ヒトラーとスターリン、二大独裁者の人生を並べることで見えてくるものとは?

文庫 対比列伝 ヒトラーとスターリン 第1巻

『文庫 対比列伝 ヒトラーとスターリン 第1巻』(草思社)著者:アラン・ブロック

草思社文庫は、今年で10周年。その記念作として刊行するのが、全4巻からなる『対比列伝 ヒトラーとスターリン第4巻』です。1、2巻では、二人の出自からはじまり、ヒトラーが独裁者としての座に近づき、スターリンがレーニン後継者になるまでを描きます。続く3巻では、独ソ戦での二人の激突を、そして第4巻ではそれぞれの死、そして二人の独裁政治家がヨーロッパに残した禍根までが詳述されます。この2大独裁者の全生涯を描き切った決定版といえる本書から、はじめにを掲載します。

歴史を揺るがした二人の独裁者をどう検証するか

本書の初版は、一九四一年六月二十一日から二十二日にかけてのヒトラーによるスターリンのロシアへの侵攻から五〇年後の記念日に刊行された。この二人の列伝の構想が生まれるにいたったのは、一九七〇年代に、分割されたベルリンを定期的に訪れていたからである。その当時、ソ連占領地帯のまっただなかにあったドイツの旧首都へ出かけるたびに、東ヨーロッパとロシアにナチ帝国を樹立するというヒトラーの構想が裏返しになり、東ヨーロッパにソヴィエト帝国が誕生する現実にとって代わられたという、戦争の皮肉な結果に思いをいたさずにいられなかった。

そのことから、私は自分の一生と重なりあう時代のヨーロッパ史を、英米の歴史学者になじみの深いベルリン-西側の軸に沿ってではなく、なじみは薄いが重要性においてまさるのではないかと思われるベルリン-東側の軸、言い換えればドイツ-ロシアの軸に沿って考えるようになったのである。

私が求めた枠組みは、当時の国際情勢をこのような観点から検証するだけでなく、スターリン体制とナチという二つの革命的権力機構の比較をそこに組み入れられるものだった。ある視点からすると、この二つの権力機構は不倶戴天と言えるほど敵対していたにもかかわらず、別の視点からすると、両者には多くの共通点があり、どちらもヨーロッパの既存秩序にたいする政治的・思想的挑戦だったのだ。両者が時を同じくして出現し、たがいに作用しあったことは、二十世紀前半のヨーロッパ史の最もめざましい、前例のない特色であって、その影響は二十世紀後半のヨーロッパ史を長く支配しつづけると思われた。
 

二人の人生を並列に並べる

そして、私が見出した枠組みは、ヒトラーとスターリンという二人の人間の比較研究だった。二人の経歴を見るだけで、革命、独裁、イデオロギー、外交、戦争における彼らの異なる側面が網羅される。二人のどちらかを取り上げた歴史学者の多くは、両者の個々の類似点や相違点をあげているが、私の知るかぎり、二人の人生を並列させて、それを初めから終わりまでたどろうとした学者はいない。

政治学者たちがナチ・ドイツ、ソヴィエト・ロシア、ファシスト・イタリアを比較し、全体主義の一般概念の基礎としたこともたしかにあった。しかし、この場合には、政治学者の興味は三つの体制の類似点を抜き出して全体主義国家のモデルを構築することにあった。私としては概括的なモデルをつくり出すことにはまったく興味がない。ある二つの体制を時間的に限定した範囲(たとえばスターリン時代のロシアであって、スターリン後のソヴィエト・ロシアではないし、一般的な共産主義国家やファシスト国家でもない)で比較し、類似点に劣らず相違点をも明らかにすることにこそ興味がある。私の目的は、両体制がどちらも一般的なカテゴリーに含まれることを論証するのではなく、比較を通して、それぞれの体制の独自の個性を浮き彫りにすることである。副題をプルタルコスから借りて「対比列伝(パラレル・ライヴズ)」としたのは、それゆえである。並列された二つの人生は、平行線と同じく、交わることも一つに重なることもない。

二大権力機構の亡霊

ヒトラーにしてもスターリンにしても、世の記憶にとどめられるのはその公的な役割であって、私生活ではない。私は二人の人間性を論じ、二人を理解するうえで役に立つと思われる場合には、心理学の知見を利用してもいるが、本書はあくまでも二人の生きた時代を背景とし、政治家としての二人に焦点を当てた伝記である。

二つの物語を書き進めながら、ヒトラーとスターリンの経歴を整然と記述するうえでは多くの問題があった。二人の経歴には、出自や幼少期の体験、後年の外交政策や大戦への関わりかたなど、同じ章で同時に述べることのできる部分もある。しかし、たいていの場合、権力を握るまでの推移が大きく異なるし、スターリンのほうが十歳年長なので、一章おきにかわるがわる個別にたどるほうが扱いやすい。この個別の扱いを補うために、全体の半ば、すなわち一九三四年の終わりでいったん物語を中断し、二人の人間性とその政権を綿密に比較することに一章(第10章)をあてた。

さらに最後をどうするかも問題だった。スターリンはヒトラーよりも一〇年早く生まれただけでなく、八年も長く生きた。一九四五年のヒトラーの死ののちも物語を進めていくとすれば、ヒトラーには関わりのない戦後の情勢までも扱うことになる。しかし、私としては、ヒトラー自身が直接関わっていないにせよ――スターリンと並んで――どう考えても妥当な説明のできない論題を生み出した張本人として、その亡霊は戦後のすべての議論に登場しているとの確信があった。

そこで私は、スターリン-ヒトラー時代の真の終わりと考えられる、一九五三年三月のスターリンの死まで物語をつづけることにした。これによって、スターリンによるソ連統治の最後の段階についても本書で扱えるようになった。この最後の段階を見ることにより、一九三〇年代から大戦中にかけて、スターリンの支配がどのように展開していったかがよりよく理解されるのである。本書は最後に短い章を設けて結びとした。ヒトラー-スターリン時代を生き抜き、二十世紀の最後の一〇年という地点から当時を振り返ることができる私の有利な立場を生かしてのまとめである。

[書き手]アラン・ブロック
1914年生まれ。2004年没。イギリスの歴史学者。オクスフォード大学で学んだのち、オクスフォード大学セント・キャサリンズ・カレッジの学寮長、オクスフォード大学副学長を務めた。1952年、いまなおヒトラー伝の白眉とされる『アドルフ・ヒトラー』(邦訳、みすず書房)を刊行。レジオン・ドヌール勲章受章。1976年、男爵(一代貴族)に叙せられる。

【書誌情報】

文庫 対比列伝 ヒトラーとスターリン 第1巻

著者:アラン・ブロック
翻訳:鈴木 主税
出版社:草思社
装丁:文庫(593ページ)
発売日:2021-02-03
ISBN-10:4794225008
ISBN-13:978-4794225009

文庫 対比列伝 ヒトラーとスターリン 第1巻 / アラン・ブロック

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