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上京した自分は正しかったのか――チェンソーマン作者の『ルックバック』から考える、人生の迷いとためらい

SNSで話題となった漫画『ルックバック』。それを機に、上京という人生の選択肢について、フリーライターの県庁坂のぼるさんが持論を展開します。

ネット上で多くの称賛

 7月19日(月)に漫画アプリ『少年ジャンプ+』に掲載された、『チェンソーマン』を手掛ける藤本タツキ氏の新作読切『ルックバック』が大きな反響を呼んでいます。

「ルックバック」(画像:藤本タツキ/集英社)

 同作は、小学生時代から始まるふたりの女性の人生を描く「新時代青春物語」。公開直後から反響を呼び、インターネット上は多くの称賛のコメントであふれています。感想はさまざまあるでしょうが、読者ひとりひとりに

「人生であのときに、あの選択をしていればどうなっただろうか」

と、考える機会を与えることが作品の大きな要素になっているように思います。

 ふたりは学年新聞の4コマ漫画を通じて知り合い、ひとりは地元の美大へ進学、もうひとりは上京して漫画家に。その後の事件と人生の「if」が描かれていきます。地方出身でいまは東京で暮らす多くの人が、物語を通じて

「あのとき、東京に行くことを選択したのは正解だったのだろうか」

と考えているのではないかと思います。

藤子不二雄Aも人生の選択肢に悩んだ

『ルックバック』だけでなく、上京を描いた作品はとても多いですが、まず思い出されるのは、藤子不二雄Aの自伝的漫画『まんが道』です。

『まんが道』(画像:小学館)

 作者自身をモデルにした主人公・満賀道雄は、作中でともに漫画道を歩んできた才野茂(藤子・F・不二雄がモデル)に促され、勤めていた新聞社を辞めて上京することを決めます。

 よく考えてみれば、かなりむちゃな選択肢です。後年発表された、続編の『愛…しりそめし頃に… 満賀道雄の青春』では、そのときのためらいと自身の選択肢が間違っていなかったという思いが描かれています。ただそれも、漫画家として成功したからこそ語れる思いでしょう。

 進学に限らず、毎年多くの人がさまざまな夢を持って上京しますが、当初の志を実現できる人は一握りです。そんな人たちが全国から集まるから、東京は魅力的な都市なのです。

「UIターン・地方就職」希望の学生は約半数も

「UIターン・地方就職」希望の学生は約半数も

 しかし現在、東京を目指す若者は次第に減少しているようです。

 就職情報会社・学情(中央区銀座)では例年、大学生・大学院生を対象として、就職活動に関するアンケートを実施しています。

コロナ禍の大学生イメージ(画像:写真AC)

 2021年5月に発表された2022年3月卒業予定者を対象にしたアンケートでは、「UIターンや地方での就職」を希望する学生が47.4%と、2020年6月の調査と比較して25.6%も増加しています。その内、UIターンの勤務地に「出身の都道府県」を選んだのはなんと69.3%に上りました。

 次いで「出身の都道府県に近く、求人の多い地域」は36.3%、「首都圏へのアクセスが良い地域」は19.6%となっており、「脱東京」志向の高まりがうかがえます。

「脱東京」志向が高まっているワケ

「脱東京」志向が高まっている理由は、言うまでもなく新型コロナウイルスの影響なしには語れません。

 UIターンや地方での就職を希望する最多の理由は「家族と一緒に暮らしたいと思うから」で29.6%、次いで「必ずしも都市部に住んでいる必要を感じなくなったから」の28.8%となっています。

 コロナ禍で都市での人のつながりが断たれてしまう不安や、オンライン授業などの普及が「脱東京」の意識を加速させていると考えられます。

 ただ、脱東京、地元志向はコロナ以前より、顕在化していました。とりわけ、上京の大きな理由である進学ではその傾向が強まっていました。

『毎日新聞』2017年3月14日付朝刊では、受験生の地元志向に対して都内の私立大学が相次いで独自の奨学金を創設し、学生確保を目指していることが報じられています。

 この記事によれば、早稲田大学(新宿区戸塚町)では2017年度から、春学期の授業料を免除する奨学金を創設しています。それまで年40万円の支給だったのが、60~80万円の授業料が全額免除になるわけですから、大きな改革です。

新宿区戸塚町にある早稲田大学(画像:写真AC)

 この背景には、関東出身の学生の割合が2016年度の入試で上昇し、同年度には合格者の77.55%が関東出身となり、多様性が失われていることの危機感があると記されています。

上京して私立大学に通うだけでも大変な時代

上京して私立大学に通うだけでも大変な時代

 上京の最良の理由だった進学が衰え、地元志向の高まっている最大の理由は、学費を含めた費用が高額なことです。

 全国大学生活協同組合連合会(杉並区和田)が126の大学で行った「2016年度保護者に聞く新入生調査」によると、受験から入学までにかかった費用は、次のようになっています。

杉並区和田にある全国大学生活協同組合連合会(画像:(C)Google)

●自宅生
国公立:125万6300円
私立:149万2100円

●下宿生
国公立:200万8000円
私立:222万2700円

 この結果を見れば、上京して私立大学に通うだけで、かなりの決意と経済力が必要になることがわかります。それなら地元でもいいと考える若者は増えているのは当然と言えるかもしれません。

 コロナ禍は、この地元志向をさらに強める要素となっています。

 首都圏の大学を志望する傾向が強いとされる長野県でも、2021年春に県内大学へ進学した人の割合は22.9%で前年度比2.8%増と、東京の難関私立を目指す成績上位層が地元国立の信州大学(松本市)に志望を切り替える傾向が見られます(『朝日新聞』2021年6月17日付朝刊)。

時代の閉塞感を打ち破るために……

 東京は今後、大志を抱く人たちが集まる魅力的な都市ではなくなってしまうのでしょうか?そんなことはないと筆者は考えます。いつの時代も自由に夢を追いたい人たちの生きる都市として、東京は欠かせない存在だからです。

 国土交通省の「企業等の東京一極集中に関する懇談会」が2021年1月にまとめた提言では、東京一極集中の原因として

・大学や企業の本社の集中
・生まれ育った地元の不便さや閉塞(へいそく)感

が指摘されています。

多くの人が行き交う東京(画像:写真AC)

 地方には多くの魅力もありますが、同時に人口の少なさに由来する閉塞感も否めません。そうした空気になじめない人が、自分の生き方を考えるときの選択肢として、東京はなくてはならないのです。

 コロナ禍の東京には多くの困難に満ちあふれています。それでも東京を目指す人たちには独特の魅力があり、芸術や文化など、まだ見ぬ何かを生み出してくれると期待しています。

 人生の選択肢は無数ですから、そのときどきで後悔のないように生きたいものです。筆者も『ルックバック』を読み返し、改めて考えてみようと思います。

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