高齢者医療のスペシャリストが50代にも伝えたい「健診の数値は気にしなくていい」

健康診断の結果が気になる50代にとって、コレステロール・中性脂肪・血糖値…いずれも鬼門ワードです。やれ悪玉が多いだの善玉を増やせだの、医師の診断で薬を真面目に飲んで節制する日々、やがて好きだった趣味にも意欲を失ってしまう――。人生100年時代を快活に生き抜くための考え方を、高齢者専門の精神科医・和田秀樹氏が紹介します。

※本記事は、和田秀樹:著『50歳からの脳老化を防ぐ 脱マンネリ思考』(マガジンハウス新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。

50代は健康診断の数値に異常が出始める年齢

50代の方なら覚えがあると思いますが、これといった病気もなく、体力だってまだまだ十分なのに、ちょっとしたことで「老い」を自覚することが多くなります。

そこでつい気にしてしまうのが健診の数値です。主に血圧、血糖値、コレステロール値などですが、50代というのはいろいろな数値に異常が出始める年齢ですから、健診が近づくとお酒を減らしたり、甘いものや脂っこいものを控えたりする人が結構います。

もちろん気休めですが、それくらい数値を気にするのです。なぜなら一般的な健診で数値の異常が出ると、要精密検査となります。混雑している大きな病院まで出かけて検査を受けなければいけません。これだけでも憂鬱になります。

そして、たいていの場合は、検査データをもとに医者の診断があり、ほぼ間違いなく薬を処方されます。血圧や血糖値やコレステロール値を下げる薬です。しかも、さまざまな注意や指導を医者から受けます。

▲50代は健康診断の数値に異常が出始める年齢 イメージ:Ushico / PIXTA

「塩分は控えなさい」「脂っこいものはダメ」「甘いものもダメ」「お酒はほどほどに」「運動を心がけましょう」……そして医者はとどめの一言を告げます。「一か月後にまた検査しましょう。正常値に戻っているといいですね」

私は高齢者向けの本を何冊か書いてきましたが、そのすべてに「健診の数値は気にしなくていい」と書いてきました。本当は「受けなくていい」と断言したいのですが、職場の健診というのはそうもいきません。50代には言いにくいのです。

でも、ここはあえて言っておきましょう。たとえ健診を受けて数値の異常があれこれ見つかっても、気にしないことです。実際に体調の悪さや、いつもと違う異常を感じているというのでしたら別ですが、気分もいいし食欲もやる気も十分というのでしたら、今がベストなのですから何も気にすることはありません。その理由を簡単に説明してみます。

日本の医学常識を覆す海外の調査結果

血圧と並んで健診の数値で気になる(引っ掛かりやすい)のが血糖値です。ヘモグロビンA1cで示される数値が6.0を超えると糖尿病の予備軍となります。この時点でウンザリするほどの食事制限を受けるのは言うまでもありません。

つまり、一度でも健診の数値が引っ掛かってしまうと、長い期間、食事内容を制限され、薬を飲まされ、定期的に検査を受け続けることになります。普段の生活が健診の数値で、ものすごく不自由になってくるのです。

では、なんのために医学は数値の異常に介入してくるのでしょうか。言うまでもなく、数値を正常に戻すためです。正常に戻せば、病気のリスクが減ると信じられているからです。

ところが、それを真っ向から否定するデータがあります。アメリカの国立衛生研究所の下部組織がこんな研究をしています。糖尿病患者1万人を2つのグループに分けて、1つは標準療法、もう1つのグループには強化療法を試みます。「強化療法群」はヘモグロビンA1cを正常値の6.0%未満に抑え、「標準療法群」は7%~7.9%に抑える緩めの療法です。

今の日本の医学常識を当てはめれば、結果は明白です。「強化療法群」のほうが健康を維持できるはずです。ところが3年半後の死亡率は「強化療法群」のほうが「標準療法群」より高かったのです。

▲日本の医学常識を覆す海外の調査結果 イメージ:Graphs / PIXTA

今度はコレステロール値についてのデータを紹介してみます。フィンランド保険局が1974年から80年にかけて、40~45歳の男性管理職1222人を対象に調査したデータです。

