20代で「発達障害」と診断された男性の苦悩

20代後半の頃に「アスペルガー症候群」と診断されたというジュンイチさん(編集部撮影)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「アスペルガー症候群で無職歴15年です。大学時代の人間からは無職ということで縁を切られたり自殺を勧められたりしました」と編集部にメールをくれた、生活保護を受給する41歳の独身男性だ。

ジュンイチさん(41歳、仮名)から取材場所として指定されたのは、ある有名チェーンの定食店だった。数時間にわたって話を聞くことは知っているはずだ。なぜ、よりによって客の回転が速い定食屋? しかも、約束した時間帯はランチ時だというのに……。

事前に、喫茶店かファミリーレストランでと、こちらの希望を伝えていた。これに対し、ジュンイチさんは自宅近くには適当な店がないという理由で、ギョーザや丼ものがメインの定食店を指定してきたのだ。

電車で1駅分足を延ばしてくれれば、繁華街があるのに……。その分の電車代は、私が負担しますと言ってみようか。こちらで場所を変更したら、気分を害されるだろうか。

私は迷った末、店内の込み具合をみながら、場合によっては途中で店を変えようと考え、まずは約束した定食店に赴いた。

"暗黙の了解"というのが、わからない

会ってみると、ジュンイチさんは、自閉症スペクトラム障害の一種「アスペルガー症候群」だという。診断されたのは、20代後半のころ。発達障害のひとつで、他人との社会的関係や、コミュニケーション能力、想像力などに偏りがあるとされる。彼自身、「一般常識が欠けていると思います。“暗黙の了解”というのが、わからないんです」と言う。

もしかすると、取材場所に、長居がしづらい定食店を選んだのは、ジュンイチさんがアスペルガー症候群であることと関係があるのかもしれない、と思った。

「空気が読めない」ことは、子どもたちの間では、時にいじめのきっかけとなる。

ジュンイチさんは、小学生の頃から激しいいじめを受け続けたという。きっかけは、運動会のクラス対抗リレー。当時の担任教師は、走ることが苦手だったジュンイチさんを教壇の前に立たせ、「うちのクラスが遅いのは、お前のせいだ」と吊るし上げた。放課後の自主練習に参加しなかったことも、「迷惑をかけているのに、なぜ協力しない」と叱責された。

しかし、一連の出来事は、ジュンイチさんに言わせるとこうなる。「練習は強制ではないと言うから参加しなかったんです。なぜかって? だって、走るのは嫌いでしたから」。

以後、一部のクラスメートからこぶしで殴られたり、足蹴にされたりするようになった。「通り過ぎたときに筆箱を落とした」「命令したのに、坊主にしてこなかった」など、理由はあってないようなものだ。さらに中学生になると、金銭を脅し取られるようになった。

「(当時は)地獄でした。学校を飛び出して独りで泣いたこともあります。『学校に行くのをやめたら、俺の負けだ』という思いだけで、登校していました」

ジュンイチさんは今も、髪の毛をつかまれて廊下や教室の壁に押し付けられたときの記憶がフラッシュバックする。そんなときは、心の中がどす黒い怒りでいっぱいになるという。

一方で、体育以外の成績はつねにトップクラスだった。教師やいじめた同級生たちを見返したいとの思いから猛勉強し、大学は有名国立大学へと進んだ。

スーツに真っ赤な靴下で出勤

しかし、引く手あまたのはずの就職活動で、再びつまずくことになる。第1希望ではない会社の面接で、志望動機を聞かれるたび「よくわかりません」などと答えてしまうからだ。「こういうときは、ウソでも、何かしら理由を考えて答えなきゃいけないんですね」とジュンイチさん。後になってそんな“常識”を知ったが、すでに手遅れだった。結果的に、唯一採用されたのは、希望からはほど遠い精密機器メーカーだった。

働き始めてからも、「空気が読めない」ことによる摩擦は絶えなかった。

スーツに真っ赤な靴下を合わせて出勤したり、先輩社員らが残業している中、真っ先に帰宅したり、専用ソフトを使った自宅研修を命じられたのに、従わなかったり――。

ささいな行き違いもあれば、会社側の指示が法令違反であることもあった。指摘を受けて、その都度改めたこともある。ただ、気が付くと、先輩や上司から「お前みたいなやつは、いらねぇ」と言われているのだという。結局、人間関係がうまくいかず、1年から数年で退職と転職を繰り返した。

ひとつ不思議だったのは、ジュンイチさんが「空気が読めない」と言いながら、サービス残業には黙って従っていたことだ。ある会社では、サービス残業だけで毎月50時間を超えており、労基署からも指導が入るほどだったが、文句を言ったことはないという。

なぜ、残業代の支払いを求めなかったのかと尋ねると、「大学時代の友人から『残業代はないんですか、なんて、(会社に)そんな失礼なこと、聞くもんじゃないよ』と言われたんです」という。

