【インタビュー】MotoEマシン、ドゥカティ「V21L」に備わる独自の電気ブレーキと冷却システムとは
電動バイクレース『FIM Enel MotoE World Championship』には、2023年からドゥカティの電動レーサー「V21L」がワンメイクマシンとして供給されています。ドゥカティがMotoEのために開発したこの電動レーサーには、独自の先進的なテクノロジーがありました。MotoE開幕戦ポルトガル大会(MotoGP第2戦ポルトガルGPに併催)で、ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんに話を伺いました。
レースは、新技術が生まれる実験場でもある
電動バイクレース『FIM Enel MotoE World Championship』(以下、MotoE)に供給される電動レーサー「V21L」は、ドゥカティがMotoEのために開発したものです。ドゥカティは2023年から2026年までの4シーズン、MotoEに「V21L」を供給することが決まっており、2024年で2シーズン目を迎えました。
ただ、ドゥカティのeモビリティ・ディレクター、ロベルト・カネさんによると、2024年はエルゴノミクスや電子制御など少しの進化にとどまったということです。これは当初から予定されていたことで、4年間のうち、2025年に大きな改善を行なう予定だということでした。
現在の「V21L」は、車両重量225kg、出力110kW(150hp)、最高速は2023年イタリア大会(ムジェロ・サーキット)で、281.9km/hが記録されています。また、2023年は全8戦でオールタイムラップ・レコードが更新され、そのタイムの半数以上がMoto3のオールタイムラップ・レコードを上回りました。
そんな「V21L」についてカネさんに話を聞くと、この電動レーサーだけが持つ、最先端のテクノロジーが見えてきたのです。
リアの「電気ブレーキ」
「V21L」のリアブレーキには、キャリパーもディスクもありません。電気ブレーキが採用されているからです。ライダーが左レバーまたは右フットペダル(「V21L」にはクラッチがないので、ライダーが望めばリアブレーキは左レバーで操作できる)でブレーキをかけると、回生ブレーキが発生するのです。このときに生じる電気は、バッテリーに回生する仕組みです。この電気ブレーキはリアだけのもので、フロントブレーキはキャリパーとディスクを備えます。
「リアブレーキをかけるかスロットルを戻すと、モーターは発電機のような働きをします。モーターは電流を発生させ、バッテリーに流れて再充電されます。ブレーキをかけることでリアタイヤからエネルギーを集め、バイクを減速させます。そしてそのエネルギーは電流に変換され、バッテリーに流れていく、というわけです」
筆者(伊藤英里)はこれまで、いくつもの市販の電動バイク(BMW Motorrad、ヤマハ、ホンダの電動スクーター、SUR-RONやZero Motorcycles、niu、Vmoto、SUPER SOCO、TROMOXなどなど)に乗ってきましたし、電動バイクについてはそれなりに注視してきたつもりです。しかし、電動バイクにおいて、このような電気ブレーキは類を見ないように思います。
そう伝えると、カネさんはもちろん、という風に「ええ」とうなずきました。
「これは私たちのバイクにしかないものだと思います。私も、このようなブレーキシステムは見たことがありません。唯一無二のものだと思います」
多くの電動バイクがそうであるように、「V21L」はスロットルを閉じたときにも回生ブレーキが発生します。つまり、リアブレーキの分、回生するエネルギーが増えていることになります。
とすれば、エネルギー回生は(そのエネルギーは4輪ほど大きくはないとしても)、航続距離の短さというレーサー、市販車どちらも含んだ電動バイクの重大のネガティブポイントを解決する可能性を含んでいるのではないでしょうか?
