バスの運行管理者から交通系YouTuberへと転身した綿貫渉の分岐点

体を張った旅行動画や実務経験に基づく考察が人気を博している交通系YouTuberの綿貫渉さん。バス営業所とJRの職員としての勤務歴を持ち、今年の9月に発売した『逆境路線バス職員日誌 車庫の端から日本をのぞくと』(二見書房)など、これまで3冊の書籍を出し、現在はチャンネル登録者数13.5万人と注目を集めている。

そんな綿貫さんに、新卒で入社したバス会社や鉄道会社で勤務していた頃のエピソードから、YouTuberとして活動するに至った経緯など、自分の「好き」を追いかけてきた半生についてインタビューした。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <交通系YouTuber・綿貫渉>

アルバイトがきっかけで乗り物の魅力にハマる

――まずは交通系YouTuberとして活躍されている綿貫さんが、乗り物に興味を持ったきっかけから聞かせてください。

綿貫 意外に思われるかもしれませんが、僕は子どもの頃から乗り物好きだったわけではないんです。高校生の頃に始めた駅員のアルバイトをきっかけに、徐々に乗り物の深い世界にハマり、興味を持つようになりました。

――でも、電車に興味があったから応募されたんですよね?

綿貫 いや、それも偶然なんですよ。高校に入ったときに、両親から「アルバイトをして自分で稼ぎなさい」と言われたんですけど、実際に仕事を探してみると、ほとんどの求人に「16歳以上」と書かれていて、12月生まれの僕は応募することができなかったんです。そんなときに近所の駅で「高校生以上歓迎」と書かれた駅員のアルバイト募集を見つけて、それがきっかけですね。

――駅のアルバイトでは、どんな業務を担当されたのですか?

綿貫 改札口でお客さまの案内や料金の精算、通勤ラッシュ時には構内放送も担当しました。中学生まで新幹線に乗ったことがなかった、というくらいに鉄道との縁が薄かったんですけど、アルバイトで駅名を覚えるために路線図を見ているうちに、行ったことのない遠い場所まで路線が広がっている鉄道の奥深さに気づかされて。何も知識がなかったことで、かえって鉄道にのめり込んでいきました。

――「鉄道ファンは鉄道会社の入社試験に受からない」という噂を聞いたことがありますが、職場に鉄道ファンはどのくらいいましたか?

綿貫 高校時代に勤務した会社は、駅員を目指してアルバイトする高校生がいましたが、社員として働いたJRでは、鉄道ファンは少ないように感じました。ですが、熱心な鉄道ファンではなくても、鉄道をはじめとする乗り物の魅力や素晴らしさを知っている、“ファンではないけれど鉄道は好き”という温度感の方が、僕の周りには多かったように思います。

――高校卒業後には、駒澤大学文学部の地理学科に入学されますが、アルバイトの経験も進路選びに影響しているのでしょうか?

綿貫 そうですね。高校卒業後は“そのまま鉄道会社に就職しようかな?”と思ったこともあるんですけど、いろいろと考えた末に大学に進学することを決めました。学部も「交通の研究もできそう」という軽い気持ちで学部を選びましたが、入学後には興味のある勉強や研究をすることができましたし、充実した時間を過ごせたように思います。

――今回発売された書籍はバスをテーマにしていますが、綿貫さんがバスに興味を持つようになったきっかけは?

綿貫 ゼミの研究で、交通機関の利用状況を調べようと思ったことですかね。最初は、鉄道の利用状況を調査しようと思ったんですけど、個人の研究としては規模が大きすぎるので、鹿児島県の桜島を走っているバスに2日間乗り続けて、その利用状況を調べることにしたんです。

1時間に1本くらいしか走っていない路線バスに乗ってリサーチしたり、バスに関する卒業論文を書いているうちに、バスに対する興味が深まっていって。新卒ではバス会社に総合職で入社することになりました。

――書籍にはバス会社でのさまざまなエピソードが盛り込まれていますが、改めて当時を振り返ってみていかがでしょうか?

綿貫 入社して間もない頃は本社に勤務し、新しく発売されるフリー切符の企画に携わらせてもらったりして、毎日楽しい日々を過ごしていました。その後は営業所への配属が決まり、僕はバスの運行管理を任されることになったんですけど、自分がエリア内を走るバスを動かしている達成感や充実感に、やりがいを感じながら仕事に取り組めたのではないかと思っています。

――バスの営業所に届く苦情の数々についても紹介されていました。

綿貫 僕自身はそこまで多くのクレームを受けたわけではありませんが、それでも「走行中のバスに幅寄せされた」とか「バスの運転士に睨まれた」といった、お客様からのご意見には驚かされましたし、ぶっきらぼうで運転の粗い運転士さんもいらっしゃるので、お客様の声への対応の難しさは日頃から感じていました。

――クレームにはどのように対応していくのでしょう?

綿貫 まずは電話越しに謝罪をさせていただいて、その後はバスに設置されているカメラやドライブレコーダーを確認しながら運転士にヒアリングし、現場の様子を確認させていただく流れになります。最近はさまざまな証拠が残っているので、以前よりはクレーム対応のハードルは下がっているのかなと思います。

――バスの営業所で働いてみて、綿貫さんが驚いたことはありますか?

