【中村憲剛×小林有吾対談 前編】真っ白な紙にゼロから作る作品が感動を与え人生をも変えてしまう。『アオアシ』を通じて漫画の力を改めて強く感じた
【中村憲剛×小林有吾対談 前編】真っ白な紙にゼロから作る作品が感動を与え人生をも変えてしまう。『アオアシ』を通じて漫画の力を改めて強く感じた
(取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫)
憲剛さんを取材することで、もう一つ先の答えを得たかった
中村
やっと直接、お会いできましたね。
小林
はい、本当に。
中村
待ちわびていたのに、いざこうして会ったら会ったで、いつも会っているような不思議な感覚になります(笑)。
小林
その感覚、分かりますね(笑)。
中村
僕は現役時代からずっと『アオアシ』の愛読者。(2020年シーズン限りで)引退する際に自分のイラストを小林先生に描いていただきました。その感謝の気持ちをどうしても自分の言葉で伝えたくて、川崎フロンターレの元チームメイトで、当時愛媛FCでプレーしていた(森谷)賢太郎が先生と交流を持っていたので、リモートでつないでもらったのがきっかけでしたよね。
小林
別にそこまでされなくてもいいのに、わざわざ直接、お礼を言っていただいて。画面の向こうに憲剛さんがいたときは、「これ現実なのかな」って思いながら会話をした記憶がありますよ。
中村
(交流は)そこからですよね。LINEだったり、オンラインや電話だったり、先生がサッカーのことをいろいろと質問してくれるようになって。
小林
自分のLINEを見たときに、憲剛さんのアドレスがなぜか入っているぞ、と(笑)。
中村
賢太郎が交換してくれていたんですよね。
小林
行くべきか行かないべきか迷ったけど、勇気を出して連絡して質問させていただきました。最初は文面を送ってみたけど、電話のほうが早いとなって、奥さんにも、『ちょっと憲剛さんに電話で聞いてくる』って言うと、『えっ、何それ?』って驚かれました。
中村
奥さまとそんなやりとりがあったんですね。
小林
憲剛さんには、もう一つ先の答えを得たかったんですよね。『アオアシ』がどんどん専門的になって、内容のハードルが上がっていくなかで、(取材などでうかがう)選手のみなさんの言葉がものすごく(作品の)力になっているのは間違いないこと。ちゃんと答えを得てはいるんですけど、さらにもっとこれだっていう確実な答えというか、その先の答えが欲しくて。偶然とはいえ憲剛さんと知り合いになることができたし、僕はありとあらゆる手段を使って(『アオアシ』を)面白くしたい思いが強いので、聞いてみようと思って恐々と連絡したんです。
中村
恐々する必要ないのに(笑)。ちなみに先生のいう答えというのは?
小林
選手ですら本当に考えないと出てこない答えじゃないかな、と。たとえば、素人目にはこっちに絶対パスを出したほうが有利に見えるのに、敢えて選手はこっちにパスを出すことってあるじゃないですか。そういうときの考えを聞きたいというか、そういう取材が楽しいんです。せめぎ合いみたいなところにもなるので。
中村
先生からは、普通なら聞かれないような本当に細かいところを聞かれるので、僕自身すごく新鮮なんです。答えることで言語化して考えを整理できるから、自分自身の勉強にもなる。時間に制限がなければ、ずっと質問が続く感じというか、この熱量が『アオアシ』という作品に反映されていると思いましたし、先生はまさにイメージどおりの人でした。
小林
憲剛さんは言葉のチョイスがうますぎるんですよね。聞いていた頭に映像が浮かびますから。相手の人がちゃんとイメージしやすいように話をする印象です。その点では、サッカー選手のなかで群を抜いているって思いました。
中村
相手が分からなければ意味がないといつも思うんです。サッカーも同じで、チームメイトがイメージしやすいような内容、タイミング、言葉のチョイスはプロ18年で積み上げきたものでもあるので、(聞いてくる)相手がどんなことを欲しているのかを汲み取ってやってきたつもりではあります。
小林
自分も一緒ですね。(漫画も)伝わらないと意味がない。分かりやすくっていうのはものすごく意識します。自分が面白いかどうかっていうよりも、読んだ人が面白いと感じてもらうことが大事。とても共感できる部分です。
小林先生の質問を受けているときは葦人から質問されている感覚になる
中村
ちなみに選手を取材するときってどんな準備をするんですか?