4か月ごとの健康診断に基づいて数値が高い人には薬を処方し、個人の健康管理などをする「介入群」612人と、健康管理に介入しない「放置群」610人に分けて追跡調査をしたところ、がんによる死亡率、心血管系の病気の罹患率や死亡率、挙げ句は自殺者数に至るまで、すべて「介入群」のほうが「放置群」より高かったのです。

10年経てば医学の常識も変わることが多い

コレステロールは細胞膜の主原料で、人間が生きていくためには欠かせないものです。よく「悪玉」「善玉」と呼んで区分することがありますが、どちらも人間にとって重要な働きをしていることに変わりはありません。

けれども、循環器の医者から見ればLDLコレステロール、つまり「悪玉」が増えすぎると血管壁に入り込んで動脈硬化の原因になるとされます。

ところが免疫学者に言わせれば、コレステロールは免疫細胞の材料になるから、コレステロール値が高い人のほうが免疫力が高いとなります。あるいは、コレステロールは脳にセロトニンを運ぶ働きもあるとされますから、数値が高い人ほどうつになりにくいという報告もあります。

さらには老年医学の立場から見れば、コレステロール値の高い人のほうが男性ホルモンが多いため、齢を取っても活性が高いといった研究もあります。「コレステロール値が多少高いほうが病気も少なく、長生きできる」と主張する医者だっているのです。

つまり「こっちにとっては悪くても、あっちにとっては良いこと」というのは、しばしば起こり得るのです。しかし、いくらこういうデータを並べても、循環器の医者が自分の狭い立場にこだわる限り、「そっちには良くても、こっちには悪いこと」となります。

健診で数値に異常が見つかれば、それを正常に戻すことだけ考えますから、相変わらず薬と食事制限を申し渡すでしょう。

ちなみに2015年には、コレステロールを「悪玉」視していた厚生労働省も摂取制限を撤廃しました。卵や肉などいくら食べても大丈夫ということになりました。10年もたてば医学常識が変わることなど、いくらでもあるのです。

▲10年経てば医学の常識も変わることが多い イメージ:horiphoto / PIXTA

健康かどうかは自分が決めればいい

それでは、どうすればいいのでしょうか。とても簡単なことで、少しぐらい数値が高めでも、今が元気ならそれでいい、というのが私の考えです。

体の不調や異常を感じるならともかく、自分が元気で快活だと思えるなら、わざわざ薬を飲んで数値を下げたり、食べたいものを我慢して不満やストレスを感じるより、健康的に生きていくことができます。

実際、肉好きの人が大好きな焼肉を食べて満腹し、「やっぱり美味いな」と思えば自分が元気なことを確認できます。「今日も元気だ、肉が美味い!」という気分になります。幸福感さえ生まれてきます。食欲があって食べ物がおいしい、自分が元気なことを実感できて幸せになる。これで何か問題があるでしょうか。

50代に限らず、毎日の暮らしに幸福感も張り合いもなく、ただ用心しながら生きているだけなら、行動力もどんどん弱まっていくでしょう。もちろん、理想は数値も正常で食べたいものを思う存分食べ、行動力も失わずに生きていくことですが、数値が少しぐらい高くても心の元気さえ失わなければアクティブに生きていけますから、体の元気も保つことができます。

あるいは対人関係です。「仲間と会えば焼き鳥や唐揚げでビールになる。脂っこいものは医者に禁じられているから、やっぱり出かけるのは止めておこう」。そう考えてブレーキをかけてしまうのはよくあることで、それによって友人たちや仲間とも疎遠になっていきます。つまり、交友関係も寂しくなってしまうのです。

専門領域の数値だけを重視する健診に振り回されて、ささやかな幸福感すら失ってしまったら好きなこともできなくなるし、自由だって束縛されてしまうというのが私の考えです。

WHO(世界保健機関)の「健康」の定義はこうなります。「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態であることをいいます」(公益社団法人日本WHO協会・訳)。私もこの定義には同感します。

▲健康かどうかは自分が決めればいい イメージ:8x10 / PIXTA

検査の結果が正常というのは、ただ単にフィジカルが満たされたというだけで、それによってメンタルとソーシャルが満たされなくなったら健康とは言えないからです。

つまり、自分が健康かどうかは主観的であっていいし、自分が決めればいいことなのです。

ジャンルで探す