではない。疑問はつきないどころか、「1個新しいことがわかったら、10個わからないことが増える」くらいの状況だ。

今後さらなる調査が進むことで、高血圧の秘密がしだいに解き明かされていくだろう。いまからとても楽しみだ。

(郡司 芽久 : 解剖学者、東洋大学生命科学部生命科学科助教)

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