宇宙探査が活発化する中で問題になる「宇宙放射線」の影響を少なくするにはどうすればいいのか?


宇宙探査における大きな問題のひとつが「(PDFファイル)宇宙放射線」と呼ばれるX線やガンマ線等の電磁波、陽子や中性子、電子などの粒子線などからなる電離放射線です。これらは人体や計器類に致命的な悪影響を与え、他天体の有人探査などを困難にしています。しかし、欧州宇宙機関(ESA)やアメリカ航空宇宙局(NASA)などの宇宙開発機関が、宇宙放射線から人体などを保護するためのアクティブシールドの開発を進めています。
Shields up: New ideas might make active shielding viable | Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2024/03/shields-up-new-ideas-might-make-active-shielding-viable/


宇宙放射線には、太陽フレアやコロナによる、主に陽子からなる荷電粒子と、はるか遠くの超新星や中性子星の活動によって放出される「銀河宇宙線」と呼ばれるものの2種類があります。太陽の活動によって放出される荷電粒子は基本的に30メガ電子ボルトから100メガ電子ボルトのエネルギーを持っていますが、その多くは宇宙船に搭載されたシェルターなどで遮ることが可能です。
しかし、銀河宇宙線は200メガ電子ボルトから数ギガ電子ボルトに達するほどの高エネルギーを蓄えているため、透過性が高く、宇宙船の厚いシールドであっても乗組員を保護することは困難です。
地球上に住む我々は、地球の磁場や大気などの働きによって宇宙放射線から保護されています。そのため、宇宙探査の初期から、地球の磁場と同じように荷電粒子を偏向させて、乗組員を宇宙放射線から保護する「アクティブシールド」についての研究が行われていました。
1960年代のNASAは、(PDFファイル)プラズマシールドや静電シールド、(PDFファイル)磁気シールドなどのアクティブシールドについて研究を進めました。実際に1967年には「プラズマシールドと静電シールドは有望だが、実際に稼働させるには6000万ボルトもの膨大な電力が必要」と報告されています。
これらの研究によって、宇宙放射線から保護するためのアクティブシールドについての開発が始まりました。実際にスイス・ジュネーブの欧州原子核研究機構(CERN)において、1990年代後半に超電導磁石を用いたアクティブシールドが開発されたことをイタリア宇宙庁の元長官であるロベルト・パティストン氏が語っています。


2002年にESAは、CERNや他のヨーロッパの研究機関に属する専門家を招いてチームを結成し、深宇宙探索ミッションにおける宇宙放射線からの保護について検討しました。そして研究チームは全長約10メートルのソレノイドからなる超伝導コイルを12個搭載した保護システムを考案しました。このシステムは、従来のアクティブシールドが抱えていた冷却の問題を「イットリウムバリウム銅酸化物」を用いて解決しており、乗組員に降り注ぐ放射線量は従来の約2分の1にまで減少するとのことです。


研究チームが考案したシステムを元に、ESAはさらなる大規模なアクティブシールド「宇宙放射線超電導シールド(SR2S)」の開発を開始。SR2Sは磁力の大幅な向上を達成し、宇宙放射線への暴露を大きく減らすことに成功しましたが、重量が100トンにまで上昇し、SpaceXの宇宙飛行用大型ロケット「ファルコンヘビー」が搭載できるペイロード容量を大きく上回ってしまいました。


バティストン氏は「磁気コイルは大きな力を発生させ、この力に耐えうる支持構造がシステムには求められます。そのため、磁力が強くなればなるほど、必然的に支持構造が重くなります」と語りました。
そこで研究チームは、根本的に異なる設計として「カボチャ構造」と呼ばれる、宇宙船の周囲に3つまたは4つの小さなシールドを設置するシステムを考案しました。「カボチャ構造」はこれまで考案されたアクティブシールドと同程度の効率を維持したまま、重量を半分以下の約40トンに抑えることに成功しました。


しかし各国の宇宙機関は「約40トンのシールドを使って、重さ8トンの探査モジュールを保護する意義は少ない」と判断し、実際に打ち上げられるロケットへの磁気シールドの搭載は進められていません。
それでも、2022年にアメリカ・ウィスコンシン大学の科学者であるエレナ・ドンギア氏とパオロ・デジアティ氏は、重量わずか24トンながら探査機に降り注ぐ宇宙放射線を最大70%カットできる「CREW HaT」を考案。両氏はCREW HaTのアイデアをNASAのInnovative Advanced Conceptsプログラムに提出し、資金を獲得しました。


また、NASAのジョンソン宇宙センターの宇宙放射線分析グループはヴァンデグラフ起電機に着想を得た巨大なリング状の静電シールドを考案しました。その後、宇宙放射線分析グループはGPUを用いたシミュレーションを繰り返し、稼働に必要な電力を数メガワットからわずか100ワットにまで減少させています。


分析グループのダニエル・フライ氏は「このようなシールドは、もはやSFのものではありません」と語っています。
さらなる軽量化を達成しつつ、宇宙飛行士に降り注ぐ宇宙放射線量を減らすため、各国の宇宙開発機関がアクティブシールドの研究を行っています。バティストン氏は「冷却系が重量の大部分を占めるアクティブシールドにおいて、室温の超伝導体を見つけることが急務になっています」と述べました。

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