温泉地に私たちが求めているものとは

温泉旅行の近現代

『温泉旅行の近現代』(吉川弘文館)著者:高柳 友彦

日本人の誰しもが一度は経験があり、嫌いな人はいないであろう温泉旅行。
今や世界に誇る日本文化の一つといっても過言ではないが、観光・レジャーの形として定着するのはいつ頃のことだろうか?
これまでの日本の温泉旅行の歩みをまとめ、現在、そしてこれからを模索する、『温泉旅行の近現代』の内容の一部を紹介します。

歴史に探る!? 温泉旅行の今後のあり方とは

「2023年夏、熱海にて」

2023年夏、コロナ禍を経験した温泉地には、利用客が戻り始めている。

実際、熱海駅に降り立つと、多くの利用客で駅前がにぎわっている様子がうかがえる。年配者のグループ客が多いなかで目につくのは、若い女性や大学サークルのグループ客といった若年層の利用客である。温泉地の商店街には、SNSで「映える」スイーツやご当地グルメを買い求める若者らが列をなす姿がみられる。

熱海のように現在活況な温泉地には、多くの若者が訪れている。こうしたミレニアム世代(1989~95年)やその下のZ世代(1996~2007年)の若者らは、SNSをうまく活用している。食べたものや温泉地の情景など、旅行中の様々な事柄を投稿するとともに、そこから旅先の情報も得ている。

若者の旅行離れが懸念されているなかでも、若者が「地域の温泉を楽しむ観光」旅行を求める割合が高いという調査も存在する(日本観光振興協会『観光の実態と志向』2022年)。

ただ、グルメや名所といった点に多くの利用客の関心が向けられているのも事実である。もちろん、グルメや名所も重要な要素であるが、流行り廃りが激しいことからも、持続的な温泉地の発展には、温泉地自体の魅力に気付いてもらうことが不可欠なのである。

「日本人と温泉との関係」

よく知られるように、火山が多く、複数の大陸プレート上に位置する日本は豊富な温泉を抱えている。そのため日本人と温泉地との関係は古くから続いており、人々の生活に欠かせない資源として各地で利用されてきた。

その歴史は古代から始まり、愛媛県の道後温泉、兵庫県の有馬温泉、和歌山県の白浜温泉は、日本三大古泉として様々な逸話が残されている。加えて、温泉には何らかの力が宿っていると考えられ、病を癒す存在としても認識されていた。温泉は信仰と結びつくとともに、時の権力者が温泉地を訪れ養生する場としても利用されていたのである。戦乱が激しくなった戦国時代には、負傷した武将らが傷を癒す場としても利用され、各地に「武将の隠し湯」が登場した。また、医療が未発達であった時代には、温泉地は病や傷を癒す湯治場として機能した。

このように、今日では余暇を楽しむ場としての性格が強い温泉地であるが、「療養」する場としての役割をもった歴史が長くつづいていたのである。

では、人々の病を癒す「療養」の役割や機能を持ちながら、遊興として温泉を「楽しむ」というスタイル(温泉旅行)はいつ頃から登場し、私たちの余暇の過ごし方の一つになったのだろう。本書ではこうした温泉旅行が持つ観光遊興の面(楽しむ旅行)と湯治療養の面(癒やす旅行)の両面を意識し、これまで培ってきた温泉旅行のスタイルや文化の歴史を振り返ってみたい。

また、温泉旅行がそれぞれの時代の余暇のありようのなかでいかに展開してきたのか、考察していく。温泉旅行は、各時代の人々・家族や消費の状況と密接に関わっており、世相や流行に大きく影響を受けている。温泉旅行の具体的な実相をみることで、近現代日本の余暇・消費の一端についても明らかにすることができるだろう。

コロナ禍という未曾有の危機を乗り越え、再び歩き出した温泉旅行。
ライフスタイルや温泉を取り巻く環境が大きく変化するなかで、今後必要なこととは何か?
その手がかりは、歴史の中に隠されているかもしれない。

[書き手]高柳 友彦(たかやなぎ ともひこ・一橋大学大学院経済学研究科講師)

【書誌情報】

温泉旅行の近現代

著者:高柳 友彦
出版社:吉川弘文館
装丁:単行本(240ページ)
発売日:2023-11-21
ISBN-10:4642059822
ISBN-13:978-4642059824

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