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コロナ後に行きたい東京の「珍名祭り」と全国の奇祭 くらやみ、だらだら、べらぼう……?

コロナ禍で中止や規模縮小を余儀なくされている全国の「祭り」。あらためてその意義を考える機会にもなっています。東京をはじめ全国の祭りを訪ね歩いたノンフィクション作家の合田一道さんが、その一部をご紹介。コロナが収束したら、ぜひ一度見に行きたいものばかりです。

中止・縮小が相次ぐコロナ禍で

 新型コロナウイルス感染拡大により、東京はもちろん全国的にも2021年のゴールデンウイークは自粛が要請されています。長い歴史を持つ「祭り」の中にも、2020年に続いて中止や規模縮小を余儀なくされたものが数多くあります。

 日本の伝統文化の継承を危ぶむ声も上がる中、コロナが収束したらまた祭りに足を運びたいという願いを込めて、今回は東京をはじめ各地に伝わるさまざまな祭りを紹介しましょう。

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 浅草神社(台東区浅草)の三社祭は、大神輿(みこし)を筆頭に氏子44か町から大小100基余りの神輿が出て、境内は大勢の見物客でごった返します。

 この「三社」の由来ですが、もとをたどると浅草寺には本尊の観音像のほかに、三社権現と称する神が安置されているからです。

 大昔、檜前(ひのくま)兄弟が浅草の浦で漁をしていると、網に仏像が掛かります。それを見た土師真中知(はじのまなかち)という者が「これぞ尊き観音像」と言い、浅草に一堂を設けて祭った、これが浅草寺の創立につながったのです。三社権現とは、この仏像に携わった3人を指すといいます。神仏混交を色濃く残す祭りです。

 ちょっと変わった名称の祭りもあります。

府中の夜の町を練り歩く祭り

府中の夜の町を練り歩く祭り

 府中市宮町にある大國魂神社の例大祭は「くらやみ祭」。

府中市の「くらやみ祭」。出立前のもみ合い(画像:合田一道)

 8基の神輿が境内で揉んだ後、夜遅く町を練り歩きます。神輿が来ると、沿道の家々がいっせいに灯火を消すので、この名が付いたといいます。かつては暗闇に乗じて良からぬことを考える者も現れたそうですが、荘厳な雰囲気とロマンチックな気持ちを味わえる祭りです。

 芝大神宮(港区芝大門)秋の例大祭は「だらだら祭り」。お祭りの期間が10日間ほども続くことから「日本一長い祭り」として有名です。

 珍しい市(いち)と言えば、まず 世田谷区・下北沢の「べらぼう市」。売り物がべらぼうに安いことから来たネーミングで、大賑わいを呈します。

「世田谷ボロ市」は、年末と新年に開かれる庶民の市で、多くの露店が並びます。徳川時代、世田谷領代官が、領内の住民が無事に年の瀬を越せるようにと、物々交換の市を立てたのが始まり。古着や布切れ、古下駄、古道具が並んだそうですが、今は様変わりした印象で、思わぬ拾い物も出ます。

 ほかにも愛宕ほおずき市や、生姜祭り(あきる野市)、それに羽子板市(台東区浅草)など、季節を象徴する楽しい祭りも目白押しです。

天狗とおたふくのもつれ合い

天狗とおたふくのもつれ合い

 さて、全国各地に目を向けても、“痛快”な祭りが数えきれないほどあります。

『日本の奇祭』は筆者(合田一道。ノンフィクション作家)が祭りを追って書き上げたものですが、そのいくつかを紹介すると――。

 新潟県南魚沼市六日町の「婿(むこ)の胴上げ」は、前年に婿入りした若い男性が八坂神社の社殿に趣き、氏子たちの手で天井目がけて何度も放り上げられるのです。神殿の周りには観衆が大勢押しかけ、笑いながら声援を送ります。

新潟県南魚沼市六日町・八坂神社の「婿の胴上げ」。神前でお祓いを受ける婿(画像:合田一道)

 約450年前この地を治めていた城主が、城や町の繁栄を願って婿養子を城内に招き、酒を振る舞い胴上げをしたのが始まりとのこと。それが今日まで長く継承されてきたのです。以前は女人禁制でしたが、今は笑いにまじって女性の悲鳴まで聞こえます。

 奈良県明日香村の飛鳥坐神社の「おんだ祭り」は、天狗とおたふくに扮したふたりがいとおしくもつれ合い、最後は腹部をぬぐった紙を天に放り上げる。それを観衆が取り合うのです。この紙は「ふくの紙」と称され、手にした人は子宝に恵まれるそうです。五穀豊穣と子孫繁栄を祈る神事で、神主さんも笑いながら見守るほほ笑ましい祭りです。

 愛知県小牧市の田縣(たがた)神社の「豊年祭」は、「陽物神輿」と呼ばれる大男茎形が神輿に納められたものが、大勢の若者たちに担がれて出立します。

 栃木県日光市の輪王寺の「強飯式(ごうはんしき)」は、山伏姿の僧が山盛りの飯を差し出し「食べろ、食べろ」と強く勧める祭りです。強飯頂戴人がこれを食べると幸せになれるといわれ、希望者が絶えないそうです。

鍋をかぶった童女たち

鍋をかぶった童女たち

 滋賀県米原市の筑摩神社の「鍋冠(なべかんむり)まつり」は、数え年八つの少女たちが主役。鍋冠をかぶり、美しい装束に身を包んだあどけない少女のかわいらしいこと。

滋賀県米原市・筑摩神社の「鍋冠まつり」(画像:合田一道)

 山形県鶴岡市の鶴岡天満宮の「化けものまつり」は、編み笠をかぶった“化け物”がものも言わずに近づいてきて、酒をグラスに注ぎ、去っていくのです。化け物は乗用車でもタクシーでも、バスまでも、止めて乗客に酒を勧めます。断ったらダメ。

 この祭り、菅原道真の太宰府配流が起源といい、去る人へのねぎらいを表しているそうで、筆者も車を降りたとたん、若い女性の“化け物”に止められ、うれしくちょうだいしました。

 岡山県美咲町(旧・中央町)の両山寺の「護法祭」は、震え上がるほど恐ろしい祭りです。護法実(ごぼうざね)と呼ばれる白装束の行者に神が乗り移り、狂ったように境内を駆け回るのです。行者に捕まった人は3年以内に死ぬ、というすさまじい祭りです。

 なぜそんな恐ろしい祭りに大勢の人が集まるのでしょうか。護法実がかぶる「紙手」を祭りの後に分けてもらい、これを竹にはさんで田んぼに立てると豊作に恵まれるというのです。しかし、行者に捕まった人が後に亡くなった話を聞かされ、ゾッとなったものでした。

祭りの意味と意義について

祭りの意味と意義について

 祭りに共通しているのは、祭りの日が神と人間の触れ合う日、ということです。神をあがめ、神をたたえ、神に見守られて生きていく人々がそこに……。祭りを見るたびに、そんな感想を抱いたものでした。

 やはり祭りは、人々にとって無くてはならないものだと思われます。

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