発達障害24歳男性と「会話」が成立しないワケ

フミヒコさんは最後まで、大きなサングラスを外すことはなかった(筆者撮影)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「大人の発達障害によりアルバイトが見つかりにくい。実家に帰るのも苦痛」と編集部にメールをくれた、24歳の独身男性だ。

「メールで連絡したとおりの格好ですけど」

「ジャケットと濃いサングラス」「茶色以外の暖色を基調とした衣服は着用しない」――。事前にメールで伝えられたフミヒコさん(24歳、仮名)の特徴である。

待ち合わせ場所は、都内の駅改札。すぐに、真っ黒なサングラスをかけた男性を見つけることができた。「フミヒコさんですか?」。そう声をかけると、ニコリともせずに、こう返された。「メールで連絡したとおりの格好ですけど」。

てっきり「はい、そうです」と言われると思っていたので、一瞬、空足を踏んだような気分になる。普段であれば、「何か失礼があっただろうか」と考えてしまうところだ。しかし、フミヒコさんは発達障害のひとつ、自閉症スペクトラム障害があると聞いていた。

自閉症スペクトラム障害には、コミュニケーションが苦手、趣味や関心が限定的といった特徴があるとされる。今日は、話をする中で感じた“不協和音”を、率直に伝えてみようと、こう言ってみた。

「『誰々さんですか?』というのはあいさつのようなものなんです。『メールで伝えましたけど』と返されると、『何か悪いことでも言ったかな』と感じる人もいます」

これに対し、フミヒコさんは重ねて「事実を言っただけですが」と言う。そして、なぜ自分が暖色系の服を着ないのかの説明を始めた。質問の意図が伝わっていない、と思った。

取材を進める中、フミヒコさんの話は、たびたび本題から外れ、脈絡なく広がっていった。

家賃について尋ねたのに、賃貸アパート大手のレオパレス21が冷房を3時間で自動停止する設定にしていた問題や、NHKによる受信料の徴収方法が不満だという話に“発展”していた。また、最近始めたという派遣の仕事について聞いていたのに、なぜか、「今、戦争になったら、自分のような人間は使えるかどうか」について語っている。

やむをえず、フミヒコさんの話を遮り、軌道修正することも、何度かあった。たまりかねて、質問の答えになっていないことを指摘すると「私の中ではつながっているんです」という。「(思考が)いったん根っこに戻って、(再び話し始めるときには)別の枝に出るという感じ」と説明された。

フミヒコさんによると、これまで同級生など周囲の人たちからは「話が通じない」「扱いづらい」「表情がわからない」と言われてきた。彼自身は「自分には共感力ない」という自覚がある。一方で「私の言動に共感できる人はいない」「正論を言っているのに、孤立する」とも感じてきたという。

フミヒコさんと話をしながら、あらためて、発達障害がある人の意思や心情に触れることは、難しいと思った。フミヒコさんの言わんとしていることを、ちゃんと酌み取れているだろうか――。そんなストレスを感じながらも、わかったことがひとつある。それは、話を途中で遮られ、何度も同じ問いかけをされるフミヒコさんもまた、私と同じようにストレスを感じているのだろう、ということだった。

人がなぜうれしくて泣くのかがわからない

出身は「車がないと生活できない」という、西日本にある小さな地方都市。父親は公務員で、生活は安定していた。

今思うと、自分には共感力が欠けていると、初めて感じたのは小学低学年のころ。オランダの元K-1王者、アーネスト・ホーストが大番狂わせの末、4度目のK-1優勝を果たした時の試合を、テレビで見ていた時のことだという。

涙を流すホーストの姿が不思議で、一緒に観戦していた父親に「あいつ、なんで泣いてんの?」と聞いた。父親は「うれしいからだよ」と教えてくれたという。人間はうれしいときにも泣くんだ――。このとき、「うれし泣き」という言葉は覚えたが、その感情は、いまもよくわからないという。

中学校に入ってからは「(同級生と)ケンカばかりしていた」。原因を尋ねると「相手が突然襲ってきた」という。あくまでも、フミヒコさんから見える“光景”である。

当時、母親からはたびたび「普通にしていなさい」「目立つことはするな」と言われた。母親としては、どうにも同世代の子どもたちになじめない息子を心配しての小言だったのだろうが、フミヒコさんは「『普通に』『普通に』って。そればかり。普通ってなんだよ、って思ってた」と、不満そうに振り返る。

