警察にコードネーム!?【逃げる技術!第7回】DV避難の前にやること
警察にコードネーム!?【逃げる技術!第7回】DV避難の前にやること
イラスト/藤井セイラ 監修/太田啓子弁護士(湘南合同法律事務所)
弁護士さん直伝! 役所で真っ先にすべき手続き
第5回では、DV避難の前に役所でチェックしたほうがよいことについて書きました。「予防接種券、医療証などの行政からの重要な送付物をどう受け取るか」「児童手当や幼保無償化償還金の振込先は変えられるのか」「国民健康保険への加入方法」などです。
これらは役所のDV相談で教えてもらったことなのですが、それとは別に弁護士さんとの初回の相談で「すぐにやってくださいね!」といわれた手続きがあります。
それは、「離婚不受理届」です。これを最初に耳にしたときは
「えっ、離婚をしたいのに離婚不受理とはいったい・・・・・・?」
とふしぎに思いました。
弁護士さんの説明は、こうでした。
「財産分与など離婚の諸条件がまだ決まっていない状況なのに、相手が勝手にこちらの署名・押印をして離婚届を出してしまう、というケースも可能性としてはありえます。
役所では、夫婦それぞれ本人が署名・押印したかまではチェックせずに受け付けますから、その離婚届は受理されるでしょう。いったん受理されると、くつがえすための手続はあるのですが、家庭裁判所に申し立てをする必要があり、大変な手間と時間がかかるんです。
ですから、先手を打って『わたし以外の人間が離婚届を持ってきても、わたしに確認せずにすんなりと受理しないでくださいね』という届出が出せることになっています」
「不受理届」で、勝手に離婚届が受理されないようブロック
それを聞いて、はぁぁぁぁ〜と妙に感心してしまいました。「勝手な内容の離婚届を出すですって? そんな悪いことをするやつがいるんだな!」という感心です。
先手を打つための法的手段が用意されているくらいですから、きっとこれまでそういうことをした先人たちがいたのでしょう。
なお、この届け出は、自治体の戸籍課でできます。結婚相手がどんな人かにもよりますが、ある意味、最重要の手続きといってもいいかもしれません。
夫から逃げようとはしているのですが、自分の中では、そうはいっても15年連れそった夫です。
いやまあ、たしかに客観的にみればとんでもない夫かもしれないけれども、まさかそんなひどいことまでするかな? と相手を信じたい気持ちもまだまだあって、弁護士さんや相談員さんが
「DV離婚ではこういうケースもあるから、あらかじめこうしておきましょうね!」
とアドバイスしてくださる度に
「はい」
と素直に返事をしつつ、内心、半信半疑なところもありました。いえいえ、うちの夫はさすがにそこまでひどいことはしませんよ、もっと話が通じるはず、うちの夫に限って、と。
まあ、わたしのこの甘い期待はのちに痛快なほどに裏切られていきます。いま現在も鮮やかに胸をえぐる発言が、離婚調停の場でしばしば繰り出されます。メールで送られてもきます。
その度に、ぐはぁ、とバトルもののマンガのように吹き飛ばされる思いです。ボディブローです。すぐに頭を振り払って忘れたいのに、夫の言葉は日常のあちこちでふと思い出され、わたしの心を暗くします。
夫は、弁護士さんや相談員さんの想定するラインすら軽々と超えていく猛者だったのです。ただ、夫の名誉のためにつけくわえておきますと、弁護士さんや相談員さんから「こういうことをする男性も多いので、気をつけて」と伝えられたものの、我が家ではまったく起こらなかった事柄もたくさんありました。
例えば、一時避難先のホテルをつきとめてやってくるとか、わたしの実家を訪問するとか、学校や園に子どもを迎えにくる、自宅に残していった持ち物を勝手に処分する、戻ってこられないように自宅の鍵を交換してしまう、などです。
ただ、また機会があれば書きますが、そういったこととは別に、うわー、夫からこんなことをされるのか……、とみじめに思わされた出来事もありました。15年間一緒に暮らしても、相手のことって全然わからないものなんですね。人間っておもしろいものです。
DV離婚を検討したら、役所の戸籍課で「離婚不受理届」の提出を。
住民票を動かすことで怒りを買う可能性が
また、住民票の異動についても役所の福祉課で相談しました。すまいを移したときに住民票も異動させるべきなのかどうか、と。すると即座に女性相談員さんからは「いえ、すぐに移すのはやめたほうがいいですね」と止められました。
パートナーに現住所を把握されかねないリスクもありますし(これについては後述の「支援措置」についても読んで下さい)、なんと、住民票を移すことでパートナーを刺激し、怒りを買うこともあるのだそうです。
いったいなぜ? と思うのですが、DV加害者がなにかの用事で住民票の写しをとったときに、「あれっ! うちの世帯に自分ひとりしかいないじゃないか」と気づくと「なにー、あいつめ、勝手に世帯から抜けやがって!!」と烈火のごとく怒りだすケースがあるのだそうです。
理解しがたい心理ですが、DVをする人というのは相手を自分の配下にある、所有物であると思っているふしがあります。ですから、メンバーが自分の監督しているチームから勝手に抜けるのが許せないのかもしれません。
もちろん、子どもに世帯を抜けられるとそれまで受給していた児童手当をもらいそこねる、などの経済的デメリットもあるのかもしれませんが、やはりメンツや支配欲、所有意識の問題が大きいように思います。