小林
インタビュー記事などあれば全部読んでおきます。もちろんプレーの映像もしっかりチェックしますし、このとき何を思っていたのかなど、聞きたいことを頭に入れて質問表にびっしりと書き込みます。1回の取材で得られる情報量はほかの漫画家さんよりも絶対に多いという自信はあります。その取材の成果が漫画に出ていると思うし、みっちり取材するから絶対にウソは描けないっていう思いもあります。
中村
(自身がモデルともいわれる)司馬明考が描かれたときは色々な意味で感動しました。シンプルに自分がモデルになった選手を描いていただいたこともそうだし、その内容もです。40歳になるシーズン、フロンターレでどういうふうに後輩たちに接してきたか、チームに対する忠誠心を含めてどうやって過ごしてきたかを余すことなく先生にお話をしたことが反映されていたことに。先生から(主人公の)青井葦人を、40歳のベテランのもとでやらせたいんです、と言われた時に、本当に自分が葦人に接するつもりでこれまでの経験談をお伝えしました。作品を読んだら、それがきちんとストーリーに反映されていて「この人、天才だな」って唸ってしまいました。
小林
憲剛さんの雰囲気とか、この人がフィールドにいたらこうなるだろうなっていうことは話を聞いているとよく分かるんです。的確に言語化できて、それも朗らかな感じでしゃべってくれる人がチームにいたら、どういう現象が起きるかって想像できる。だから(取材にしても)文面だけじゃダメで、肉声や雰囲気まで知っておかないといけない気持ちはありました。
中村
それがすごい(笑)。
小林
プロフェッショナルの人に話を聞くのは本当に面白すぎるんです。僕が取材することをここまで好きになったのは『アオアシ』があったからだと思います。
中村
僕の『アオアシ』に対する思い入れを少し語らせていただくと、今までになかったJリーグの育成組織を設定にしていて、かなりリアルに、そして忠実に描かれているところ。そして葦人がフォワードからサイドバックに転向させられますけど、サイドバックが漫画の主人公っておそらく初めてなところ。家庭の経済状況など厳しい背景があるなかで葦人のプロになりたいというギラギラ感、家族が彼を応援してあげたいという思い、愛媛からの旅立ちのところで母からの手紙を読んで涙する……など、僕は第1巻から序盤のところで、しっかり心をつかまれました。「なんだ、この漫画!」って(笑)。『キャプテン翼』から始まって『がんばれ!キッカーズ』や『シュート!』『オフサイド』など、小さい頃から人気サッカー漫画は全部読んできたつもりで、いずれも本当に素晴らしい作品です。ただ強いて言うなら『アオアシ』から伝わってくる熱量は群を抜いている感じが僕のなかではするんです。
小林
プロを目指す子供たちの物語じゃないですか。僕もプロの漫画家になりたかった子供だったので、彼らの気持ちは痛いほど分かる。だから、すべてに感情移入できたのは大きかったと思います。
中村
僕の勝手な印象なんですが、葦人のモデルは先生なんです。先生の質問を受けているとき、どこか葦人から質問されているような感覚になるんですよ。葦人が先生にしか見えないというか。葦人も人に話を聞きにいく選手ということもあるかもしれませんが…。これは合っている、合っていないじゃなくて、あくまで僕が感じたことなので、なんだろう、もう熱量が同じですから。
小林
間違いないと思います。少なくともこの漫画がダメだったら(漫画家として)本当に厳しかった。もう終わりだなっていうギリギリの思いがありましたから。葦人とまるっきり感情が一緒だし、漫画のヒントになるものなら何でもいいから手段を選ばず求めていったところも完全に葦人とリンクしていました。愛媛出身だし、伊予弁だし、母子家庭だし……それは全部、僕なんだと思います。
中村
『アオアシ』はリアルで、鬼気迫る感じがあるんです。サッカー漫画で鬼気迫る感じはなかなかない。そこに漫画への愛を感じます。これは『アオアシ』だけじゃなくて、先生のすべての作品を読んだ感想として、です。仕事として描いているという感覚が、読者の僕のなかではない。つまり、自分の好きなこと、描きたいことがとにかくみんなに届け、と。愛を感じるんです。
小林
ズバリ合っています。
中村
違っていたら、どうしようかってちょっと緊張しました(苦笑)。
小林
自分はとにかく漫画が大好きで、昔からほかに趣味がなくて、漫画がなくなったらやることがないんです。
中村
僕もまったく一緒です。サッカー以外に趣味ありませんから(笑)。フロンターレでは15年間優勝できなかったし、自分がミスして負けたりして落ち込んだこともたくさんありましたけど、翌朝起きてボールを蹴ったら次に向かっていけるのがサッカーの良さでもあるんですよね。それにプレーヤーとして、家族、ファン・サポーター、チームメイト、スタッフと自分を支えてくれる人たちを喜ばせることができるという最高の権利を持っているじゃないですか。それを表現できていた現役時代と比べると、今はまだそれができていないので少しつまらないかも(笑)。『アオアシ』を読んでの受け取り方も、現役のころと引退した今では随分と変わってきているんですよ。
小林
