コロナ禍に打ち克つためにできること 第24回 岸田首相、早くも軌道修正~衆院解散・総選挙で「分配」が争点に

○金融所得課税強化は一転見送り

岸田首相は14日、衆議院を解散しました。19日告示・31日に投開票となる総選挙では、コロナ対策や経済政策などが主な争点となりそうです。

経済政策については、岸田首相は「小泉政権以来の新自由主義的政策が格差と分断を生んだ」として、「成長と分配の好循環による『新しい資本主義』の構築」を掲げ、令和版所得倍増を実現すると主張しています。その具体策として、株式譲渡益や配当金などの金融所得への課税(現行は20%)の引き上げを「選択肢の一つ」(4日の首相就任記者会見など)としてきました。

この金融所得課税の強化に対し市場で懸念が広がり、日経平均株価は9月27日から10月6日まで約12年ぶりとなる8日続落を記録したことは、前回述べた通りです(第23回「岸田新首相で株価下落のワケ~「新しい資本主義」の‟落とし穴"」)。

「岸田ショック」とまで言われるほどの株価急落を見て、「解散・総選挙を目前にして、これはまずい」と判断したのでしょうか、岸田首相はここから軌道修正し始めました。まず8日の衆参両院での所信表明演説では金融所得課税について一言も触れず、2日後の10日にはフジテレビの番組で「当面は考えていない」と急速にトーンダウンさせました。

そして同日の代表質問での答弁では「分配策の優先順位が重要。賃上げ税制、下請け対策など、まずやるべきことがたくさんある」と発言し、金融所得課税の優先しない考えを示したのに続いて、同日夜にはテレビ東京のワールドビジネスサテライト(WBS)で「金融所得課税強化は来年度税制改正では議論しない」と明言しました。これで事実上、金融所得課税強化の旗を降ろした形です。

岸田首相がさっそく「聞く力」を発揮したといったところでしょうか。迅速に軌道修正したことは好ましいといえるでしょう。

これを受けて11日の株式市場では安心感が広がり、日経平均株価は449円高と大幅高となりました。その後は一進一退となっていましたが、14日には2万8550円と、11日の水準を上回りました。これで、岸田内閣発足後の下落分を取り戻した形です。

ただ、これで一件落着というわけにはいかないようです。あれだけ強調していた金融所得課税強化をあっさり引っ込めたことで、逆に「ブレた」との印象を与え、リーダーシップへの疑念も出ているのです。11日付の日本経済新聞(電子版)には「首相に就任したばかりなのに、こんなに早く主張を取り下げるのは今後の政権運営にとって不安のタネになりそう」という証券会社担当者の声が掲載されていました。
○それでも「分配」に重点

そして、岸田首相の「成長と分配の好循環」論は事実上、分配に重点が置かれているという点が問題として残ります。この点への批判を意識してか、岸田首相は11日の代表質問への答弁で「まず成長をめざすのがきわめて重要」と発言するなど、日が経つにつれて「成長」を重視する発言を増やしています。その具体策として、賃上げを促す税制などを強調するようになっています。

それも好ましい軌道修正と言えるのですが、何と言っても肝心の成長戦略が力不足という印象です。分配を増やすためには経済全体のパイを増やすこと、つまり成長が根本的に必要です。岸田首相は、(1)科学技術立国(2)経済安全保障(3)デジタル田園都市構想(4)人生100年時代の不安解消――の4本柱からなる成長戦略を発表しており、どれも的確な政策だと思います。しかし日本経済を持続的に成長させるには、これだけでは力不足でしょう。

そして成長のためには、何よりも「改革」が不可欠です。改革なしには、日本経済の成長力を高めることはできません。これも前回に書いた通りですが、首相は4日の記者会見で「改革」という言葉を一度も使わず、その後の8日の所信表明演説でも「改革」という言葉はありませんでした。これは言葉だけの問題にとどまりません。もし「改革」そのものを避けるのであれば、成長はおぼつかないことを改めて強調したいと思います。
○各党「分配」で競う~「成長と「改革」の議論を

さて、衆議院が解散され、事実上選挙戦に突入しました。自民党は「成長と分配の好循環」、野党各党も「分配」を前面に打ち出しており、さながら「分配競争」の様相です。

野党第1党の立憲民主党は「好循環の出発点は適正な分配だ。分配なくして成長なし」(枝野代表)として、年収1000万円程度まで時限的に所得税の実質免除、消費税を時限的に5%に減税などの分配策を選挙公約に掲げ、そのための財源として金融所得課税の強化をはじめ、所得税の最高税率の引き上げ、法人税の累進税率導入などを打ち出しています。他の野党各党も、消費税の減税などを打ち出しています。          

また自民党、公明党の与党も含めほとんどの党が、何らかの形で個人への現金給付を行う方針も示しています。コロナ禍で苦しんでいる人たちへの経済支援がこれまで十分ではなかったことを考えると、たしかにこれは必要なことだと思います。

しかし前述のように、分配のためには成長が不可欠なのです。各党の政策には、分配の前提となる成長をどのようにして実現するか、そしてそのためにどのような改革を進めるのかといった点が不十分であり、党によっては決定的に欠けています。

各党が分配策の大盤振る舞いで競うのではなく、日本経済の成長戦略と改革で競うような議論を戦わせることに期待したいものです。

岡田晃 1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。 この著者の記事一覧はこちら

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