なぜ女子中学生はコンパスの針と墨汁で自身に刺青を彫ったのか──タトゥーを入れた女と消した女

かとうゆうか「育ちの良い人だけが知らないこと」

なぜ女子中学生はコンパスの針と墨汁で自身に刺青を彫ったのか──タトゥーを入れた女と消した女

マーダーミステリー作家・かとうゆうかさんの、初のノンフィクション連載『育ちの良い人だけが知らないこと』。
前回はイントロダクションとして、かとうさんが生まれた「治安が悪い地方」と、そこからどのように「育ちの良さ」を擬態したのかが語られました。
今回からは、タトゥー編です。彼女たちはなぜタトゥーを入れたのでしょうか?

イメージ画像:PIXTA

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「タトゥー=反社会的」なイメージは過去のもの?

私が左足首と耳の裏と右腕に小さなタトゥーを入れた理由が「育ちの悪さ」に由来するものかは定かではない。
カナダやイギリスへの留学を経験し十分な教育を受けた友人にも、Amazonに勤務するハイスペックで育ちの良い知人にもタトゥーが入っているからだ。

最近ではネットの広がりにより著名人がタトゥーを公開したり、人を見た目で判断するのはナンセンスというルッキズム的価値観から、タトゥーがアートやカルチャーとして捉えられ目にする機会が多い。
一昔前の「タトゥー=反社会的」なイメージに比べればファッションや個性として見られることにも寛容になりつつある。

だが京都のタクシーに乗った際、運転手さんから
「観光の外人さんってタトゥーを入れてはる人が多いけどあれみんなヤクザなん?」
と話しかけられたのは2023年の11月だし、タトゥーと縁遠い人生を送ってきたであろう芦屋出身ののんびりとした友人にパートナーについて聞かれ「外見はタトゥーだらけの人」と答えたとき「大丈夫な人なの?ちゃんと仕事してる?」と眉をひそめられたことがあり、今でも偏見や嫌悪感を持つ人は少なくないことを肌で感じている。

私がタトゥーを入れた理由は
「タトゥーだらけで革のライダースを着た白髪のおばあちゃんってかっこいいな」
と思ったからで、それはやはりネットの影響だった。Instagramで海外のファンキーなおばあちゃんのポストを偶然見つけたのだ。

だが「よし、彫ろうかな」と思った翌週にコンビニエンスな感覚でタトゥーを入れた訳も「思ったより痛かったからやっぱり全身に入れるのは無理かも」とタトゥーだらけにするのを易々とギブアップした訳も、昔からタトゥーを目にする機会が多く慣れていてそれほどのビッグイベントではないという認識からかもしれない。

これは「育ち」に関係している部分である。

15歳のとき初めて交際した年上の彼氏にも顔と首と足以外にタトゥーがびっしり入っていたし、「親孝行をしてて高校に行けなかった」という話が持ちネタの幼馴染の葵に対してもタトゥーに関する思い出がある。

治安の悪い地元で一番親しかった葵は、優秀な兄ばかりを可愛がる両親の気を引くためか学校に通うことをやめ、飲酒、喫煙、万引き、深夜徘徊、盗んだ果物を無理矢理老人に売りつけるといった犯罪行為を正体不明の『先輩』たちと共に行っていた。
私は中学2年生だったとき自分の太くて毛量の多い髪と母が買ってくる服が大嫌いだった。だから葵のセルフブリーチのためにまだらに色の抜けた黄色い髪の毛や派手なガルフィーのスエット、冬なのに履いているハローキティのサンダルを見て「自分で好きな外見を選べるなんて大人みたい」だと憧れた。

葵は私と共に過ごすとき、漫画や恋愛や教師の愚痴などの他愛もない話で泣いたり怒ったり笑ったりした。普通のどこにでもいる中学2年生のように。
しかし時々「先輩たちに輪姦された」、「援助交際をさせられた」といった話が出ることもあった。
目の前の彼女と彼女の口から出る言葉たちはひどく乖離していて、私の脳は葵の口から出る話を現実として受け入れることをしなかった。

ある日葵は
「刺青を入れたいけどお金がないから」
と自分で自分に刺青を入れた。

和彫りに憧れていたらしく、彼女は「タトゥー」ではなく「刺青」と呼んだ。

6畳にも満たない葵の部屋の湿ったカーペットの上で私は葵の行為を見ていた。
葵が座るコクヨの学習机の上の灰皿には『クール・ブースト・フレッシュ』の吸い殻が溜まって、机の上に灰が落ちていた。
葵は下書きもせずに数学の授業で使っていたコンパスの針の先に書道の授業で使う墨汁をたっぷりと付け、左手の薬指に『葵』という1文字と、左手の中指に重ね付けをした指輪の跡のような3本の線をゆっくりと彫った。
まるで自傷行為を見せつけるかのようだった。

墨汁が滲んで、ひどく歪な仕上がりだった。

その自傷行為のようなセルフ刺青の手順は、悪い先輩のセルフ刺青からインスパイアされたものだった。
先輩は割り箸に裁縫針を挟んでゴムで止め、墨汁で手の甲に彫っている様子を葵に見せたという。