その話、すごく興味あります。
中村
現役時代は葦人や冨樫慶司、大友栄作……東京シティ・エスペリオンFCユースの登場人物のプレーや登場人物と自分が考えるプレーとを重ねながら、プレーヤー目線で読んでいました。でも今は完全にユースの監督である福田達也の目線に切り替わりました。指導する子供たちに福田のように伝えられるかどうか、みたいな。
小林
これまで僕は憲剛さんにはあくまでプレーヤー目線でのお話を聞いてきましたよね。
中村
はい。ただ、福田と僕では背景が違います。彼はスペインでプレーして膝のケガで強制的に現役を終えてしまった人物。福田の心情を思うと、もどかしいとは思います。だって自分がプレーしたかったわけですから。でも、それができない。その夢を本気になって子供たちにつないでいる。そんな彼の姿勢や接し方を見ていると、僕自身、指導者としての覚悟が福田ほどはないんじゃないかなって、そんなことも考えながら。
小林
憲剛さんには本当に深く読んでもらっていてありがたいです。読者のみなさんには、(キャラクターのなかで)どこか自分に似ている人がいるみたいなことがきっとあるとは思うので。
中村
好きなキャラクターで言うと、同じボランチの大友です。
小林
前にもそう言われていましたね(笑)。
中村
カテゴライズすると、僕も大友のように俯瞰で物事を見るタイプなんです。ピッチ内でもそうだし、ピッチ外でも、空気感も含めてふわっと全体を見ようとするのですごくシンパシーを感じるんですよね。身体のサイズが大きくないところや、試合前は緊張しているくせに、ピッと試合開始の笛が鳴ると、やろうぜってスイッチが入るってところも。
小林
大友みたいなプレーヤーがいると楽しくなるだろうなっていうのと、みんな助かるだろうな、とは思っていました。雰囲気ってやっぱり大事。ゲームをやっているんじゃない。人間がやっているスポーツなので、彼の持つ雰囲気というものはとても大切だなと思っています。
『アオアシ』内で作者の想定を超えて育ってきたキャラクターとは?
中村
ひとつ質問いいですか? 葦人をどう成長させるかっていうところで、1学年上に、天才の栗林晴久と強烈な個性を持った阿久津渚は、割と早い段階で(先生の頭のなかに)あったと思うんです。でも阿久津はただ嫌なヤツかと思いきや、対の存在である葦人との触れ合いを通じて実は彼自身も成長しているんですよね。阿久津が『アオアシ』のなかでここまでの存在感になることについて、先生の中でもともとそういう狙いがあって描いていたのかどうか。すごく興味があります。
小林
栗林、阿久津の2人が(葦人にとっての)ラスボスっていう設定ではありました。栗林と見せつつ、強い選手の象徴として阿久津もすごいっていうのは最初から決めていて、単なる嫌なヤツじゃなくて、ちゃんと彼には間違ったことは言っていないという意味での正義があります。たまたま人気が出たから重要キャラにしていこうってことではまったくなかったですね。
中村
では先生からすると、想定以上に重要になっていったキャラクターっていますか? いるとしたら誰?
小林
たとえば大友じゃないですか。
中村
おお。それはちょっと衝撃的。
小林
葦人のサッカーのレベルが上がって2、3年生の中に入っていったら、同学年の1年生キャラクターである大友なんて〝過去にいたよね〟的な存在になっていた可能性だってありますから。ここまでチームの中でも主力でプレーしているっていうのは、自分からしても意外かもしれない。
中村
描いている先生でも、意外に感じる流れがどんどん出ているってところが面白いですね(笑)。
小林
これは以前、憲剛さんに言ったと思うんですけど、1年生フォワードの橘総一朗だって、当初は(ユースの)セレクションに落ちる予定でしたから。それを途中で方針転換して、受かったキャラクターでもありました。
中村
普段ユースを見ている立場からすると、一般的に1年生が試合に出るのは簡単ではないですし、あそこまで多くの選手が試合に絡むのは稀なんです。だけど『アオアシ』にはリアリティがないんじゃない。1年生の成長をしっかり描いているから納得感があります。これってすごいことだとは思うんですよね。
小林
憲剛さんにそう言っていただき、うれしい限りです。
中村
漫画は何もない真っ白な紙のうえに、ゼロから作品をつくっていくわけじゃないですか。先生の漫画への熱い想いを乗せた作品が、多くの人に感動を与え、気づきを示し、読者の人生を変えてしまうことだってあると思うんです。『アオアシ』を通じて漫画の力というものを、あらためて感じています。それがどれだけすごいことか。
小林
自分こそ子供のころにいろんな漫画の名作を読んで人生が決まったようなものなんです。だから憲剛さんのおっしゃった意味はすごく分かります。
中村
じゃあ後編は、漫画に出会う先生の少年時代の話からうかがっていきましょうか。
後編に続く。10月5日(土)配信予定です。お楽しみに!
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09/28 09:30
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