住民票を移すときには「支援措置」を
ということで、家出をしてもすぐに住民票を移す必要はないといわれました。わたしは住民票はいまだ移してはおらず、しかし現時点ではさほど困ったことは起きていません。ただ、これはおなじ自治体の中での引っ越しだからであって、実家など遠方に引っ越すと、また状況が異なってくるでしょう。
DV避難の引越しで住民票を移す場合には、加害者に転居先を知らせないようにする「支援措置」という手続きをとることができます。住民票を異動させるときに「支援措置をかけてください」と窓口で頼みましょう。これによって、加害者からの住民票の閲覧、戸籍の附票の写しの交付等を制限できます。
長年、支援措置関連の仕事を担当してきた職員の方によると、支援措置について「DV等によって傷ついた人生を再建する杖の役割を果たしています。必要がなくなれば、杖は自分から使わなくなるものですし、必要な間は使えばよい、そういう制度です」(※1)と表現されています。必要ならためらわずに使うべき制度です。
(※1)戸籍時報 2021年10月号「安全・安心のDV等被害者支援措置制度」についての質問等回答(1) (大阪府堺市中区役所市民課住民登録係 上田慶司)
支援措置も、100パーセント万全ということはない
ただし、ヒューマンエラーの事例は過去にあり、残念ながら万全とはいえません。
例えば香川県三木町では、支援措置を受けていた女性の住所などを記載した戸籍附票の写しを元夫の代理人弁護士に対して誤って2回交付しています。三木町は女性から提訴され、2023年12月に訴訟上の和解において謝罪し、解決金35万円を支払いました(※2)。
(※2) https://www3.nhk.or.jp/lnews/takamatsu/20231222/8030017526.html
また神奈川県逗子市では、ストーカー行為をしていた男性が、探偵を使って被害女性の住所を割り出し、女性が支援措置をかけていたにもかかわらず市役所から情報が漏れてしまったというケースもありました。
2012年11月、このストーカー男性は被害者宅を訪れて彼女を殺害し、その後に自殺するという、最悪の結末を迎えています。市は女性遺族から提訴され、損害賠償金を支払うこととなりました。
ここまでの執拗な加害例はまれかもしれませんが、しかし実際に起きています。もしご自身のケースについて不安なことがあれば、役所の担当者に率直に事情を伝え、ご相談されることをおすすめします。
また、第5回でも書きましたが、郵便局の転送サービスを使うと、相手が弁護士に頼めば転送先を調べることができてしまうので、新住所を知られたくないときには利用しないほうがよいでしょう。
DVで引っ越してもすぐに住民票を移す必要はありません。世帯から抜けることで、相手の感情を害する場合も。住民票を異動するときは「支援措置」で相手に転居先を知られないように。郵便局の転送サービスでは新住所がバレる可能性があります。
警察や弁護士さんに「コードネーム」を授ける
役所の相談員さんは、「弁護士さんと自治体の他にも、連絡しておいたほうがよい先がありますよ」と教えてくださいました。
それは地域の警察の生活安全課です。「自分の住所+警察」で検索すると、管轄の警察署の電話番号が出ますから、その代表番号に電話をかけて、「生活安全課をお願いします」と言えばつないでもらえます。生活安全課というのは、DVやストーカー被害を取り扱っている部署です。
あらかじめ「DVを受けている」「身体の暴力がある/ない」「他に区役所にも相談している」「逃げる予定がある/ない」といったことを伝えておけば、緊急で110番せざるをえないようないわゆる「警察沙汰」になったり、自分の家出後にパートナーが警察に相談にいったりしたときにも、向こうの話の理解が早くなります。
相談員さんは「ああそうだ。藤井さん、警察や弁護士さんの電話番号をスマホに登録するときには『仮名』にして下さいね。なにかコードネームをつけましょう」といってにっこりほほえみました。
どういうことかな、と思っていると「パートナーにスマホの着信画面を見られて、DVについて相談していることがバレて逃げる計画が頓挫、ということがときどきあるんですよ」と続けられたので、背筋がひやっとしました。
それで後日、わたしは警察に連絡し、担当についてくださった○○警察署の○○さんの電話番号を「〇〇クリニック・○○先生」とスマートフォンに登録したのでした。
DVについて、管轄の警察署の生活安全課に相談をしておきましょう。
避難の予定がなくても、DVを受けている場合には早めの相談が大切です。
弁護士、警察、自治体など相談先の電話番号をスマホに登録するときは「仮名」で。相談していることがバレると、DVがエスカレートしたり、行動しづらくなる可能性が。
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能登半島地震の被災地の方々の、一刻も早い生活の復旧をお祈りしております。
1月1日、わたしも子どもたちと津波警報を受けて高台に逃げ、避難所で一晩を過ごしました。次回は、番外編として、その際に気づいた津波・地震の際の「逃げる」ポイントについて書いてみたいと思っています。
当連載は毎月第1、第3月曜更新です。次回は2月5日(月)公開予定です。
01/15 20:00
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