私は葵の指に刺青が彫られていくのを止めることはしなかった。
刺青が彼女の両親に見つかって心配されることを彼女が望んでいることは子供ながらに理解していたし、彫っている最中の葵の態度がどこか自慢気に見えたからだ。
彼女の腕に無数にある根性焼きの跡のように、それを誇らしげに私に見せることで彼女の虚栄心は満たされていたのだろうか。
私は鼻の穴を膨らませて「こんなに簡単にできることが一生消えないのか」と刺青が彫られて行くのをただ見ていた。心配というよりも、わくわくと興奮していた。

後戻りができなくなった葵に向かって
「消したくなったらどうするの?」
というどうしようもなく配慮に欠けた質問をした。
「消したくならないから大丈夫」
と葵は答えた。

それから15年以上が経ち二児の母になった葵の指には、今でもあの日の滲んだ文字が刻まれている。

タトゥーを消す選択

葵のように若気の至りで入れたタトゥーをそのままにしている人もいるが、私の周囲にはお金と時間をかけてタトゥーを消す選択をした人がいる。

タトゥーを消す方法はレーザーで焼いて消すか、皮膚を切りとって縫い付けるか、皮膚を自家移植する方法の3つである。
レーザーで焼いて消す場合、個人差はあるが複数回の照射が必要となるため根気よく通院しなければならない。
アクセサリー店で働く友人の右腕の外側は、一見他の人と比べて薄く透けた血管が非常に多いように見える。これは血管ではなくレーザーによる照射でタトゥーを消したが完全な肌色までは消えなかったものである。
彼女は右腕に8回の照射を行った。色素は薄くなったものの、照射前と後で写真を見比べるとはっきりと違いがわかる。完全に色素を消すことは簡単ではないのだ。

レーザーではなく、皮膚を切り取る方法でタトゥーを消した友人もいる。
都内の映像制作会社に勤務する玲奈の背中には、うなじから肩甲骨の下までの大きな傷跡が縦に入っている。これは彼女が16歳のときに入れた牡丹のタトゥーを25歳のときに皮膚ごと切除し、縫い合わせた跡だ。

私が玲奈と知り合ったのは8年近く前になる。
テレビ局関係者が多く集まる飲み会で、当時かなりアウトな下ネタを連発していた玲奈は誰よりもオジサン達を沸かせていた。
「二人でどこか行こうよ」と口説くオジサンを「奥さんと一緒に3Pならいいですよ〜」と笑顔でかわしているのを見て「この子は只者ではない」とピンときた私は玲奈と仲良くなりたくて、頻繁に飲みの場に誘うようになった。

玲奈の話はいつも想像の範囲を飛び越えており、刺激的だった。
アプローチがしつこい男性を家に呼んで期待値を高めておいてゲイバーで働くマッチョを同席させたり、突然交際0日婚をしては一度も手を触れ合うこともないまま突然離婚したり、「好きな人たちからの体液を浴びたい」という理由からスタジオをレンタルして数十人の男友達を集めて精液だけ浴びたりという奇行を行ってはいつも目を細めニコニコと悪戯っぽく笑いながら報告をしてくれた。

半年ほど会わなかった期間で、彼女の背中に大きな傷跡がくっきりと残っていたからひどく驚いた。

脂肪が極端に少なかったり皮が伸びなかったりする部位は皮膚を切り取って縫い付けることは不可能だが、玲奈の場合、背中の皮膚のタトゥーの部分を2回に分けて切り取って縫い付けたという。
傷跡を完全に消さずに残すよう執刀医に頼んだと言うので、驚いて「傷跡は目立たない方が良いんじゃないの?」と尋ねると

「痛かったことなんてすぐ忘れるから、またタトゥーを入れたくなったら入れちゃうかもしれない。でも消すたびにこんなに大変な傷が残るってことは傷を見れば思い出すから、それなら簡単に入れようとはしないでしょ」

と彼女はいつものようににっこり笑った。

玲奈が笑うと垂れた目尻から目頭までぷっくりとした涙袋がさらに膨らみ、子供のように愛らしい。
足の先から頭のてっぺんまで全身をハイブランドで固めている。幼い顔立ちとは比例しないどこから見ても隙のない装いからは彼女の武装した心を感じさせられる。

玲奈に前回会ったのは六本木の食事会だった。
そこで開始30分も経たないうちにアパレル業を営む男性が「お腹出てるけどビール飲みすぎた?(笑)」と玲奈をからかい「そういういじり方つまんねぇんだよ」と彼女は平静なテンションでブチ切れ、お店をしんと静まらせた。
彼女は決して自分が感じた違和感を流さないし、自分の尊厳を傷つける者を容赦せずに打ちのめす。