高校卒業後に進んだ専門学校時代、教師の紹介で、同級生十数人と一緒にアルバイトの面接を受けたとき、フミヒコさんだけが不採用となる出来事があった。就職活動をしても結果が出ない。もしかしてと、心療内科を受診したところ、自閉症スペクトラム障害と診断されたという。

「個性だと思っていたものが、個性を通り越して病気だったんだと思っただけ」。特段、落ち込むことも、障害がわかってホッとすることもなかった、とフミヒコさん。

父親からは「焦って仕事を探そうとするな」とだけ言われた。もっと早く気が付いてやれなかったことに、責任を感じている様子だったという。

その後、別の専門学校で学んだ後、現在は、東京で一人暮らしをしながら、声優の養成学校に通っている。学費や家賃、携帯電話料金などは両親が負担している。

派遣会社に登録しているが、職場では、障害がネックになることも少なくない。最近、派遣された倉庫作業では、フォークリフトの走行音などが耳障りで、仕事にならなかったという。特定の音やにおい、光に敏感、もしくは鈍感であることも、自閉症スペクトラム障害の特徴のひとつだ。

また、「抽象的な指示がわからない。質問するタイミングがわからない」と言い、現場で途方に暮れることも。フミヒコさんは多くを語らないが、こうしたことがきっかけで、派遣元や派遣先社員との人間関係に、つまずくことがあったのかもしれない。

フミヒコさんは「(両親に)自活できるところを見せたかった」という。ただ、現在、安定した収入はほとんどなく、生活費が足りなくなると、両親が振り込んでくれる状態だ。

故郷に戻ったほうが、経済的な負担は少ないようにも見えるが、フミヒコさんは、しだいに実家に帰ることが苦痛になりつつある、と打ち明ける。理由は「変化」だという。話の続きをうながすと、「仲のよかったいとこが結婚した。小さい頃から自分のことを知ってる親戚なら問題ない。でも、その配偶者とか、子どもとか……。多分、うまく付き合えない」と話す。

自分だけが「変化」から取り残されていく

濃密な親戚付き合いの中で、幼い頃から自分を受け入れてくれた人々には「変化」が訪れる。でも、きっと自分はその「変化」にはなじめない。そして、自分だけが「変化」から取り残されていく――。

将来について尋ねると、「自分には普通の生き方はできない」という。続いて、ユーチューバーや有名声優、お笑い芸人などの名前を出してきたので、何かしら芸事の世界で自立できないかと考えているのだろう。声優養成学校に通っているのも、アニメや声優にあこがれてというよりは、いわゆる会社員といった選択は難しいと覚悟している、フミヒコさんなりの試行錯誤にも見えた。

とりとめのないように思える話の中で、ふいに「60過ぎの親に養われて……」「(役所を定年退職後に再就職した)父親は60歳過ぎでも必要とされているのに……」「親も疲れてきている。疲れた人から死亡する、破綻する」などと言ったりする。

20歳を過ぎても、自活できない自分をふがいなく思っていること、両親に感謝し、同時に申し訳なく感じていること――。独特の表現ではあるが、フミヒコさんの不安や焦りがうかがえた。

フミヒコさんに話を聞いたのは、オープンキッチンのあるカフェレストランの禁煙席。取材中、突然、彼が「においが……」と言って立ち上がった。そう言われ、私も初めて煙草のにおいが漂ってきていることに気が付いた。見渡してみると、すぐ横にある窓ガラス越しのテラスが喫煙スペースになっていた。

とはいえ、嗅覚は相当に敏感なほうの私が、かろうじて感じとれる程度のにおいだ。しかし、フミヒコさんはいてもたってもいられない様子で、別の席に移ろうとする。私は急いで店員に事情を説明し、奥の席へと移動した。

ふり返ってみると、店に入ったときは昼時で、店内はほぼ満席だった。もしかしてと思い、“音”は気になりましたか?と聞いてみた。案の定、「皿を洗う音とか、赤ん坊の泣き声とか、黙らせたいと思ってた」という。フミヒコさんは最後まで、大きなサングラスを外すこともなかった。

フミヒコさんの五感を通して見える“世界”。それは私が感じる世界と、どれほど違うのだろう。埋めがたい隔たりと、彼の生きづらさを思った。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

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