ろくでもない“アドバイス”である。ただ、自分には一般常識が欠けていると思っているジュンイチさんにしてみると、こうして、周囲の忖度(そんたく)ぶりを見習うことは、摩擦を減らすための、彼なりの処世術でもあったろう。

その後、家族の勧めで医療機関を受診。そこで、アスペルガー症候群と診断され、就労は難しいと告げられた。10年ほど前から、障害年金と生活保護で暮らしている。

打ち明けられた生活保護の不正受給

ジュンイチさんに話を聞く中で、最も戸惑ったことは、生活保護の不正受給について、屈託なく打ち明けられたことだ。

生活保護の不正受給を指摘すると、あっさりと「確かに悪いことだったかもしれません」と言うジュンイチさん(編集部撮影)

生活保護の利用を考えたとき、ジュンイチさんには約200万円の貯金があった。貯金がある場合、生活保護を利用できないことは、あらかじめ調べて知っていたという。このため、半年間ほどかけて口座から少しずつお金を引き出し、残高がゼロになったころを見計らって受給を申請。受給が始まった後、その貯金を使い、数カ月にわたって趣味の海外旅行を楽しんだ、というのだ。相当に悪質な不正受給と言われても仕方ない。

私がそう指摘すると、「自分で稼いだお金を、どう使おうが自由じゃないですか」と反論された。重ねて制度の趣旨を説明し、何より、ジュンイチさんのせいで、本当に生活保護が必要な人が利用できなくなるおそれがあるのだと伝えると、あっさりと「そう言われると、確かに悪いことだったかもしれません」と言う。

生活保護の問題以外にも、ジュンイチさんと話をしていると、私とは考え方や受け止め方が違うと感じることがたびたびあった。

付き合っていた女性と別れた理由について「高卒なので、社会のことを何もわかっていなかったから」と言ってみたり、大学の友人から「お前、モテないだろ」と言われたことに対し、いまだに「失礼な奴だ」と腹を立てていたり――。執筆しているブログでも、小学校や高校時代の担任教師に対する激しい怒りをつづっている。

私などは、学歴が低いから無知なのだ、と言わんばかりの主張には違和感を覚えるし、友人の一言は、冗談として受け流すことはできないのかと、思ってしまう。

これに対して、ジュンイチさんは、友人の言葉を受け流せないのは、子ども時代のいじめが原因だという。「いじめを受け続けたせいで、いつも人のうわさや視線が気になるようになってしまいました」。

他人からの評価や視線に無頓着なようで、ネガティブな評価には敏感であるように見えた。中でも、小学校時代に受けたいじめへの怒りは根深く、次に会ったら殴り返したいという理由で、大人になってから格闘技を始めたほどだという。

発達障害――。特に大人になってから診断される発達障害への関心は最近、社会でも高まりつつある。私の周囲では、子どもの頃から、生きづらさを抱えていたところ、20歳を超えてから、自閉症スペクトラム障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)などと診断され、「障害のせいだったとわかり、ようやく納得できた」といった声を聞くことが多い。

彼らの中には、ジュンイチさんのように子ども時代、いじめに遭ったという人も少なくない。それが原因で、うつや不安症を発症する人もいる。診断名が付くことで、少しでも自己肯定感を回復できるなら、障害が認知されるメリットは大いにあると思う。

発達障害と診断されたがる人が増えている?

一方で、最近は、何かというと発達障害と診断されたがる人が増えているとも聞く。また、ジュンイチさんのように早々に就労不可と診断される人がいるのに対し、明らかに医療や福祉の支援が必要なのに、複数の医療機関を回っても「異常なし」と言われる人がいるなど、医師側の診断基準にも、いまだバラツキがあるように見える。軽度の発達障害と、そうでない人との境目は、極めてあいまいなのではないか。

結局、私たちは、定食店に4時間以上、居座った。関東近郊の地方都市にある、その店舗は、都心と違って、昼時でも満席になることはなかった。マイペースでハイボールを飲むジュンイチさんと、店員の顔色をうかがいながら、つまみのたぐいをちびちびと注文し続ける私――。両者のアンバランスは、今思うと、少し笑ってしまう。

生きづらさなど、誰一人感じない社会が、理想である。ただ、「違い」を受け入れることは、言葉で言うほど簡単なことではない。待ち合わせの場所選びひとつからして、私は一人忖度し、勝手にイラついた。ジュンイチさんのような友人や同僚がいたとして、どうすれば適度な距離を保ちながら、関係を築くことができるのか。

発達障害と診断された人たちのこれまでの葛藤や不安、理不尽に排除された経験を思えば、やはり、問われているのは、私たちが彼らと向き合う姿勢なのではないか。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

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