綿貫 忘れ物の多さですかね。バスが1日の営業を終えると、多い日で数十個くらいの忘れ物が僕の働いていた営業所に届けられます。一番多い忘れ物は傘で、雨が降った日には傘の束が時間を追うごとに増えていくんです。似たような傘がたくさん届けられるので、問い合わせがあったとしても、“きちんとお客様の傘をお返しすることはなかなか難しいな”と感じていました。もし、誰も忘れ物をしなければ、忘れ物対応の業務をなくすことができるんですが、難しいですよね…(苦笑)。

趣味をきっかけにYouTuberへ異例の転身

――その後は、バス会社から鉄道会社への転職を決意されます。

綿貫 ずっと鉄道会社の仕事にも興味があって、新卒のときにも受験しましたが、先に内定をいただいたバス会社に入社することに決めたんです。でも、バス会社で働いているうちに「鉄道の乗務員になってみたい」「今の年齢で鉄道会社に転職すれば、電車とバスの両方の運行に携われるんじゃないか」と考えるようになり、採用試験を受けたら合格しました。

――鉄道会社の採用試験を受けようと思った理由は?

綿貫 鉄道の運転士は養成に時間と費用がかかるため、多くの会社が年齢制限を設けています。そのため、このタイミングを逃したら、運転士になることはできないと思ったことが一番の理由です。僕の場合は、まずは3年半ほど駅員をやったあとで、車掌を2年間担当し、そこから試験を受けて30歳くらいで運転士になるつもりだったんですけど……。

――そのタイミングで“交通系YouTuber”になったんですね。

綿貫 はい。すごく悩みましたけど、会社を退職することに決めました。

――YouTubeチャンネルは、いつ頃からやっていたんですか?

綿貫 鉄道会社に転職して2年目を迎えた2017年から、本格的に動画を作成するようになりました。最初は趣味で撮影した乗り物や旅行の写真を自分のブログで紹介していたんですけど、残念ながらほとんど誰からも見てもらえなくて……。“YouTubeにアップしたほうがいいのでは?”と思って動画を撮影したところ、徐々に再生回数や登録者数が増えていって、だんだん軌道に乗っていきました。

――活動の手応えを感じたタイミングはありますか?

綿貫 「日本一遅い終電に乗る」という動画をアップしたときです。高崎駅に1時37分に到着する高崎線の最終電車に乗るという内容なんですけど、実際にはダイヤ改正の影響で、2番目に遅い終電だったことに気づいて…(苦笑)。あとから「元日本一」に修正しました。

でも、この動画が5万回くらい再生されてから、徐々に登録者数も増えていって、多くの人に見ていただけるようになりました。皆さんが動画を見て、コメントをつけてくださるのが本当にうれしいですし、視聴者の反応がある楽しさはYouTubeの魅力であり、僕のやりがいにもなっています。

〇【元・日本一遅い終電】高崎線高崎行き最終に乗車【午前1:37着】

※2023年11月現在の日本一遅い終電は下記の通り

平日:東武野田線の船橋発七光台行き(七光台1時16分着)
休日:JR京都線・神戸線の京都発西明石行き(西明石1時14分着)、高崎線の東京発高崎行き(高崎1時14分着)

公共交通機関を利用してほしい

――運転士になりたいと思って転職した鉄道会社を辞めて、“交通系YouTuber”として活動することに専念しようと思った理由はなんですか?

綿貫 他の皆さんもそうかもしれませんが、当初はYouTuberとして生計を立てていくつもりは全くなかったんですよ。YouTubeの再生回数や登録者数が徐々に増えてきて、仕事との両立が難しくなってきたことが、退職を決めた最大の理由です。最初は“運転士になりたい”と思って鉄道会社に入り、そのための試験も受けたんですけど、試験の結果を知らぬまま、会社を去ることになったのが少し心残りですね。

――え? 結果が出る前に辞めてしまったんですか。

綿貫 はい。運転士として勤務するためには、試験に合格したあとに1年くらいの長い研修を受ける必要があるんです。YouTubeの活動と両立できたらよかったんですけど、“現実的にはかなり難しいだろうな”と思いまして、残念ながら退職することにしました。でも「鉄道の運転に携わることができたら」という気持ちは変わらないので、例えば鉄道会社さんとのコラボ企画とかで、またチャンスがあれば挑戦したいと思っています。

――退職された背景には、YouTuberとして生計を立てていける、という手応えがあったんですよね?

綿貫 会社を辞めた時点では、YouTuberとして生活していくのはギリギリのラインだと思っていました。でも、当時は会社員として勤務していた頃の貯金もありましたし、もし仮にYouTubeがうまくいかなくても、しばらくは生き延びられますし、タイミングを見て再就職を探せばいいかな? くらいに思っていたので、あまり不安は感じていませんでした。今も続けられているのは、僕の活動を応援してくださっている皆さんのおかげです、本当に感謝してます。

▲本を出すことができるのも応援してくださっている皆さんのおかげです

――公共交通機関の抱えるさまざまな問題についても取材されています。特に地方では鉄道の廃線が相次ぎ、代わりの公共交通機関としてバスが整備されるケースも多く見られますが、公共交通機関の今後についてご意見を聞かせてください。

綿貫 答えのないテーマだと思いますが、利用者の減少が問題の背景にはあると思います。公共交通の利便性は素晴らしいものがありますが、利用者が減ってしまうと、減便や廃線は避けられない。意外なところに便利なバスや鉄道が走っていることもあるので、それらを調べてみて、実際に利用してみる。地道ではありますが、利用することが一番大切なのかなと思っています。

――さまざまなレポートをされていますが、今後訪れてみたい目的地はありますか?

綿貫 基本的には、あまりお金をかけずに、行きたい所に出かけるというスタンスで企画を作っているんですけど、先日動画をアップロードした「日本一高い国道」(群馬県渋峠)に、季節限定で走っているバスがあるので、それは実際に乗って動画にしたいと思っています。あとは、先日、韓国を旅したときに、日本と異なる交通機関の面白さも感じました。コロナ禍の影響もなくなってきたので、海外の動画撮影とかにも出かけてみたいですね。

(取材:白鳥純一)


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