私は20代前半の頃に、肌が汚かった時期がある。その当時よく知らない人から「肌やばいね、病気?」などという言葉を冗談めかして投げつけられたこともあるのだが、そんな時は決まって心を防御する準備が間に合わずに傷ついたり、その言葉を反射的に受け入れたことで驚いて固まってしまったり、一緒にいる友達に気を遣わせまいとヘラヘラ笑ったりして、自己肯定感がバラバラに崩れ落ちたものだ。私はそんな私が好きではなかった。
だから自分との約束に忠実な彼女を好ましく思うし、私は玲奈からどんな状況においても自分の気持ちを優先してもいいのだと教えてもらった。

玲奈は今の仕事をする前に風俗をしていたことがあり、仕事中においても失礼な態度の客がいたらプレイの際に求められる「可愛くて官能的な女の子」の演技を途中でやめた。
「お金を払った分のプレイはやってもいい。でもあなたの態度が失礼だからもう一言も話さない。嫌なら帰れ」と度々客に淡々とキレては、逆上した客を店長が鎮めた。
「私を傷つける人とは少しの時間も共にしたくない」。
それは玲奈が実父に深く傷つけられた過去を持ち、自分を傷つける者を二度と周りに置かないことに決めているからだ。

「切り取った皮膚がほしいから買わせてほしい!」

玲奈がタトゥーを入れる前の年、15歳の彼女は父親がネットで探した相手に初めて身体を開いた。そして、父はその金で外食に行き、彼女にはシャンプーなどの日用品を買ってきた。
経済的に豊かではない暮らしと思うように動かない身体が彼女の父親をそうさせた。まだ子供だった玲奈が身体を売って得た金銭を渡すと父は喜んで出かけて行ったという。
心の強い痛みによって感情が麻痺することで生きることができた当時の玲奈は、タトゥーをなんらかの覚悟によって入れたわけではない。思春期にそんな経験をした彼女にとって、タトゥーを入れることは大したことではなかった。
「彫り師に勧められた中で一番可愛いと思った」。
それが彫ることを決めた牡丹の花だった。

だがタトゥーを消すことは入れたときとはまるで違って、相当な覚悟を要するものだった。
痛み、ダウンタイムの時間、傷跡、手術のための高いお金など、消さない理由はいくらでも思いつく。
それでもタトゥーを消そうと決めたのは、元彼との間に子供を授かったことだった。

風俗で働いていた当時付き合っていた貿易会社の社員との間に子供ができた。だが彼は玲奈と結婚するつもりはなく、子供の中絶を望んだ。
玲奈は「風俗以外の仕事をするから結婚して産みたい」と彼に掛け合ったが、彼は「どうせタトゥーの女なんて風俗しかできない」と冷たく玲奈を突き放した。
その言葉に涙が出るほどの腹立たしさを覚えたが、就職したことがなかったため言い返すことができなかった。
彼女は彼と別れて子供を諦めたが、もう二度とそのような気持ちを味わわないためにタトゥーを消して就職し、全力で仕事に取り組み始めた。

玲奈は風俗で出会い仲良くなった客に
「背中のタトゥーを消すために皮を切り取ることにした」
と話すと、客は
「切り取った皮膚がほしいから買わせてほしい!」
と玲奈に懇願した。何に使うのか聞くと
「皮膚を焼いて食べてみたい」
と言うため、面白半分で10万円で売ることにした。

しかし執刀医に皮膚が欲しい旨を伝えると
「医療廃棄物だからなぁ……」
と難色を示される。医療廃棄物は、文字通り廃棄しなくてはならない。
玲奈は諦めずに「亡くなった家族との思い出がある」と執刀医を説得して無事に皮を手に入れた。

だがそれは既にホルマリン漬けにされた状態になっていた。
ホルマリンは毒物として体内に蓄積されるため食べることはできない(人間の皮膚も倫理的には食べることはできないはずなのだが)。
客は10万円で買ったホルマリン漬けの皮を焼肉にすることを諦めたが、代わりにその皮に付着していた皮脂を使ってランプに火を灯した。
その火力で、玲奈と一緒にスーパーで買ってきた肉を焼いて、焼肉を楽しんだ。

「ファンキーなおばあちゃん」になるためにまだまだ増やしてもいい

「美味しかった?自分の皮脂で焼いたお肉は」
「お肉はお肉だよ。いつ食べても美味しい」
「そりゃそうか。私もいつかタトゥーを消したくなったりするのかな」
「私の傷跡を見た後にも新しく彫ってるんだから、ならないんじゃない」

玲奈はしばらく開いていなかったスマホのチェックに気を取られながら答える。
毎月会うほど頻繁ではないのに、会えば毎週一緒にいるかもしれないと錯覚するほど自然で、過剰なパフォーマンスをせずに会話ができる関係は居心地が良い。

これから先、私もライフステージの変化によって堂々と肌を出すことができなくなる日が来るのかもしれないし、或いはタトゥーを入れたことを後悔する日が来るのかもしれない。
一方で憧れの「ファンキーなおばあちゃん」になるためにまだまだ増やしてもいいという気持ちもある。

何をするにも自分の責任が伴う。
それならば思う存分、右往左往して選択したいと思う。

 次回連載第3回は4/2(火)公開予定です。

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