しかし、この問いに対するカネさんの答えは「ノー」でした。
「距離の問題を解決しないと思うんです。わたしたちは計算を行ない、レース中に収集したデータで、1周で消費されるエネルギーよりもわずかに少ない、5~10%を再生できることを確認しました。ですから、数パーセントはエネルギーを節約することにはなります。バッテリーにエネルギーが戻るからです。ただ、確かに距離は増えますが、それは5~10%といった程度であり、大幅な増加ではないのです」
2輪車が発生するエネルギー回生はごくわずかで、航続距離を大幅に伸ばすものではないということでした。
とはいえ、ブレーキングのたびに発電し、バッテリーにエネルギーが回生するこのリアの電気ブレーキシステムは、確かに電動モビリティならではのブレーキであり、テクノロジーに見えます。
バッテリーを適切な温度に保つ冷却システム
「V21L」にはもうひとつ、独自のシステムを備えています。それが、バッテリーの冷却システムです。
「V21L」は110kgのバッテリーパックを搭載しており、その中には人差し指くらいの大きさのセルが1152個詰め込まれ、バッテリーパックを構成しています。
「バイクには、全ての温度をコントロールする電子システムがあります。例えば、バッテリー内の冷却液を、ラジエーターを通して流すポンプをオン、オフすることができます。バッテリーの温度を少し温かく保つために冷却液を減らすこともできるし、温度を低く保つために冷却液を増やすこともできます。つまり、全てのセルを一定の温度に保てるようになっているんです」
同席していた製品コミュニケーション部門の責任者であるジュリオ・ファブリさんも「バッテリーの温度を保つことは、マシンが1周目から最終ラップまで安定したパフォーマンスを発揮するために、とても重要なんです」と、付け加えました。
「わたしたちは水でバッテリーを冷却しています。しかし、水がバッテリーパックの中を自由に流れるわけにはいきません……そうなったら、何が起こるかわかりますよね?」と、カネさんは冷却システムの詳細について説明します。
「というわけで、私たちはバッテリー内にいくつかの特別な水路を設け、その水路がバッテリー内のそれぞれのセルに触れるようになっています。そうすることで、バッテリーパックの全てのセルを安定して同じ温度に保っているのです」
バッテリーを水冷する、この冷却システムは、ドゥカティが開発した唯一無二のもの。ファブリさんによると、長くエレクトロニクス部門に携わってきたカネさんが、バッテリーの温度管理を非常に重要だと考え、発案されたそうです。
この話を教えてくれたのはカネさんのインタビューが終わったあと、ファブリさんが実際の「V21L」を見ながら説明してくれていた時のことでした。
「彼は天才なんだ」と、ファブリさんはうなずいて見せました。ファブリさんによれば、2023年、バッテリーにかかわるトラブルは起こらなかったということです。
徹底したバッテリーの温度管理は、充電サイクルをも改善しました。通常であればバッテリーが高温になるような走行後も、すぐに充電を行なうことができるのです。「V21L」は45分でバッテリーの80%の充電が可能です。1回の走行時間は約15分ですから、1時間サイクルで走行と充電を行なうことができるというわけです。
実際に、ポルトガル大会でプラクティス終了後に「Eパドック」を覗くと、まだ終わって間もないというのに何台もの「V21L」が充電を開始していました。
リアの電気ブレーキとバッテリーの冷却システムは、V21Lが備えるなかでも特に注目すべき最先端テクノロジーでしょう。
ドゥカティの電動バイク、市販化はいつ?
詳しく「V21L」を知るにつけ、膨らむのは市販化への期待です。最後に、カネさんに「ドゥカティは、いつ市販の電動バイクを発表するのでしょう?」と聞きました。
「現在の量産電動バイクを見ると、バイクがあまりにも重い。特にバッテリーが重いんです。許容できる航続距離を確保するため、必要なエネルギーをバイクに搭載しようとすれば、非常に重いバイクを作ることになります。とくにパフォーマンス重視のドゥカティにとっては、現在の状況では難しいでしょうね。今後の展開を注視していきましょう」
ドゥカティの電動バイクが公道を走るには、バッテリーの進化が必要だということです。それまでは、サーキットを駆け抜ける電動レーサー「V21L」の走りを観て楽しむことにしましょう。
■FIM Enel MotoE World Championship
2019年にスタートした電動バイクによるチャンピオンシップ。2019年から2022年まではWorld Cup(ワールドカップ)として開催されていたが、2023年よりWorld Championship(世界選手権)となった。MotoGPのヨーロッパ開催グランプリのうち数戦に併催され、2024年シーズンは土曜日に各2レース開催で全8戦16レースが予定されている。バイクはドゥカティ「V21L」のワンメイクで、タイヤはミシュラン。2024年シーズンからエントリーするチャズ・デイビス選手を含め、9チーム18名のライダーが参戦する。
04/27 13:10
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